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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
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シーン32 ノエルの告白



 そこは神様が楽をして上がる街で、メイン通りの商店街から一本奥まった道を行けば、昔ながらの置屋や料亭が点在し、一軒家、アパート、高級低層マンションの合間に中華飯店やイタリアンレストラン、お品書きに値段の書いていない寿司屋や、行列ができる支払いは現金のみ可の蕎麦屋がある。そんな一角に自然の美しさを最大限に活かした花々が自由に咲き誇り、人の背ほどの木々が生い茂っている私道があった。その小道は一見整備されていないようにも見えていて、それでいて木々や花々で出入り口が直視できないよう緩慢なS字ラインに設計されていた。一階はフレンチレストランで、2階から4階の6室は賃貸マンション、5階はオーナーの自宅兼営んでいた探偵事務所だった。幾何学的な左右対称の造形や直線が特徴的で、バランスの取れた美しさが追求されているルネッサンス様式の建物は、相続した家門が内装のリノベーションは構わないが、建て替えはご近所さんにご迷惑になるので不可という、いかにも地主らしい要望と庭の存続を条件として売りに出した。



 そんな浮世を生きるような、世俗ばなれを興じられるような人々は、維持費の方がはるかに収益よりもかかりそうな物件には手を出さないだろうし、己の理想を設計し建築し贅を凝らした家も作れる。すでにもう所有してもいるだろう。道楽息子の気まぐれでも手に余るような物件を、そう考えれば不美人な物件を染矢はとある不動産会社に頼まれて購入し、万智子に改装と管理を任せた。万智子は一階をリストランテ“人参“から戸上を引き抜いてイタリアン料理店とした。2階〜4階は客室にし、5階のゲームルーム階には不測の事態に備えて隠し部屋と隠し階段を設えた。万智子が一番苦労し労力を使ったのは従業員の選定だ。ディラーからハウスキーパーまで、他勢力につけ込まれないようシミ一つない経歴と完璧な仕事ができる人材を集めなければならなかった。そして何より特に困難な条件は“口が堅い“であった。館の安全と信頼の為に、従業員の生命を守る為にも、絶対に外せない条件だとわかっていた万智子が染矢に相談すると「ハイクラスのホテルで探せばいい」とアドバイスされ、確かにと思い、給与アップ➕出来高を提示してヘッドハンティングした。万智子は人は金で転ぶと再び学習し、金で転ばない奴は返って今の時代、面倒を引き起こすと学んだ。時代が移り変わっても、人の心は洗練されてはいなかった。



 館“君の名は“は完全会員制ながらも、連日満員御礼となっている。そんな館にノエルが来ることになった。万智子が玄関先で待っていると、ノエルは学生が部活で使うスポーツバッグ一つを肩からブラさげ、白のTシャツに白の半ズボン、足元はホワイトコンバースという軽装でやって来た。赤松や護衛の影もなく一人訪れたのだった。万智子はノエルの飾らない姿を見て微笑んだ。蔦屋で出会い、お茶を飲んで以来の再会だった。元々色白ではあったが、今は透けて見えるのではないかと思うほどの白さになっていた。ドアを開けたフロントマンが「お荷物をお預かりします」と言うと、ノエルは黒とピンクに色分けされたプリン髪を振り「手元に置いておきたいんです…」と言って拒んだ。万智子が「持ってていいわよ。お腹空いてる?お茶だけでもいいし、スイーツを頼んでもいいし、どうかしら?」と聞くと、ノエルはコクリとうなずいた。



 戸上の案内で店内に入っていくと、ノエルが「お日様があたるお席でお願いしたいです」と戸上にささやいた。わきにそれながら振り返って立ち止まり「かしこまりました」と頭を下げた戸上が万智子に視線を移す。万智子が「好きなテーブルを使っていいのよ」と言うと、ノエルは駆け出すようにして窓辺の中央にあるテーブルを選んだ。そこは庭全体がよく見渡せる場所で、燦々と陽の光が降り注いでいる場所でもあった。万智子が戸上に囁く。「係に日焼け止めを持ってくるように言って」と。




 「何か食べる?イタリアンのシェフだけど、家庭料理くらいの日本食も作れるわ」と向かいに座るノエルに万智子が聞くと、ノエルは「おにぎりを、梅干しを刻んでご飯に混ぜてあるおにぎりと、玉ねぎのお味噌汁が食べたいです」と応えた。物事に執着と興味のなさそうなノエルの要望に、不可思議だと思いつつも万智子は「飲み物は?」と聞く。幼子のように笑ったノエルが「アイスレモネード」と言った。万智子の隣に立っていた戸上が厨房へと向かう。万智子を見ていた視線をノエルは庭へと移して考える。この人は私のわがままをどこまで許してくれるのと。



 そんなノエルに万智子は「4階の一番奥の角部屋を使って、何か欲しいものとか、家具の配置を変えたかったら言って、できる限りのことはするように言われてるから。それからこれはお願いなんだけど、エスコートキャストとは話さないで欲しいの。あなたの素性に興味を持ってほしくはないから。これもお願いなんだけど、宿泊されているお客さまの目に触れないように行動してほしい。理由はキャストと勘違いされると困るから。出かける時はフロントに電話を頂戴。あなたに付き添うよう赤松さんに指示されてるの。お金は持たなくていいから、好きな物を好きに買っていいし、食べてもいい。あとで赤松さんが精算するから。何か困ったことがあったら私に電話して」と言いながら“万智子 000ー0000−00000“と名前と電話番号しか記していない名刺をノエルの前に置いた。そして「携帯電話持ってる?」と聞く。ノエルは首を振り「かーさんのところ出る時に…、川に捨てたの…、」と言って俯いた。万智子は頬を染めた少女を見つめ「わかったわ。自分で選ぶ?それとも私が用意する?どっちがいいかな?」と聞く。ノエルは俯いたまま「証明書…、持ってないから、万智子さんにお願いしたいです」と消えいる声で言った。そして「ピンクのカバーをつけて欲しいです」と呟いた。



 万智子は微笑み「わかったわ、明日中には用意する。あと何か私に言っておくことはある?」と聞いた、気軽に聞いた、なのにノエルは「お腹に赤ちゃんがいます、たぶんだけど。赤松さんは気づいたから、私をここに追いやったの。それから髪を綺麗にしたいです」と幼子の口調で言った。




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