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恋の縁術師(the Secret Affair)  作者: 枕木悠
第五章 忘却のための機械(the Machine)
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第五章⑪

 ウルトラマリンという五階建ての古びたホテルの305号室のダブル・ベッドの上に腰掛けて、錦景女子高校一年E組の一青ヒトミは「なぜだ?」と頭を抱えていた。どうして私がここにいるんだろうって、ほとんどパニックになっていた。いわゆるこのウルトラマリン、というホテルは、頭にラブが付くホテルだった。室内にはジャズ・ミュージックが静か過ぎず大き過ぎず、適度なボリュームで漂っていて、そんな気はなくても、そんな気になって、そんなことをしてしまいたくなる効果が働いていて、要するにヒトミの体もそんな気になってはいたのだが、ヒトミの心はそんなことをするのに躊躇いがあった。

 だってまだ、私たちってそんな風じゃないでしょ?

「そんな風って何よ、」小早川ユイコはヒトミの正面に立ち、腕を組み、不満げな顔を見せ、ヒトミのことを見下すような目の形で見ていた。「そんな風じゃないのなら私たちって何なのよ?」

「……恋人」ヒトミはジャズ・ミュージックに隠れて溶けてなくなってしまいそうなほどの小さな声で言った。

「そうでしょ、」ユイコは大きく頷き、ヒトミの横に勢いよく腰かけた。そしてぐっと瞳の顔に自分の顔を近づけて来た。「恋人でしょ、この夏にヒトミと小早川ユイコは恋人同士になったんだって」

「そうだね」ヒトミは小さく頷き、そしてベッドの上に横になった。

 まさしくユイコが言う通りだった。ヒトミとユイコはこの夏に、恋人同士になっていた。文芸部の部室に住まう恋の占い師のチカリコと文芸部部長のフミカに色々とお世話になって、そして思い切ってユイコに告白した結果、なんとユイコはOKしてくれたのだった。ほとんど信じられなかったけれど、OKがユイコの確かな答えで、それはとてもそっけなくクールなOKだったが、ヒトミとユイコは、もちろん周りには内緒だけれど、公然と付き合い始めたのだった。その日のうちに、二人はキスを交わした。ユイコの方から、突然に、だった。ユイコはまるでずっとヒトミとキスをしたがっていたみたいに、もちろんそんなことは考えられないのだけれど、強く、キスして来た。ユイコのキスはとても熱かった。熱があるんじゃないかって心配するくらい熱かった。それに加えて何よりも、甘かった。そんな甘いキスは、ヒトミが強く望んでいたものだったけれど、いざそれが現実となると、キスの気持ちよさに凄く驚かされたし、凄く戸惑った。そして、ユイコと恋人同士になってキスしたことをヒトミはなかなか現実だって受け入れて信じることが出来なかった。夢で、夢を見て、その夢の続きの中に居続けているんじゃないかって思った。しかし普通の夢にしては長すぎるから、多分、今って、現実なんだろうな、ってヒトミはぼんやりと理解した。ユイコと恋人同士なんて、とにかく不思議過ぎた。自分でそうなりたいって思って、それが叶った。何も不思議がる必要はないのだろうけれど、きっと叶う可能性なんて一パーセントもないだろうって強く思っていたからか、その不思議さ加減の濃度に、ヒトミは酔っているんだと思う。微睡み、そしてキスの余韻の中をいつまでも、金魚のように、遊泳しているようだった。

 もちろん、ヒトミはユイコと恋人同士になれてこの上ない幸福を感じていた。史上初のキスを交わして世界の何もかもが違って見える様になったわけだが、この違って見える世界に直面し、かなり戸惑っているというのも事実だった。ユイコと付き合う前は、好きだから付き合いたいってことばっかりしか考えてなかった。いざ恋人同士になって見れば、ユイコとどうしたいのか、どんな風になりたいのか、途端に分からなくなった。ユイコのことは好きだけれど、大好きだけれど、何をするべきなんだろうって、どんな風になりたいんだろうって、ヒトミは虚空をじっと見つめながら思いつめる様になった。そして、そういうことって、多分、二人で見つけていくべきものなんだろうなってヒトミは漠然と思い始めた。ゆっくりと二人で、回答を見つけ出すべきなんだって。

 でもヒトミのそんな考えとは裏腹にユイコは、一言で言うならば、早過ぎるのだ。ヒトミとは恋のスピードが全く異なっていた。最初のキスからユイコはそういう兆候をヒトミにありありと見せつけていたのだった。ユイコは決着を早くつけたがる。ヒトミはまだ全然肉体関係なんて望んじゃいなかったのに、確かにそれに対する好奇心が一ミリもなかったと言えば嘘になるのだけれど、でもユイコは付き合ってセックスもしていないなんて意味分かんないってヒステリックに言って、そんな具合でヒトミは今日、ユイコにラブホテルまで連れて来られたのだった。

