シーン7 自由落下
染矢が本家に到着したのは。
秋の日が。
西へ傾き始めた頃だった。
門を潜る。
玉砂利の上に。
赤く色づいた楓の葉が。
数枚。
落ちている。
庭師が朝。
綺麗に掃いたはずだ。
それでも。
風が吹けば。
また落ちる。
染矢は。
それを踏まずに。
玄関へ向かった。
*
会議室には。
既に。
若頭の佐藤。
本部長補佐の目白。
事務局長の黒谷。
舎弟頭の山本。
雁首を揃えていた。
障子越しに。
秋の日が差し込んでいる。
畳の上へ伸びた光は。
もう。
随分と長い。
染矢は。
部屋を一見した。
「是枝さんは?」
目白が。
雲霞のような。
掴みどころのない目を染矢へ飛ばした。
「連絡がつかない。今、探させている」
苦々しい口ぶりだった。
目白と。
事務局長補佐の是枝は。
盟友の間柄だ。
染矢は。
即座に無関心を顔へ貼り付けた。
「そうですか」
かん子の耳元へ顔を寄せる。
四課の内藤から得た情報を。
耳打ちしようとした。
だが。
かん子が。
右手で制した。
「共有する」
染矢は。
一瞬。
目を見開いた。
その目を。
かん子の横顔へ注ぐ。
――まずは手元に落ちてきた情報を吟味すべきでしょう。
そう思った。
だが。
ここには。
幹部が居並んでいる。
口答えと取られれば。
かん子の威信を削ぐ。
「承知しました」
染矢は。
頭を下げた。
そして。
内藤から聞いた現実と。
今井宅の状況を。
公にした。
裏帳簿。
その言葉が出た途端。
誰もが。
沈黙を深めた。
庭の方で。
カサ。
と。
何かが鳴った。
乾いた葉が。
風に転がっただけだった。
*
「今井本部長しか知らない取引相手はいるんですか?」
事務局長の黒谷だった。
誕生日に受け取る花束のような装いの男である。
スーツの胸ポケットから覗く。
バレンチノのスカーフ。
それを。
手入れの行き届いた指先で摘まみ上げ。
額の汗を拭う。
秋だというのに。
この男だけが。
汗をかいていた。
縋るような目を。
かん子へ向ける。
「ない」
即答だった。
かん子は。
背筋を伸ばした。
豹の目で。
面々を射抜き散らす。
「今井のことは、主任弁護士の千堂先生に任せておけば心配ない」
誰も。
口を挟まない。
「おまんらには、担当しとるフロント企業のもんや顧客との接触を控えてもらう」
空気が。
僅かに動いた。
「大河原が警察に狙われるんは、今回が初めてやない。せやけど、警視庁の経済班が出てきとるんは厄介や」
かん子は続ける。
「他でケツかかれんよう、組員には自重するよう触れを回すんや」
そして。
「定例会は、今回のことが収まるまで先送りとする」
言い切った。
開け放たれていた廊下から。
冷えた風が。
ひと筋。
入り込んだ。
障子が。
僅かに鳴った。
*
誰もが。
今すぐにでも。
己の資金源となる子飼いの元へ走りたい。
顔を見せ。
声を聞かせ。
何も心配はいらないと。
その心情を宥めておきたい。
そこへの。
面会不可だった。
しかし。
異議を唱える者はいない。
定例会の延期は。
遺言書の開封が遅れるということでもある。
五代目が。
決まらない。
決まらなければ。
根回しが続く。
金が動く。
人が動く。
誰が五代目になるか分からない状態で使う金など。
その大半が。
無駄金になるかもしれない。
そこへ。
お上から目をつけられた。
対抗勢力にとって。
これ以上の隙はない。
しかも。
今井を売ったのが。
誰なのか。
分からない。
外か。
内か。
それすら。
分からない。
五里霧中。
弱り目に。
祟り目。
それでも。
今は。
動くな。
喋るな。
会うな。
沈黙しろ。
それが。
かん子の命令だった。
*
染矢は思った。
停滞だ。
停滞は。
弱体に繋がる。
身内に対する疑心暗鬼を抱えたまま。
大人しくしていろ。
無理な話だ。
極道だ。
だから。
ここにいる。
それでも。
ここにいる全員が。
首を縦に振るしかない。
染矢は。
内心で呟いた。
サラリーマンかよ。
庭で。
また。
葉が落ちた。
枝を離れ。
風に煽られ。
地面へ落ちる。
染矢は。
その音を聞きながら。
脳に。
一本の針が刺さるのを感じた。
――女の本能。
守る。
変化を嫌う。
体裁を重んじる。
侵されることを許さず。
世間体には繊細で。
一度決めれば。
遂げる忍耐力だけは。
超一流。
有言実行。
初志貫徹。
万里一空。
勇往邁進。
女を敬称する言葉には。
事欠かない。
要するに。
執念深いのだ。
この種は。
汚れを認めたがらない。
だから。
自己愛も。
半端じゃない。
ホント。
面倒くせーーー生き物。
染矢は。
かん子の横顔を見た。
この人で。
いいのか。
ふと。
思った。
虎でなければ。
終わる。
狡猾なコヨーテでなければ。
終わる。
鯱でいなければ。
喰われる。
狼でいなければ。
食いっぱぐれる。
ここは。
そういう世界だ。
かん子は。
何なのだ。
女か。
母親か。
それとも。
大河原四代目代行か。
染矢は。
その横顔を見続けた。
されど。
救われた恩義がある。
致し方なく。
染矢は。
寡黙を通した。
*
いつの間にか。
畳に伸びていた秋の日は。
消えていた。
庭を見れば。
また一枚。
楓が落ちる。
落ちた葉は。
自分では。
枝へ戻れない。
自由を得る為の。
マネーロンダリングが。
今や。
組の重石となっていた。




