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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
33/39

シーン33 万智子



 染矢は万智子にカラオケボックスに呼び出された。ドアを開け、染矢が隣に座っても左手を体に巻き付け、右手のひらで目を覆っている万智子は気付かず、その様子に染矢は「万智子、大丈夫か?何があった?」と慎重にきく。万智子がゆっくりと顔を上げる。瞳に憂いを佇ませた万智子が「ノエルが…、妊娠してた」と染矢に告げた。そして「今日の朝、あの病院に付き添ったんだけど…、3ヶ月だって…、赤松に知らせないでって頼まれた」とくち惜しく言った。



 ため息をはいた染矢は脱力してずずずっと尻を前にずらし、背もたれに身を預けて「そうか」と静かすぎる声で言った。「館で面倒見るからって…、知らせないわけにはいかないわよね」と上の空で言った万智子が、「ノエルは妊娠したから追い払われたと思ってるわ。…、亮治ってそんな…、身勝手な男だったっけ」と赤松とは呼ばず、若き日に呼んでいた亮治と呼んで話し、切なさをあらわにした顔で悲しく笑う。その表情を見て染矢は思う、あの日々を万智子はいまだ生きているのだと。涙がこぼれ落ちそうになる、グッと耐える。万智子に見せるわけにはいかない。3人しかいなかったあの青春の日々。青く、不器用に慈しみあった日々はもう終わったんだよ、万智子。




 身を起こし、万智子の両耳にそっと両手を添えて頭を包み「理由があると思う」と言うと、まなじりを吊り上げ「男の事情で割りを食うのは女だってことぐらい知ってるわよ!」となじり乱れ、「亮治が、だらしないのが!嫌なの!」と語気荒く染矢に投げつけ、その悲しみと怒りを染矢は黙って受け止めるしかなかった。もう大人になってしまっても、わかっているのにわかろうとしない女の無念を、染矢は受け止めるしかなかった。そっと抱きしめて「落ち着け」と囁く。与えられた命を受け止めて育てよう。万智子と俺しかわからない亮治との絆だ。染矢は静かに享受した。



 「父親は俺だということにしろ。野中組との手打ちは済んでるがまだ燻ってる。赤松の子だと分かれば、母子ともに的にされる」、「えっ」と言って身を離し、染矢の目を見た万智子が「…、だから、遠ざけたの」と呟く。染矢は「わからない…、だけど亮治は託したんだよ、お前に」と言った。顔つきをガラリと変えた万智子が「水臭いわね、ほんとめんどくさい男なんだから。最初からそう言ってくれればいいのに、気を揉んで損した。それで何かあったらどっちに連絡したらいいの?」と聞く。「俺で」と答えた染矢は、こういう万智子だから俺たちは万智子を愛したんだと思う。





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