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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
34/40

シーン34 落日



 「裏で話せますか」と声をかけたのは経済班々長の絵島だった。服部がうなずくとその様子を見ていた服部班の一人が服部のそばへと立ち、あとの要員は迅速に速やかに行動し始め、一人また一人と会議室から退室してゆく。会議が終わったのはほんの10分ほど前だ。まだまだ解散しきれていない今、人目がある中で絵島が声をかけてくるということは急ぐという事か…、そううっすらと自覚した服部は席から立ち上がりながら、室内を見回すと絵島班の人員はもう誰も残っていなかった。会議の前に申し合わせていたかと考えていると、たまたま目があった風見鶏の本部長・梅沢が、服部と絵島が居並んでいる事に興味を示して歩み寄ろうとしたが、梅沢は指揮官の東京地検特捜部・本部長の山本に話しかけられて足を止めた。服部は隣に立っている刑事に「山本を連れて来てくれないか、梅沢には気づかれないように注意しろ。それから4課の内藤の欠席理由を山本から聞き出せ」と言った。聞いた絵島は露骨に嫌な顔をし、絵島を見上げた服部は「こうも膠着状態が続くと揃いも揃ってと笑い者だ。そろそろ垣根を外して意見交換した方がいい」と小声で告げて歩き出す。


 

                    ★


 裏口を出て右手にゆけば廃棄物置き場がある。廃棄物とはいっても元は税金だ。要らぬ詮索をされぬよう、敷地を囲むフェイスにはそこだけ目隠しの為なのか、工事用ビニールシートがご丁寧に縛り付けてあった。そんな閉鎖的な場所で中央の絵島を囲む経済班の男どもも、服部を真に鶴翼の陣を敷く二課の男どもも、向き合いながらも、言葉を吐く空気さえ惜しいとでもいうように沈黙していた。不機嫌な寝不足の目は赤く、それでいて無遠慮な態度は太々しい男が10人、ただ突っ立っていた。そこへ「こんなところで雁首揃えやがって、話って?」とせかせかと歩きながら言ったのは、服部班の刑事に伴われて現れた山本だった。「絵島」と服部がアゴをしゃくると絵島が話し始める。「埠頭で水死した是枝組々長の是枝夏生を覚えてらっしゃいますか?大河原組の執行役員だった男です」と絵島が言うと、絵島の隣に立っていた刑事がA 4封筒を山本に差し出した。服部班が先ほど目を通したばかりの書類のコピーが入った封筒だった。苦々しくも恨めしく服部はその封筒を睨め付ける。



 山本は面倒くさそうに中を覗き「で、これがどうした?」と口にしながら、コピーを取り出し「説明を続けろ」と疲れた声でぼやくように言った。絵島が服部をチラリと見て「是枝の愛人、須賀今日子が持っていたものです」と言うと、山本は「なんでお前がそんな書類を持ってる?」とコピーを尖らせていた目で読んでいた視線を絵島へと向ける。「大河原の本部長だった今井の弁護士から渡されました」と絵島、「今井の弁護士は組の顧問弁護士・田中優から川崎由美子に代わっている。川崎から渡されたで間違いないか?」と山本が聞く。絵島が「はい。間違いありません。経歴を調べましたら、去年弁護士資格を取ったばかりの新人でした」と言うと、山本は右手を上げて絵島に次を言わせないまま、コピー紙を読みふけった。誰もが黙って山本へと視線を預けていた中、山本は顔を上げ「ふっーー、」と大きく息を吐き、暮れる夕焼けを見入っていた目をふと服部に向け「お前は、この線でいいのか?」と聞いた。服部が狙うのは正政党々首・三田ひろし、だが、コピー紙に刻んである名は正政党の若きホープの二世議員・今河総士だ。今河は開発計画書にある国有地の下げ渡しを口利きし、転売を繰り返して値を釣り上げたのが、フロントに人は立ててあるが、大河原朱鷺へとつながる大手不動産屋で、その不動産屋は実質かん子が相続している。意気揚々と「今井は事情聴取に応じると言って来ています」と絵島は語り、服部は苦虫を噛んだように表情を渋らせた。山本が「大河原朱鷺が生存していた時のものだろう、どう大河原かん子につながるんだ?」と聞けば、絵島は「実務はかん子が取っていたそうです。かん子は朱鷺が勝手に物件を動かすのを牽制したく、朱鷺には知らせないまま実印を変えたそうです。その印鑑はかん子が管理しています」と答え、山本は「今井の聴取を許可する。今井は本庁移送とする。段取りは俺が組む。今井が歌ったと聞こえれば、今井は命を狙われる。ここにいる全員に箝口令を敷く。俺は迷信深い、今井が雷に打たれても、交通事故に遭っても、この中の誰かが誰かに話したと俺は思う。そうなったら刑事でいることが嫌になるぐらいのことを、俺はするからな」と言いながら、上着の右ポケットからタバコとライターを取り出し、タバコを咥え、コピー紙とタバコに火をつけ「解散しろ。印鑑屋の裏どりは慎重にな。服部、お前は残れ」と言いつつ、燃え盛るコピー紙を足下に落として完全に灰になるのを待って踏みつけた。



 山本がうまそうに紫煙を吐き出す。「吸うか?」と服部に聞いた山本の声は穏やかだった。「もらおう」と言った服部と山本は同期だ。山本が「宅地建物取引業法違反、詐欺罪、譲渡所得税法違反、横領罪、マネーロンダリング、調べを尽くせばそんな諸々一切合切が出てくるだろう。今回はお前に泣いてもらう、ホープで手を打たせてすまない」と言った。服部は笑うしかなかった。笑いながら考える。“大河原かん子の落日は近い“と。その笑いを一瞥した山本が「俺の裁量でお前を俺と同じ階級に引き上げる。だから今回は泣いとけ」と言って笑った。



 「今後、部下を守るためにも、捜査を思い通りに進める為にも、階級は上の方がいい。ありがたく頂くよ」と服部は嘯くのだった。






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