シーン33 万智子
染矢は。
万智子に。
カラオケボックスへ。
呼び出された。
*
ドアを開ける。
万智子は。
左腕を。
身体に巻き付け。
右手のひらで。
目を覆っていた。
染矢が。
隣に座っても。
気づかない。
その様子に。
「万智子、大丈夫か? 何があった?」
慎重に。
聞いた。
*
万智子が。
ゆっくりと。
顔を上げる。
瞳に。
憂いが。
佇んでいた。
「ノエルが……、妊娠してた」
染矢に。
告げた。
そして。
「今日の朝、あの病院に付き添ったんだけど……、三ヶ月だって……」
一度。
言葉を切る。
「赤松に知らせないでって頼まれた」
口惜しそうに。
言った。
*
染矢は。
ため息を。
吐く。
脱力して。
ずずずっと。
尻を前へ。
ずらす。
背もたれに。
身を預け。
「そうか」
静かすぎる。
声だった。
*
「館で面倒見るからって……、知らせないわけにはいかないわよね」
万智子が。
上の空で。
言った。
それから。
「ノエルは妊娠したから追い払われたと思ってるわ」
俯き。
「……亮治ってそんな……、身勝手な男だったっけ」
言った。
*
赤松とは。
呼ばなかった。
若き日に。
呼んでいた。
亮治と。
言った。
*
万智子が。
切なさを。
あらわにして。
悲しくも。
静かに笑う。
その顔を。
見ながら。
染矢は。
思う。
――あの日々を。
――万智子はいまだ。
――生きているのだと。
*
涙が。
こぼれ落ちそうになる。
グッと。
耐えた。
万智子に。
見せるわけには。
いかない。
*
三人しかいなかった。
あの青春の日々。
青く。
不器用に。
慈しみあった日々は。
もう。
終わったんだよ。
万智子。
*
染矢は。
身を起こした。
万智子の。
左右の耳へ。
そっと。
片手ずつを添えた。
そのまま。
頭ごと。
万智子を。
胸へ。
包み込んだ。
「理由があると思う」
*
染矢を見上げた万智子の。
まなじりが。
吊り上がった。
「男の事情で割りを食うのは女だってことぐらい知ってるわよ!」
染矢をなじり。
乱れる。
「亮治が、だらしないのが! 嫌なの!」
語気荒く。
投げつける。
*
染矢は。
黙って。
受け止めた。
悲しみも。
怒りも。
受け止めた。
もう。
大人になってしまったと。
わかっているのに。
わかろうとしない。
女の無念を。
染矢は。
受け止めた。
*
そっと。
抱きしめる。
「落ち着け」
耳元で。
囁く。
*
しばらくして。
染矢が。
万智子の身体を。
離した。
そして。
言った。
「父親は俺だということにしろ」
*
万智子が。
顔を上げた。
「えっ」
*
「野中組との手打ちは済んでるが、まだ燻ってる。赤松の子だと分かれば、母子ともに的にされる」
*
万智子が。
染矢の胸から。
身を離した。
染矢の目を。
まっすぐに。
見る。
「……だから、亮治はノエルを遠ざけたの。だから私にノエルを預けたの」
*
「わからない」
染矢は。
答えた。
「だけど亮治は託したんだよ、お前に」
*
万智子の。
顔つきが。
ガラリと。
変わった。
「水臭いわね。ほんと、めんどくさい男だわ。最初からそう言ってくれればいいのに。気を揉んでしまって損した」
さっきまで。
嘆いていた女が。
もう。
前を向いている。
「それで、何かあったらどっちに連絡したらいいの?」
*
「俺で」
*
染矢は。
思う。
こういう。
万智子だから。
俺たちは。
万智子を。
愛したんだ。




