シーン24 白夜
シーン24 白夜
まぶたに白光があたっている。俺は…、また白夜の中で…、寝てるのか…。綺麗だ。もう少しここにいよう。俺は…、まだ…ここに居たい。
「染、そろそろ起きたらどうや?」と亮治の声が言っている。お前も来てたのかと、白昼夢だと信じて疑わない染矢は夢の中で目を覚ます。視界には明朝の白銀を受けた空と海が、キラキラと瞬く世界が地平線まで広がっていた。光に見入っている染矢に赤松が「よく眠れたか?」と聞く。染矢は「ああ。久しぶりによく寝た気がする。なんで海が見えてるんだ」と普通に聞いた。その棘のない物言いに「相変わらず、寝起きは天然か」と赤松は呟き、海から目を離さない染矢は「連れてきてくれたのか?」と純朴に聞く。視線を海へと向けた赤松は答えず、ただただ海を見ていた。そこへ、息を弾ませた椎田が現れ、勢いよく「染さん、お迎えに上がりました。帰りましょう」と言い放って染矢の前に立った。椎田が染矢の光景を遮る。途端に染矢は現実に引き戻された。
椎田を見上げた頭に血がグンと回り、染矢は「5代目は?」と冴え渡った声で聞く。青ざめてはいても明快な染矢に、椎田は「目白組の刀根見が付いています」と安堵しつつ答え、二人のやりとりを聞いていた赤松がニヤリと笑う。すかさず染矢がその笑みにガンを飛ばし、鋭く睨みつけて、パークベンチから颯爽と立ち上がる。足早に歩き出すや染矢は「状況を聞かせろ」と痛みに耐える獣のような唸り声を椎田へと放つ。
その背を見送る赤松が「近いうちに飯でも食おうや」と声を掛け、染矢はガン無視の無言ではねつけ、椎田は振り返って赤松に一瞥投げ飛ばし、染矢とすれ違いざまの水沢は「あんま、勝手ばっかり言ってんじゃねえぞ」とぶっちょう面で囁いた。その三者三様の有り様を終始柔らかな目色で眺めていた赤松が声を上げて笑う。その賑やかすぎる笑い声に染矢の嫌悪が深まる。己への嫌気か、赤松への見限りか、水沢への拒絶か、椎田への虫唾か、染矢にはわからなかった。
パークベンチに座った水沢の横顔を見ていた赤松はフッと微笑み、「悪かった」と言って視線を海に移し「徹夜明けの目に、お天とさんは厳しいな」と漏らした。二人はしばらく海を見つめて黙り込んだ。先に口を開いたのは水沢で、なんの前置きもなくおもむろに「俺らの世界は嫌いですか?」と聞く。赤松は何を今更と思いつつ「俺に似合ってると思っとるよ」と砕けた口調で応え、端正な顔立ちの目元に笑みを浮かべて水沢の目を見ると「いつまでも、そう苦虫を噛み潰したような顔してんな」と言った。平穏を取り戻した赤松の目に水沢はニタリと笑う。笑いながらも赤松に「予定にない行動は、今は控えてください」と聞き分けの無い子に言い聞かせるように告げる。昨夜の振る舞いは赤松が水沢にしか見せない衝動だった。
「ああ、わかつてる。悪かった」と再び口にした赤松は海を見つめ続け、不意に「あいつはあの日」と言って無表情を深め、そんな赤松を水沢は押し黙る事で待ち、侵食するようにジワリと話し始めた赤松は「川の中に…、身を沈めながら俺を見てたんや。何も言わんと俺を見とった。俺もな、ただ見とったんや。ただ、あいつを見とった。無力やと思った。あんな目を…、辿々しく…死を強請るような、あんな目を二度とさせたくなくて、俺は家…を出た。なぁー、水沢。わかってる。もう一歩のとこまで来てる。もうひと頑張りやのもわかってる。悪かった」ポツポツと降り落ちる雫のように言葉を紡いだ。水沢が「昨日とおんなじで酒飲んで記憶無かったんでしょう?」と合いの手を入れるかのように聞く。すみやかに「水沢、その辺にしとけ」と赤松が釘を刺す。それでも言わずにおれない水沢は「得な体質ですね」とひねた様相で言ってのけ、「そういうこっちゃ」と赤松が口元を綻ばせた。
まじまじと赤松の横顔を見た水沢は「その顔でその口調はズルすぎる」と苦笑を浮かべ、「刀根見とは椎田も考えましたね」と言って海を見た。「全くや、勝手に波紋広げやがって」と言いながら赤松は立ち上がり、組んだ両手を裏返して天を押し、背伸びしながら「遠足は終わりや、いぬるぞ」とあくびを噛み殺して言った。水沢も腰を上げながら「七輪焼き食って帰りましょうよ、せっかくの湘南ですから」と呑気な声で調子を合わせ、赤松は「勝手にせえ」と憎まれ口を叩いて歩き出す。
赤松の後ろを歩く水沢が「伊勢海老、ホタテ、鮑、焼きおにぎりに味噌だれ、イカそうめん」と言って振り返り、「金を気にせず、飯食えるって今の俺!最高!!」と海に叫んだ。