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骨の髄まで  作者: 國生さゆり
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シーン18 神輿に乗ったかん子


 シーン18 神輿に乗ったかん子



 その日はあまりにも暑い日だった。男たちが発する熱気が会議室の室温を上げてもいた。最上段さいじょうだんに座るかん子の後ろに立っていた染矢は、ふと赤松の視線を感じて“何か言える事でもあるのか“と目に角を立てて見返すと、赤松は目を細めてニヤリと笑う。馬鹿にされたと瞬時に思った染矢は、その挑発に“クソったれが“と言ってやりたかったが、居並いならぶ執行部の手前、自重じちょうするしかなかった。若竹の件を問い正そうとしても捕まらず、返信も無いまま今日にいたっていた。



 されど誰も染矢と赤松に注意など払ってはおらず、立ち上がった主任弁護士の千堂沿一朗センドウ ソウイチロウを今や9人になった執行部の男たちは、ある者は息をひそめてその顔に見入り、ある者はその手にある書類を凝視している。



 染矢の視線をとらえたままの赤松が、ユタリと一口染矢がれたお茶を飲み、染矢にウィンクする。捨て犬でも見るような視線を返した染矢に、赤松は笑みをこぼす。この男は何をやっても、やらしても、やらかしてもその所作しょさは優美だと染矢は思う。そもそも格が違うのだ。柔軟性のある臨機応変の行動力、緻密ちみつに事を進めてゆく胆力、地頭の明晰めいせきさを下地にした乱舞の暴力性。この男はこの世界の天上人だけが持つ素養の何もかもを持っている。その上、神からのギフトとしか思えない黄金比率の顔立ちと色香が香り立つたたずまいは、人を自発的に萎縮いしゅくさせてしたがえる。




 千堂は深く、静かに一呼吸する。そして「大河原組4代目・大河原時昌の遺書があるとの報道を受け、覚えのない私共わたくしどもは代行の立ち合いの元、大河原時昌氏からお預かりしておりました収納ケースを開封いたしましたところ、故人が個人所有しておりました有価証券、家屋、土地、マンション、ビル等々の権利書のみが入っておりました。また、記事にはそれらの物件を組に贈与ぞうよするとありましたが、そのような文言もんごんされた書面は存在しておらず、ゆえに法律にのっとっての配分となります。ここに断言いたします。4代目大河原時昌の遺書はありませんでした」と降りもる雪のような高潔さでげた。




 そこに赤松が「代行が5代目を継承した方がええんと違いますか?今の体制で上手く行っとるもんを、わざわざ変える必要はないんやないかと思います」低くも通る低音を響かせる。染矢の内心がギョッとした。染矢が赤松の動向どうこううかがっているに、執行部最古参の佐藤が「そやな、いまうちうち々がガタガタするような事はけた方がいい。今井の件では警視庁の経済班も出てきてるしな」とぼやくように言い、中堅の黒谷が「今井と是枝を失った今、力をたくわえる時期だと俺は思う」と周りを見渡しながら口にした。そして「初会合での発言失礼致します。代行が本部長選挙をとおっしゃっていますが、今は代行が兼任されてはどうでしょうか。時期を見て選挙した方が良いと思います」と末席に座る青木が若さあふれるいじらしさで口にする。




 それまで面々の意見を黙って聞いていたかん子が豹の目を赤松に向け「赤松、おまん、なんで今更そんなこと言い出した?5代目は自分やと豪語しとったやろ?」と問う。はじいる笑みをその端正な顔立ちに浮かべた赤松が「野中と手打ちしたとはいえ、まだこまごま々とゴタついとるんや。うちのシマは野中から切り取ったの知っとるやろ?上手く立ち回らんと野中とむすんどる他団体も介入してくるしな。恥ずかしながらウチは今、手ぇいっぱいなんや。それにみんなを不安にさせたくはない。黒谷の言う通り、力を蓄えてそなえる方が先やと考え直した」ときっぱりと言い、執行部の面々に視線をめぐらせ「みんなも代行が5代目になった方がええやろう?」と聞く。あちこちから「異議なし」、「本部長兼任賛成」と声が飛ぶ。




 あれよあれよと9人の男たちは立ち上がり、かん子に深々と礼を尽くして「5代目襲名、おめでとうございます」、「今度とも宜しくお願い致します」、「おめでとうございます、姐さん」と口にする。赤松も追随ついずいして「代行、襲名おめでとうございます」丁寧な口調できっちりと頭を下げる。その姿を見た染矢は“皆を取りまとめていたな“と直感して、どうあっても赤松りょうじと話し合いの機会を持たなければと頭にきざんだ。




 静かに息を吐いたかん子が「身分不相応なのはわてが一番ようわかっとる。しかしながらこの時代、女のわてが先頭に立ったほうが世間様からの風当たりも柔らかろう。女のケツに付くんかと笑われるやもしれん。せやけど、今は信頼と安泰が大河原には何よりの必要やと、皆が言うようにわてもそう思う。この身を尽くして組を守ると約束する」と宣言した。青木が「あなたに従います」とすがすが々しくも凛とする声をいの一番に上げ、頭を下げる。徒然つれずれの執行部メンバーもそれにならった。どこまでも茶番と感じる染矢も頭を下げていた。



 

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