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骨の髄まで  作者: 國生さゆり


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21/40

シーン21 裁量


 廊下を。


 歩く。


 かん子の後ろを。


 十和子が。


 付き従っていた。


「良かったんですか?」


 十和子が。


 声を潜める。


「なにがや」


「総裁と赤松さんを。見送るような形になったんですよ」


「今日から。姐さんが大河原の看板なのに」


 かん子は。


 ふと。


 笑った。


「男はんには。男はんの憂さ晴らしの仕方がある」


 歩みを。


 緩めない。


「いちいち気にしとったら。この大所帯の舵取りは。出来んもんや」


「……」


「赤松も。自分が五代目になると思っとったのに。横からわてに掠め取られたんやから」


 一拍。


「虫の居所も。悪かろうて」


 歌うように。


 言った。


「赤松のガス抜きを。総裁にしてもらうんは。わてにとっても。ええことや」


「相変わらず。太いですね。姐さんは」


 呆れたような。


 感心したような。


 顔で。


 十和子が。


 かん子の横顔を見る。


     *


 その視線へ。


 豹の目を。


 向けた。


「ええか。十和子」


「はい」


「わてが。この世界で。どういう生き方をするんか、みんな。興味津々や」


「……」


「何かあれば。だから女は。そう言われる」


 かん子は。


 笑った。


「わてが女やから。なおさら言いやすいやろ」


 豹の目が。


 細くなる。


「そう言わさんためにも。寛容さは必要やと思っとる」


「寛容さ……」


 十和子が。


 呟く。


「男は甘やかして。飼い慣らすんが。一番や」


 そう言ったかん子が。


 口角を上げる。


「あんたも。よう知ってるやろ?」


 十和子が。


 苦笑した。


「そうは言っても」


 一拍。


「五代目が男だったら。襲名早々。血の雨が降ってましたよ」


 真実だった。


 かん子が。


 カラカラと。


 笑う。


「わてが男やったら」


 十和子を見る。


「あんたらも。ここにはおらんかった」


「……」


「わてはな」


 一拍。


「新しい形を。作って見せたんや」


 再び。


 歩き出す。


「男どもが足掻くんも。もっともな話や」


     *


「それはそうと」


 かん子が。


 何気なく言った。


「時子はんは。どうしてる?」


 染矢から。


 随時。


 報告を受けている。


 何もかも。


 承知していた。


 是枝の妻。


 時子は。


 喪中を理由に。


 襲名式への参加を。


 辞退している。


 それでも。


 敢えて。


 十和子へ。


 訊いた。


 姐たちの。


 中心にいる。


 十和子。


 その十和子が。


 時子を。


 どう見ているのか。


 知っておきたかった。


 そうとは。


 知らない。


 十和子の顔が。


 曇った。


「それが……、携帯の電源が切れていて。直接。話せてないんです」


「……」


「自宅を訪ねたら。見習いの子が。体調を崩して実家で静養してるって。教えてくれました」


 声まで。


 沈んだ。


「そうか」


 かん子が。


 呟く。


「是枝いう男は。仕事では極道の模範みたいな男やった」


「……」


「せやけど。時子はんからは。浮気が耐えられんと。しょっちゅう愚痴を聞かされとった」


 十和子が。


 小さく。


 うなずく。


 そんな十和子に。


 かん子は。


「是枝がおらんなって、あの人もあれこれ後悔してるんやろうな」


 と続けた。


 十和子は。


「愛人が変わる度に。私にも愚痴をこぼしていました」


 正直に。


 言った。


「ズブの素人さんだった時子に。一目惚れして」


「……」


「半ば攫うように、結婚したのにって。私も思ってました」


 かん子が。


 足を。


 止める。


 十和子を見る。


「あんたんとこの。佐藤が珍しいんやで」


「……はい」


「わかっとるか?」


「みんなの話を聞いて。私もそう思ってます」


 十和子は。


 しおらしく。


 俯いた。


     *


「佐藤に」


 かん子が。


 言った。


「本部長を。任せようと思ってる」


 十和子が。


 顔を上げる。


「……!」


「わかるか?」


「はい」


「そうなれば。あんたが姐達をまとめていく立場になる」


 十和子の。


 表情から。


 先ほどまでの。


 柔らかさが消えた。


「この世界の女のほとんどが、見かけの装飾で勝負しようとする生き物や」


「はい」


「そうじゃないと。あんたには実践してもろて」


 かん子は。


 十和子の目を。


 まっすぐに見る。


「背中で。みなに教えていってほしいんや」


 かん子は。


 不意に。


 口元を。


 綻ばせる。


「できるか?」


 十和子の瞳が。


 キラキラと。


 輝く。


「はい!」


「皆の手本になれるよう。努力します」


 そして。


「姐さんのお気持ちに沿わない時は。これまでと同じように。ご指南ください」


 深く。


 頭を下げた。


 純粋な。


 女だ。


 かん子は。


 十和子を。


 可愛い女だと。


 思った。


     *


 そこへ。


 はんなりとした。


 足取りで。


 紗子が。


 やって来た。


 夏月の。


 女将。


 紗子。


 かん子の前に。


 静かに。


 正座する。


 そして。


 平伏する。


「この度は。おめでとうございます」