「恋人同士なんだから、」ユイコは笑顔を作り、横たわったヒトミの体に指を這わせ、ヒトミの頭を抱き締めて囁いた。ヒトミはユイコの胸の柔らかさの匂いに溶けそうになりながら、ユイコの心臓の高鳴りを聞いた。「セックスをしなくっちゃいけないんだと思う、何もしないなんて罪よ」

「……そうなのかなぁ、」ヒトミはユイコの囁きに洗脳されているような気がしながらも、頷いた。ユイコの胸に顔を埋め彼女の体温と自分の体温が重なるのが、とてつもなく心地よくて安らげるものなのだと徐々に分かって来たからだ。「罪なのかなぁ」

「そうよ、だからヒトミ、」ユイコの洗脳の囁きは続いている。「これから私とヒトミがしようとしていることって、罪深いことなんてないもので、正義に近いことなのかもしれないわよ」

「……正義に近いこと?」

「そう、それを今から二人で確かめるのよ、」ユイコは囁き、ヒトミの唇に優しくて長いキスをした。唇を離した瞬間に、ヒトミのTシャツの裾から手を入れて来てブラジャの上から胸を強く揉み始めた。

「んっ、」口から勝手に声が漏れた。とても恥ずかしくて顔が灼熱になった。容赦なくユイコは揉んでくるから、声を出したくないのに、声が出るのを止められなかった。くすぐったい。こそばゆい。でも確かに、ヒトミはユイコの手に、感じていた。「あ、あんっ、あっ、ふあぁ、んっ、んんー!」

「声、我慢しているの?」ユイコは手を動かすのを一端止めて、意地悪にヒトミに聞いてくる。

 ヒトミは返事をしなかった。ただ、ユイコの顔を目を見開いて真っ直ぐに見つめた。

 こんなに可愛くって、まさしくタイプな女の子が私のおっぱいをいじっているなんて信じられません。

 やっぱりこれは夢でしょうか?

 ヒトミは目をぎゅーっと瞑って見た。

「あ、こらぁ、絶対に寝かせないんだからねぇ」

 ユイコはしつこくヒトミのおっぱいを触っていじり始めた。いつの間にかヒトミは服を脱がされていてユイコはヒトミのピンとなった乳首を舐めたり吸ったりした。最初はくすぐったくて身悶えて抵抗していたりしたんだけど、すぐに快感を覚えるようになった。ユイコがしてくれることをヒトミの体は完全に受け入れて、心も間もなく受け入れて、鮮烈な現実がここにはあるような気になり、ユイコがしてくれることを、ヒトミもユイコにしてあげたくなった。「今度は私がしてあげるね」

 ユイコは鳴き声みたいなものは凄くうるさかった。うるさすぎて笑ってしまうほどだった。ほとんど爆笑しながらヒトミがユイコの声のうるささ加減を指摘すると、ユイコはむっとした顔を作って、この時のユイコの顔は堪らなく可愛かった、歯切れよく言い放った。「私のは、正義の鳴き声よ、正義が存在を主張するために鳴いているんだって、今、私たちはきっと正義の渦の中にいるんだわ、その渦の中に私たちはまだ入ったばかり、ねぇ、ヒトミ、それってどういうことだか分かる?」

「どういうことなの?」

「私たちには可能性があるってことよ、私たちはもっともっと、正義になれるのよ」

 そしてユイコはヒトミの湿った場所に触れ、その中に指を入れて来た。するり、という感じで何かに阻まれることなくユイコの指はヒトミの中に入ってしまった。本当に、簡単に。

「痛くない?」

「……ううん」ヒトミは小さく首を振ったが、実はちょっと痛かった。でもそれ以上に、よくって、何か底知れぬ、正しさのようなものをヒトミは確実に感じていた。もっと、感じたい。そんな衝動の激しい色に心が染まった。ヒトミの腰は本当に勝手に、ユイコの指の動きに合わせて動いていた。腰を動かすなんて死にそうなくらい恥ずかしいことをしているって思っているのにも関わらず加速した。決してスムーズな加速じゃなかった。上手くできない。凄く不器用で、ぎこちない加速だった。ハードルのほとんどを倒しながらも跳ぶことと走ることを止めないスプリンタになった気分だった。ゴールに辿り着き、やっと体の動きが止まった。その瞬間は、正義を一つ、見つけた瞬間だった。ヒトミはその瞬間に絶叫していた。体は痙攣して力が入らない。呼吸を何度も繰り返しながら、ぐったりと正義の余韻に浸った。ヒトミはこのまま眠りたかったが、「次はヒトミの番だよって」ユイコがそれを許してくれなかった。今度は自分に正義を見せろってせがむ。

 つまり恋人同士とは、正義を見せ合う関係なのだとぼんやりと思いながらヒトミは、ユイコの中で指を力の限り乱暴に掻き回し始めた。


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