↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨の髄まで  作者: 國生さゆり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/40

シーン1 制する



大河原組の会議室は。


静まり返っていた。


執行部メンバー十二人が。


長いテーブルを挟んで居並んでいる。


その最上席に。


かん子は座っていた。


息子である。


赤松組組長の赤松を。


豹の目で一瞥する。


黒檀の卓に置かれた茶を。


手元へ引き寄せ。


ゆっくりと口をつけた。


凛とした旨みが。


舌の上に広がる。


危うく。


絆されそうになる。


こんな甘さが。


この身にまだ残っていたか。


そう思うと。


かん子の口元が。


ニヤリと歪んだ。


     *


赤松が。


椅子から立ち上がった。


脚が。


畳を擦る。


その音だけで。


会議室の空気が張り詰めた。


「クソババ。ええ加減にせえよ!」


闇夜から。


湧いて出たかのような声だった。


「自重せえやと? こっちは野中組に若頭とボディーガードの組員一人、獲られとんぞ」


誰も。


口を挟まない。


赤松の怒声を。


止められる者はいなかった。


いや。


止めようとする者が。


いなかった。


かん子は。


茶碗を置いた。


コトリ。


小さな音だった。


それでも。


赤松の怒声より。


よく響いた。


「あんたのその勘気が、この事態を引き起こしたんが。まだわからんのか」


端正な面差しに。


冷笑を浮かべる。


赤松の眉が。


跳ねた。


「勘気やと?」


「そうや」


かん子は。


退けた。


だが。


かん子には分かっていた。


勘気ではない。


血だ。


この子の。


この男が受け継いだ。


血。


道理が通らぬ。


そう言わせている。


そんなことは。


千も承知していた。


だからこそ。


敢えて。


“勘気”と言い切った。


かん子が愛した男の血を。


受け継いだ息子。


その赤松が。


「女のあんたが口挟まんかったら、事はこんだけ複雑にならんかったんや!」


吐き捨てるように言った。


女の。


あんたが。


その言葉が。


会議室の中央へ落ちた。


誰も。


拾わない。


かん子は。


赤松を見た。


「せやな」


あっさり。


認めた。


赤松の目が。


僅かに動いた。


「うちが口挟んだ」


かん子は続ける。


「ほんで、こうなった」


茶碗へ。


もう一度。


口をつける。


「それが何や」


赤松が。


黙った。


「うちが決めたことや。尻拭いもうちがする」


そして。


茶碗を置いた。


「女が口挟んだんが気に入らんのやったら」


豹の目が。


細くなる。


「今ここで、うちを退かしてみいや」


会議室の空気が。


止まった。


下部組織とフロント企業を合わせれば。


かん子は。


134789人の。


食物連鎖の頂点にいる。


そこへ。


女だから座っているわけではない。


誰かに。


座らせてもらっているわけでもない。


座っている。


それだけだ。


     *


かん子は。


ゆるく顔を上げた。


「よう、考えてから物言いや」


安楽な口調だった。


「今、あんたが口聞いてんのんは、あんたの母親やないで」


一拍。


「四代目代行や」


赤松の目が。


細くなる。


「親子や思うて甘えた口きいとったら」


かん子は。


笑った。


「殺すで」


声は。


穏やかだった。


だからこそ。


脅しではなく。


決定に聞こえた。


赤松の口元が。


僅かに吊り上がった。


「おお。あんたのその度胸だけは買うたる」


笑っている。


だが。


目は笑っていない。


「せやけどな。あんたがどう足掻いてみても、所詮は女や」


赤松は。


会議室を見回した。


そこにいる全員へ。


自分の言葉を聞かせるように。


「代行って持ち上げられとっても、親父の遺言が開くまでの話や」


そして。


かん子へ視線を戻す。


「あんたこそ。五代目の俺に対して、気ぃつけてもの言いや」


かん子が。


鼻で笑った。


「五代目?」


赤松を見る。


「誰が決めたんや」


赤松の笑みが。


消えた。


「遺言も開いてへんのに、もう襲名した気でおるんか」


かん子は。


執行部十二人を。


ゆっくりと見渡した。


そして。


赤松へ戻る。


「笑わせんな」


声を。


荒らげることすらなかった。


「五代目名乗りたかったら、まず四代目代行のうちを越えてからにせえ」


返す刀どころか。


刀ごと。


叩き落とした。


     *


「亮治」


かん子の後ろから。


薄ら寒い声がした。


染矢だった。


赤松の目だけが。


スルリと動く。


「染」


低い声だった。


「亮治やないぞ」


染矢を見る。


「赤松や」


その名を。


わざと。


言い聞かせるように。


赤松は続けた。


「お前は俺が拾ってきた」


染矢の眉が。


僅かに動く。


「それでもお前は俺側やなくて。今や代行とやらの側近や」


赤松は。


かん子目掛けて顎をしゃくった。


「今頃なんや」


声が。


さらに低くなる。


「お前が俺になんか言えた義理か!」


ギラギラと。


黒光りする言葉だった。


染矢の顔が。


朱に染まった。


かん子は。


二人を見比べた。


止めない。


まだ。


止める必要がない。


     *


染矢は。


一家心中の生き残りだった。


焼け残った家の前で。


ぐったりとした。


伽藍堂の妹を抱いたまま。


離そうとしなかった。


「何があったの?」


婦人警官が聞いても。


一切。


口を開かなかった。


七歳だった。


染矢と。


妹の明子には。


戸籍すらなかった。


そこへ。


赤松が来た。


幼い染矢を見下ろし。


「行く所ないんやったら」


と言った。


「うち来るか」


染矢を拾ったのは。


赤松だった。


だが。


両親と明子の葬式を出し。


一切合切の始末をつけ。


染矢を養子に迎えたのは。


かん子だった。


そして今。


染矢は。


執行部に四人いる若頭補佐の一人。


影の如く。


かん子に付き従っている。


     *


「赤松さん」


染矢が言った。


顔から。


朱は消えていた。


「あなたが五代目と決まったわけじゃない」


冴え返った声だった。


赤松が。


ゆっくりと染矢へ向き直る。


染矢は。


一歩も退かなかった。


「その発言は、ここに集っているご一同様方にも失礼ですよ」


静まり返った会議室を。


染矢の声が。


制した。


赤松は。


何も言わなかった。


ただ。


染矢を見ていた。


その視線の奥で。


何かが。


ゆっくりと煮え立っていた。


かん子は。


それを見ていた。


見ていながら。


口を挟まなかった。


止められないのではない。


止めないのだ。


     *


赤松亮治が。


狂花なのか。


愚かなのか。


何が。


それほど面白くなかったのか。


二十歳になった。


その日。


自ら。


親権を父方の叔母へ移した。


そして。


名まで。


『赤松』に変えた。


亮治が。


そんな狂に出た理由。


それは。


染矢が。


大河原の家に居たからだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。