 十和子も。


 すぐに。


 座した。


 紗子に倣い。


 頭を下げる。


 そんな十和子に。


 かん子は。


 満足した。


 ゆっくりと。


 片膝をつく。


 とうに。


 七十は。


 超えているはずだった。


 それでも。


 女将の。


 白いうなじからは。


 色気が。


 ダダ漏れている。


 ――相変わらず。


 ――さもしい女だ。


 嫌悪が。


 湧き出てくる。


 だが。


「ありがとうございます」


 凛と。


 張った声で。


 礼を言う。


「ここの面倒は。これからも変わりなく。見させてもらいます」


 紗子は。


 深く。


 頭を下げた。


「今後とも。不束ではございますが。よろしゅうお願い申し上げます」


 はんなりと。


 口にした。


     *


 紗子。


 かん子の父。


 三代目。


 大河原朱鷺が。


 大河原の屋台骨を。


 揺るがすほど。


 入れ上げた女。


 芸妓を。


 引かせるための。


 お茶屋への。


 心遣い。


 月々の。


 手当。


 身支度にまつわる。


 あれこれ。


 紗子が。


 今も棲む。


 邸宅。


 そして。


 料亭。


 夏月。


 その。


 諸々の費用を。


 遣り繰りして。


 捻出したのは。


 父ではない。


 大河原の姐。


 正妻。


 かん子の母。


 清乃だった。


     *


 紗子は。


 確かに。


 当代随一の。


 舞手だった。


 だが。


 父と。


 歌舞伎役者を。


 両天秤にかけた。


 そして。


 競わせ。


 己の価値を。


 上げた。


 世間の評判を。


 上げた。


 負ければ。


 名折れ。


 そんな。


 ヤクザの血を。


 激らせ。


 人中へ。


 晒してみせた。


 女。


 粗末ではない。


 だが。


 平凡な着物を。


 好んだ。


 母。


 その母と。


 対峙するように。


 艶やかな着物を。


 好む女。


 尽くさせる術を。


 本能で。


 知っている。


 女。


 たおやかな。


 鬼畜。


 そんな女を。


 父は。


 母よりも。


 愛した。


     *


 だからといって。


 かん子は。


 夏月を。


 おろそかに扱う気はない。


 紗子も。


 同じだ。


 このご時世。


 堂々と。


 出入りでき。


 思い通りに。


 使える場所など。


 ほとんどない。


 そのうえ。


 様式美を。


 兼ね備えた。


 夏月は。


 招待した相手に。


 大河原の。


 威信と。


 畏怖を。


 抱かせる。


 使えるものは。


 使う。


 ただ。


 それだけだった。


 要は。


 これまでの。


 恩恵を。


 どう。


 返済させるか。


 それを。


 考えているだけだ。


 そして。


 その裁量は。


 今。


 かん子の手にある。


 何をしようが。


 誰にも。


 文句は。


 言われない。


     *


 それを。


 紗子も。


 知っている。


 聡い女だ。


 だから。


 わざと。


 廊下で。


 傅いて。


 見せた。


 それに。


 気づかぬ。


 かん子でもない。


「さあさあ」


 かん子は。


 微笑む。


「足を痛めます」


 いたわる。


「ここは冷えますし。ご老体には毒です。お立ちになってください」


 うながす。


 ――こんなところで。


 ――正座して。


 ――見た者に。


 ――わてが年寄りを傅かせとると。


 ――そう思わせる魂胆やろ。


 ――そうはいくか。


 ――あほんだら。


 その殺気を喰らった。


 紗子が。


「失礼いたしました」


 立ち上がる。


「ご挨拶に上がろうと。大広間へお邪魔するつもりが。ここでお会いしたものですから」


 そつなく。


 言葉を。


 繋ぐ。


 ――こんなに。


 ――小さかったか。


 かん子は。


 紗子を見た。


「贅を尽くしたお料理。ありがとうございました」


 そう言いながら。


 まだ。


 正座している。


 十和子へ。


 振り返った。


「紗子はんを。控えの間にお見送りしてくれるか」


「はい」


 十和子が。


 立ち上がった。


     *


 そう。


 かん子は。


 大広間にいる。


 男たちへ。


 紗子を。


 会わせる気も。


 挨拶させる気も。


 さらさら。


 なかった。


 歳は。


 取った。


 それでも。


 色香漂う。


 女の野心は。


 衰えたようには。


 見えない。


 感じない。


 今更。


 誰かとの。


 繋がりも。


 親睦も。


 深めさせる気は。


 なかった。


 かん子の気持ちを。


 知ってか。


 知らずか。


 十和子は。


 屈託なく。


 紗子の右手を。


 取った。


「うちの若衆が差配しておりますから。大丈夫ですよ」


 そう。


 話しかけながら。


 二人で。


 歩き出す。


 かん子は。


 その背を。


 見送った。


 ――さて。


 ――食えない女を。


 ――どう料理してやろうか。


 豹の目が。


 紗子の。


 白首を。


 捉えた。


     *


 人は。


 どこまでも。


 落ちぶれる。


 先を。


 見通せんかったんは。


 あんさんの。


 裁量や。


 ――どう削ごうが。


 ――わての勝手やで。



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