シーン34 落日
「裏で話せますか」
声をかけたのは。
経済班班長の。
絵島だった。
服部が。
うなずく。
その様子を見ていた服部班の一人が、すぐに服部のそばへ立った。
ほかの要員は。
速やかに。
動き始め。
一人。
また一人と。
会議室から。
退室してゆく。
*
会議が終わったのは。
ほんの十分ほど前。
まだ。
解散しきれていない。
人目もある。
その中で。
絵島が声をかけてきた。
――急ぎか。
服部は。
席から立ち上がりながら。
室内を見回すと。
絵島班の人員は。
もう。
誰も残っていなかった。
――会議の前から。
――申し合わせていたか。
*
たまたま。
目が合ったのは。
風見鶏の本部長。
梅沢だった。
服部と絵島が居並んでいることに興味を持ったのか、こちらへ歩み寄ろうとした。
だが。
指揮官である東京地検特捜部の山本に話しかけられ。
足を止めた。
服部は。
隣に立つ刑事へ。
小声で言う。
「山本を連れて来てくれないか。梅沢には気づかれないようにな」
一拍。
「それから、四課の内藤の欠席理由を山本から聞き出せ」
それを聞いた絵島が。
露骨に。
嫌な顔をした。
服部は。
絵島を見上げる。
「こうも膠着状態が続くと、揃いも揃って笑い者だ」
そして。
「そろそろ垣根を外して、意見交換した方がいい。お前もそう思って俺に近づいたんだろう」
小声で告げて。
歩き出した。
*
裏口を出て。
右手へ行けば。
廃棄物置き場がある。
廃棄物とはいっても。
元は税金だ。
要らぬ詮索をされぬよう。
敷地を囲むフェンスには。
そこだけ。
目隠しのためなのか。
工事用のビニールシートが。
ご丁寧に。
縛り付けてあった。
*
そんな。
閉鎖的な場所で。
中央の絵島に倣って居並んだ。
経済班の男ども。
服部を中心に。
鶴翼の陣を敷く。
二課の男たち。
向き合いながらも。
言葉を吐く空気さえ。
惜しいとでもいうように。
沈黙している。
寝不足の。
赤い目。目。目。
不機嫌で。
無遠慮で。
太々しい。
そんな男たちが。
十人。
ただ。
突っ立っていた。
*
「こんなところで雁首揃えやがって、話って?」
と。
せかせかと歩きながら言ったのは。
服部班の刑事に伴われて現れた山本だった。
「絵島」
服部が。
山本へ。
アゴをしゃくる。
絵島が。
話し始めた。
「埠頭で水死した是枝組組長の是枝夏生を覚えてらっしゃいますか? 大河原組の執行役員だった男です」
絵島の隣に立っていた刑事が。
A4封筒を。
山本へ。
差し出した。
服部班が。
先ほど目を通したばかりの。
書類のコピー。
それが入っている。
封筒だった。
服部は。
苦々しく。
恨めしく。
その封筒を。
睨め付けた。
*
山本は。
面倒くさそうに。
中を覗く。
「で、これがどうした?」
言いながら。
コピーを取り出した。
「説明を続けろ」
疲れた声で。
ぼやく。
*
絵島が。
服部を。
チラリと見た。
そして。
「是枝の愛人、須賀今日子が持っていたものです」
「なんでお前がそんな書類を持ってる?」
コピーへ尖らせていた視線を。
山本が。
絵島へ向ける。
「大河原の本部長だった今井の弁護士から渡されました」
「今井の弁護士は、組の顧問弁護士だった田中優から川崎由美子に代わっている。川崎から渡されたで間違いないか?」
「はい。間違いありません。経歴を調べましたら、去年弁護士資格を取ったばかりの新人です」
山本が。
右手を上げた。
絵島の。
次の言葉を。
止めた。
山本は。
コピーを。
読みふけった。
*
誰も。
口を開かない。
誰もが山本へ。
視線だけを。
預けている。
やがて。
山本が。
顔を上げた。
「ふぅ――」
大きく。
息を吐いた。
暮れゆく。
夕焼けを。
見入る。
その目が。
ふと。
服部へ向いた。
「お前は、この線でいいのか?」
*
服部が。
狙うのは。
正政党党首。
三田ひろし。
だが。
コピー紙に。
刻まれていた名は。
違った。
正政党の。
若きホープ。
二世議員。
今河総二。
*
今河は。
開発計画にある国有地の払い下げに口を利いた。
その土地を。
転売し。
さらに転売し。
値を。
釣り上げていた。
表に立つのは。
別の人間。
その先には。
大河原朱鷺へと。
つながる。
大手不動産会社があった。
そして。
その会社は今。
かん子が。
相続している。
*
「今井が事情聴取に応じると言って来ています」
絵島が。
意気揚々と。
告げた。
服部は。
苦虫を噛んだように。
表情を。
渋らせる。
*
「大河原朱鷺が生存していた時のものだろう」
山本が。
絵島を見る。
「どう大河原かん子につながるんだ?」
「朱鷺の生前から、実務はかん子が取っていたそうです」
絵島が。
答える。
「かん子は、朱鷺が勝手に物件を動かすのを牽制するため、朱鷺には知らせないまま実印を変えたそうです。その印鑑は、かん子が管理していたそうです」
*
山本が。
黙った。
そして。
「今井の聴取を許可する」
男たちを。
見回す。
「今井は本庁移送とする。段取りは俺が組む」
一拍。
「今井の証言を確実に、速やかに、公判に耐えうるものに仕上げろ。だが、そうなったら今井は必ず命を狙われる」
山本の。
目が。
一人ずつを。
なぞる。
「ここにいる全員に箝口令を敷く」
誰も。
動かない。
「俺は迷信深い」
山本が。
言った。
「今井が雷に打たれても、交通事故に遭っても、この中の誰かが誰かに話したと俺は思う」
上着の。
右ポケットへ。
手を入れ。
「そうなったら」
タバコと。
ライターを。
取り出す。
「刑事でいることが嫌になるぐらいのことを、俺はするからな」
タバコを。
咥えて。
火を。
点けた。
コピー紙の。
端にも。
ライターの炎を。
移した。
「解散しろ」
燃え盛る紙を。
足下へ。
落とした。
「法務省はもとより、印鑑屋の裏取りは慎重にな」
紙が。
縮み。
黒く。
崩れてゆく。
「服部。お前は残れ」
完全に。
灰になるのを待ち。
山本は。
靴底で。
踏みつけた。
*
山本が。
うまそうに。
紫煙を吐き出した。
「吸うか?」
服部へ。
聞いた声は。
穏やかだった。
「もらおう」
二人は。
同期だった。
*
「宅地建物取引業法違反。詐欺。横領。脱税。犯罪収益の隠匿」
山本が。
煙を吐く。
「調べを尽くせば、そんな諸々一切合切が出てくるだろう」
服部は。
黙って。
聞いている。
「今回は、お前に泣いてもらう」
一拍。
「ホープで手を打たせて、すまない」
*
服部は。
笑うしかなかった。
笑いながら。
考える。
――大河原かん子の。
――落日は近い。
*
その笑いを。
一瞥した山本が。
「その代わり、人事には俺から話を通す」
笑った。
*
「今後、部下を守るためにも、捜査を思い通りに進めるためにも、階級は上の方がいい」
服部は。
タバコを。
咥え。
「ありがたく頂くよ」
と。
嘯いた。




