11,冒険のおしまいと二人のはじまり
そう言えば、あの日もこうして馬車に揺られていたな。
今日は鎖で縛られてもいないし、父を名乗る大男も隣にはいないが。
「ローランド様、妙に御機嫌ですね」
「ん? そうかな?」
護衛の兵士さんに言われ、自分で頬を撫でてみる。
ああ、確かに、口角が上がっていた様だ。
「ちょっと、面白くてさ」
「? 新聞が、ですか?」
僕が今読んでいるのは新聞だ。押された日付からして今朝刊行されたばかりらしい最新の物。
御者さんが傍らに置いていたのを、きちんと許可を得て拝借した。
まぁ、別に、僕は新聞に目を通す事を嗜みとするほど真面目な男じゃあない。兵士さんが「え……新聞の何が……?」と若干引き気味に首を傾げる心情もわかる。
貴族の子息として社会情勢は常に情報更新しておくべきだと、色んな国の新聞に目を通す日課はあるけれど、僕だって好きでやっている訳じゃあないしね。
数多くやっている、「貴族として生まれた以上、仕方の無い作業」のひとつだ。
でも、この新聞を借りたのは少し事情が違う。
とても面白い記事が目の端に入ったからだ。
新聞の記事に、見出しは踊る。
『魔王を倒した三英雄、ついにその御姿が公開』
共に載せられた写真に映るのは、半裸に入墨の青年と、髭面に黒眼鏡をかけた大男、そして二人に両脇を固められ、聖剣ザイフリートを抱くドレス姿の麗人。
見間違えるはずも無い。
ナウディアーにヴティア、そしてブルムハート……もとい、ブリュンヒルデ。
少し前までは三魔将を名乗っていた三名が、三英雄ときた。
これは傑作だと思う。
――すべて、ジュリの発案だ。
当然、僕とジュリの魔王暗殺の旅路は内密。
バレたら流石に怒られる。国の要人が二人そろってそんな冒険をしただなんて、大問題だ。
結果論でなぁなぁにしてくれる程、国際社会は甘くない。
と言う訳で、僕とジュリには、「代わりに魔王を倒した事になってくれる代役」が必要だった。
ジュリが白羽の矢を立てたのは、ブリュンヒルデ。
魔王に取り込まれていた魔剣が、魔王自身の失策によって肉体を得て復活。
魔剣の麗人は聖剣を携え、正義に目覚めた同僚達と共に、魔王を打倒した。
そんな具合に、虚実を半々に織り交ぜたシナリオを作り上げた。
こうして三名の集合写真が出て来たと言う事は、ブリュンヒルデは無事にナウディアーとヴティアを発見し、そして説得にも成功したのだろう。
ブリュンヒルデ曰く、元々、三魔将にはファヴニルへの忠誠なんて無かったのだそうだ。
ブリュンヒルデは当然。
ナウディアーはただ単に、ファヴニルに反目する理由が思いつかなかったので言う事を聞いていただけ。
ヴティアはこれまた単純に、自意薄弱なまま、ただファヴニルの意向に従っていただけ。
まぁ要するに、ナウディアーとヴティアは「今は特にしたい事もないので偉そうな奴の言う事でも聞いといてやるか」くらいの感覚だったらしい。
なので当然、ファヴニルが討たれてもその復讐の火に薪を燃やす様な事は無く。
ファヴニルが死んだ事を告げても「えー……じゃあこれからどうすんの?」くらいの反応だろう、とブリュンヒルデは推測していた。
ファヴニルの言う事をあっさりと聞いちゃう辺り良識と常識には問題があるだろうけれど、その点はブリュンヒルデがどうにか教育すると約束してくれた。
彼女への印象としては、「厳しい母の様な人」と言った所だ。きっと見事に教育してみせるだろう。
とまぁ、そんな感じで。
僕とジュリの政略結婚の話は無くなり、かつ魔王暗殺冒険旅行の事実は無事に闇へと葬られた。
そして三魔将は三英雄と改められ、隣国での確かな地位を手に入れた訳だ。
すべてが丸く収まる、と言うのはこの事だろう。
◆
……で、すべてが丸く収まったはずだのに、何でジュリはこんなにも不機嫌そうなのだろう。
「やぁ、ジュリ。数日ぶり。気加減はどうだい?」
「ええ、すこぶる上々よ。あんたの方こそ御機嫌いかが? ついでに鉛弾もいかが?」
魔王の脅威が去った事を大いに喜び、三英雄を讃えるための祝賀会に出席すべく、こうしてまたこの隣国の領土に上がる事になった訳だけれど……
王宮の関係者控え室。
すっかりガッチガチの御嬢様テイストのドレス姿とキメッキメの爆盛り貴族ヘアーに仕立てられてしまったジュリは、不機嫌そうに頬杖をつきながら、片手の指先で器用に拳銃をくるくると回していた。
……まぁ、不機嫌の理由はおそらくだけれど、そのふわふわきゃららーん☆とした令嬢コーデが落ち着かなくてイライラしているせいだろう。
「正装の時くらい拳銃は離そうよ……」
「安心しなさい。公的な場に出る時はスカートの内側に隠すから」
「……君は衣類の内側に拳銃を仕込まないと死ぬの?」
「面白い事を聞くわね。……まぁ、そうね。携帯していないと死ぬと言う事は無いわ。けれど、携帯していた方が有事の際の生存率は上がるでしょう?」
ああ、ごもっともだ。
相変わらず、考え方が極端なクレイジー気質だけれど、不合理ではない。
「で、何の用? 今日のパーティーでダンスの先約でもいれに来た訳?」
「ん? あー、うん。そうだよ」
君とは縁があるし、ただ単に挨拶をしようと思っただけなんだけど……そう言う事にしておいた方が体裁も良いだろう。
それに、言われてみれば一緒に踊ってくれる相手のあても無い。下手な相手に捕まって気に入られでもしたらまた政略結婚なんて話になる可能性だって無くは無いし、ジュリが相手をしてくれると言うのなら助か……
「って、うぉう!? ジュリ!? 拳銃落とすのは危ない!! 危ないから!!」
落とした衝撃で暴発したらどうするんだ!?
そう言う失敗をする可能性があるなら銃で遊んじゃあいけません!!
「……ご、ごめん、ちょっと手が滑ったわ」
まったく……拾って返すけど、もう回さないでくれよ。次回し始めたら取り上げて走って逃げる。
「…………で?」
「ああ」
ジュリが何を催促しているのか、会話の流れからすると明白だろう。
どうやら、誘いを受けてくれるらしい。有り難い話だ。
「では、ミス・ジュミリエイル。今夜のパーティー、僕と一緒に踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで、そして謹んで御一緒させていただくわ。ミスタ・ローランド」
さて、今夜のパーティー。少しばかり楽しみだな。
「……次こそは、ちゃんとした白馬ね」
「ん? 今、何か言った?」
「別に。ただ、今の所アタシにはあんたを撃つ権利があるから、急ぎなさいよ」
「!? 何それ!? そんな権利は発行していませんが!?」
「約束よ、約束。まさか貴族の御子息様が、約束を破ったりはしないわよね?」
「いやいやいや! そんな約束してないから! してないよね!?」
「あら、じゃあ一発か二発ブチ込めば思い出すかしら?」
「ひぇッ!? つくづく君は僕の喉仏に銃口を押し付けるのが好きだね!?」
僕の言葉に何を思ったか、ジュリはくすりと笑った。
「ええ、大好きよ。心の底からね」




