29皿目【もぐらドラゴン】
地面に穴を掘り、
掘った穴を埋め戻し、
地面に穴を掘り、
掘った穴を埋め戻す仕事を繰り返していると、
耕しほぐされた大地に【もぐらドラゴン】が住み着くのだ。
【もぐらドラゴン】は農家か精神病院からたまに駆除依頼が出る。
ドラゴンの中でも下位種であり、攻略法も知られているから、普通は専門のドラゴンハンターではなく、どんな安値でも一応依頼を出すだけは出せる冒険者ギルド辺りに持ち込まれる。【もぐらドラゴン】の攻略法は「適当に挑発と足止めを繰り返して飢えさせる」だけ、燃費の悪い【もぐらドラゴン】はそれで簡単に弱り、死ぬ。元手もほとんどかからないし、ドラゴン討伐としては割安でも、それなり程度の金額で受ける奴はいるのだ。
ごく稀に、俺に直接依頼が来る普段はそのまま冒険者ギルドに下請けに出す。「ドラゴンのことならとりあえずドラゴンハンターに依頼するか」という、業界の常識とリサーチ力と金銭感覚の欠落した雑な依頼なので、そんなものを出す客も大抵は雑な人間か、単純に世間知らずな奴等が多い。大半は精神科の開業医か。
なまじ努力をして結果を出したという自負のある者は、自分の出した結果が、自分の努力に基づくものだと信じてしまう。自分が有能だと思い込んでしまう。
偏差値二桁前半から最高学府に入ったとか、一代で年商数十億に至ったとか、そりゃあ努力が必要なのは勿論だが、そいつら程度の努力をしている連中なんて、世の中には掃いて棄てるほどいるのにだ。
要するに、【もぐらドラゴン】駆除の依頼をドラゴンハンターに持ち込む顧客は、十中八九面倒臭い。振り込み名義が注文時の企業名と違うのに何の事前連絡もないとかザラだし、それで督促かけたら「入金してるんだからちゃんと確認しろ」などと逆ギレすることさえある。
で、今回も俺宛に直接の依頼が来たわけだ。可能な限り関わりたくもないのだが、今はそうも言っていられない。何せ、先日スキミング被害にあって口座一つ分を奪われた俺には、とにかく近場で経費の安い仕事が必要なのだから。
依頼者が近隣でもわりと由緒ある豪農だと聞いた時、違和感はあった。
違和感はあったが、この手の依頼を出す系の窓口に、慣れてない新人でも入ったんだろう、と勝手に納得していたのだが。
「これは本職に頼むわな」
元は畑があったのだろうと伺わせるのは、木でできた柵と、獣避けの鉄線だけだった。鉄線には【電気柵ドラゴン】の逆鱗が接続しており、四百四十ボルトの電流が流れている。触れば人でも感電死しかねないものだが、地面の下をゆく【もぐらドラゴン】には牽制にもならなかった。
かつて畑であったはずのそこは、大人一人が寝転がったまま落ちることのできそうな穴が数十、いや、百以上は開いている。これら全てが【もぐらドラゴン】の掘った穴だ。穴の数だけドラゴンがいるわけではないが、少なく見積もって穴の数の三割程度はいるだろう。
数が多ければ飢えるのも早い、と考えるのは早計だ。これだけの数が増えるだけの餌、つまり【もぐらドラゴン】の数百倍の【ミミズドラゴン】が、この土の下に蠢いていることになる。
並の冒険者で相手になるとは思えないが、並でない冒険者が【もぐらドラゴン】の駆除なんて請け負うこともない。国に頼んで騎士団でも派遣してもらうのがベストとしても、これだけのドラゴンの繁殖を許した時点で、管理責任問われて最低罰金、最悪土地の何割かの没収くらいはあるんじゃないか。ないかな。まあ、何かしらあるだろう。国に黙ったままで片付くなら、その方が良い。
【もぐらドラゴン】は【生姜ドラゴン】と【葱ドラゴン】で炒めると食えるって聞いたな。【ミミズドラゴン】は……ハンバーガーにでもするしかないか。
「早くて二ヶ月、長くて半年ってとこか」
収入が安定するのはありがたい。
そうでも思わないと、やっていられない。




