第二十話ー消せない傷、消えない絆ー
一週間後。すっかり忘れていたが、今日は向後さんの誕生日だった。休みが無いと勉強も疲れるし、そろそろ羽目を外して遊ぶ日を、と思っていた所で。
「しーちゃん、誕生日おめでとー!」
家に着くなり、「あーちゃん」としての先制攻撃が決まった。当然、食らった当人も、隣にいる俺も驚きを隠せない。まさか、ここまで子供時代に戻るなんて……。
「え、ちょ……。ユーゴ、これどういう事……?あーちゃん、離して!」
えへへ、と天音は向後さんにしがみ付いたまま。三人しかいないとはいえ、ちょっと恥ずかしいんだろうな。
「まあ、奇天烈な天音は置いといて。感想は?」
「あ、ありがと……。もしかしてさ、全部仕組んだ?」
今日は休日で、本来は用事があったらしい。なんでも、今から就職先の手伝いを始めていて、しかもアルバイト扱いながらも、営業の仕事に関わっているとか。それを朝になって父親から、今日は来なくてもいいと言われ、来客があるから、一日家にいるように、と言明されたとか。当然、今日が誕生日だったなんて、全く覚えていなかったようだ。
「ずっとしーちゃんと遊べなかったから、たまにはね。勇吾のおばさんが、色々と料理も作ってくれたんだ。ほら、行くよー」
しーちゃんの手を取って、あーちゃんが歩き出す。小さい頃に何度も見た光景の、前後が逆になった風景。今考えれば遠い記憶が、鮮やかに甦るようで、涙が溢れそうになっていた。
「それじゃ、改めまして―――、『しーちゃん、誕生日おめでとー!』」
場所を変えて、俺の自宅。今日の為に母さんに頼んで、料理を作ってもらい、同時に教わりもした。ま、向後静流の誕生日だから、って一言が最大効果を発揮して、軽いパーティのような料理が並んでいるわけだが。
「月日が経つのも夢の内、と言いますか。あんなに小さかった三人が、もう十八だなんて。お父さんも私も、歳をとるわけよねー」
そんな事を言い残して、父さんと母さんは出かけていった。何だかんだ言いながら、何も言わなくても分かってくれてる。……出がけに、変な事さえ言わなければ、なんだけど。
「んっと、受験票は入れたし、鉛筆も削った……。消しゴムもオッケー、ハンカチ、ティッシュもよし。後は―――、お守りオッケー」
受験の前日、鞄の中身を確認していく。万が一に忘れ物をしちゃいけないし、それで受験に失敗したなんて、勇吾に合わせる顔が無くなるから。最後に入れたお守り。勇吾から渡された、過去からの贈り物。私にとっての、一番のお守り。
「香織―、電話よ?」
部屋のドアが軽く叩かれて、お母さんの声が聞こえた。珍しいな、家の電話に、なんて。学校の皆なら、携帯に着信が来るんだけど……。
「もっしもーし、あーちゃん?私だよー」
受話器を取って一番に聞こえたのは、しーちゃんの声。っていうか、日常であーちゃんって呼ぶのは、一人しかいない。
「しーちゃん、どうしたの?」
「受験の前で緊張してるんじゃ、ってユーゴから言われてね。ケータイ、持ってくるの忘れたから、今学校の電話を借りてるんだ」
よく耳を澄ましてみると、後ろから色々な人の声がした。全部、聞き覚えのある声。え、なんでこんな時間に……?
「天音さん、大丈夫!私どころか、この馬鹿でさえ合格したんだもん、あなたなら問題ない!」
「おっす、日向に言われて、皆集まったっしょ。あっしはまだ結果出てないけど、大明神に教わったんでしょ?なら、心配する必要なしっす」
かわるがわる、皆が言葉をかけてくれる。って、勇吾が何とか、って言ってたような?
「ういーっす。勇吾から電話あってな、クラス全員に連絡して、学校に集まってもらったんだ。今日の宿直はヒナせんせーだから、何の準備もいらないって。心配性だよなー、こいつ」
「聞こえたよね、あーちゃん?あ、誰かユーゴ捕まえて。ほら、あんたが何も言わなくて、どうするのよ?」
「首を掴むな、首を……。ま、そういう訳だからさ。自分を信じろ、とは言わないよ?でもさ、それなら俺を信じてほしい。ずっと傍にいて、見守ってきた俺を。今は、不安かもしれない。試験は一人で受けないといけないけど、祈りは、願いはずっと届くように、心だけは傍にいるよ」
「こら、私一人を置いて、楽しそうな事してるなー!あー、天音か?無謀な挑戦にめげなかったお前に、この言葉を贈ろう。積み重ねた日々は、裏切る事はない。裏切るのは自分で、それを信じなかったお前自身だ。努力してきた、その道を歩き続けた自分を信じてみろ。なーに、あんたら全員、私の可愛い教え子だ。たった一回失敗した位で、怖気づくような鍛え方はしてない!」
うっすらと、涙が出た。もうすぐ夜中だっていうのに、一人の為に集まってくれた事に。何より、不安に押しつぶされそうな私を察して、皆を集めてくれた勇吾の優しさで。
「うん、ありがとう。勇吾、私―――」
今更、ほんとーーに今更。ものすごい誤字を発見しました。




