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愛シノ リサ  作者: ちよ
10/10

10 『勿忘草』 わたしを忘れないで

大変長らくお待たせいたしました。


 AM1と歩いた散歩道を何度も行き来し、理沙は当て所なく冷ややかな現実から逃れたい一心であった。

 気がつけば昔溺れた川に辿り着いていた。ここに無い姿を追い求め、思い描いて瞳は虚空を彷徨う。

 彷徨う足がもつれ小石に躓いて盛大に泣いた。叶わない約束と力ない小さな手を地面に叩きつける。

 一頻り泣いて、嗚咽を零し川縁の柔らかな草地に腰を下ろして、心細さに肩をすくめて膝を抱える。

 ママがいなくなったときよりも、ずっと重い寂しさが理沙を包んだ。


「エームゥ」


 小さく、名前を呟いてみる。

 胸の閊えを吐き出すように溜息をつくと、理沙を包むように影が重なり、聞き慣れた声が返ってきた。


[リ、さ]


「エーム?!」


 AM1がいつものようにしゃがみ、理沙の頭をぽんぽんと撫で、涙を拭ってやる。

 迷子の子犬のような泣きべそ顔が、雲が晴れた夕空を思わせるサーモンピンクの頬を取り戻した。

 理沙は安堵と嬉しさを伝えるようにAM1に抱きついた。


「エーム、帰って来たのね!」


[ケん査ノ、結果……大ジョブで、シタ]


「ふふふ。エームはほんとにいつも助けにきてくれるのね」


[リさト、約束シまシタカら]


「理沙ね。ママが居なくても、パパがお仕事忙しくてお家に居なくても平気なの。我慢できるんだよ。だって、いっつも、エームが側にいくれたから」


[リ、さ]


「だからね? これからもずっと一緒に居てね。理沙の、側にいて」


[……側に居マす。ズット、ズット、一緒、二居マす]


 キシキシと体を揺らし、AM1は小さなお姫様を胸に刻み込むように、きゅっとその身体を抱きしめた。

 そして、川縁に咲いていた小さな青い花が連なった一房を理沙の髪に飾り、以前より機械音が増した声で理沙の名を呼び続けた。


 ちかりちかりと電気の灯る瞳。

 そこから、雫がひとつ、頬を伝っていた。

 流れるはずのない涙のようだった。


** ** **


 昼の柔らかい日の光はとうに翳り、風が夜気を孕み焦りを糧にその翼を広げる。しかし裕仁たちは理沙の姿も、AM1の姿も見つけることは出来ないでいた。

 裕仁は、膨れ上がった不安で頭が弾け飛びそうになっていた。

 こんなにも、我が子の行動範囲を把握していない親など居るものかと自責の念が胸を締め付ける。


「いったい、何処へ……」


「時間も時間だわ。家に戻ってるって事は?」


「うん。もう一度戻ってみよう」


 礼子の思いつきに望みを賭けるように頷き、急いで家路を辿った。

 頼む、戻っていてくれ! 祈るようにロックを外し、裕仁らは玄関になだれ込む。

 廊下に目をやると、リビングへのドアから希望を叶えられた光のように灯りが漏れ出していた。それに加え、楽しそうな笑い声まで聞こえてくる。ふらふらと誘われるように、声の元へ重い一歩を踏み出して進む。

 裕仁のあとを追う礼子は、理沙がラボへ忍び込んでAM1を持ち出したのだと一人合点していた。

 リビングのガラス戸の向こうに、半日姿を消していた理沙の姿が見えた。

 そして、そこには居るはずのないAM1の後ろ姿もあった。

 裕仁の頭に一気に熱が巡り、衝動のままにドアを壊れんばかりの勢いで開け放った。


「理沙!」


[ダ、ダン、なサマ! オ、かえリナサイマセ]


 裕仁の声にAM1はまるで怯えたように一瞬体をびくりと震わせたが、何事もなかったようにいつもと変わらぬ調子で話しかけてきた。


[オしょク事ニシマスカ? オ風呂ニシマスカ? ソれトモ先二、キロくヲ、ゴ覧二ナリマスカ?]


「AM1……」


 どうやってここまで来ることができたのか、いや、それともAM1が停止していたのはまぼろしだったのか? 様々な想いがぐるぐると駆けめぐり、はじけ飛びそうになっていた。

 表情を作れない分、精いっぱい体を使って明るく振る舞うAM1。

 だが、体の軋みは増し、声も機械音が混ざって聞き取り辛く、もう以前のように滑らかに話すことも出来ないでいた。それに気づいたとき、裕仁は唇を噛んで立ちつくすしかなかった。


「パパ。どうしたの? 礼子さんもみんなも」


 手に持ったトランプをテーブルに置き、理沙は満面の笑みで彼らを迎えた。

 理沙は、裕仁らが大切なAM1を直して、自分の元に返してくれたのだと信じていた。

 双方の認識の違いから、縛られたように動けず視線を交差させる。

 理沙は、なぜ裕仁が所員らを引き連れて怖い顔で自分たちを見ているのかが理解できずに、ただその青い瞳を彷徨わせていた。


[ダン、ナサマ]


 AM1も理沙と裕仁らを交互に見て、いつも通りであると主張するようにできうる限り明るいトーンで声を発し、理沙の前にそっと立ちはだかる。


[トコロ、で。明日ノ、朝食ハ、はむえっぐ、ガヨロシイカ、ト。ぴらふ、モ、イイデスネ。ソレ、トモ何カ、別ノ物デモ……]


 AM1は必死だった。彼が『人間』であったなら、きっと滝のように汗を流していたことだろう。理沙の為だけに此処へ戻ってきたのだから。


 ラボの喫茶室で佇んでいたときに、あの黒髪の少女が自分を見て言ったではないか。

「あんたも処分されに此処に連れてこられたのね」と。

 先日の夜中に突然来訪した少女、舞はAM2が居なくなったため急遽、シッターが決まるまで礼子が在勤中はこの喫茶室で勉強をしながら過ごしているのだと語った。


「うちの壊れたアレより、あんたはマシみたいだけどいつまで持つのかと思ったのよ。でもやっぱりダメなのね。狂う前に処分するのが正解だわ」


 部屋に入り込んだ羽虫を見るような目で舞はAM1を見ていた。

 理沙とはまるっきり正反対な少女だとAM1は再認識した。しかしAM1には『理沙を守る』と自分に課した使命がある。『処分』という言葉の通りになっては理沙の元へ戻れないではないか。

 舞へ返答することを『拒否』してAM1は踵を返し、ラボの入り口で逡巡していると裕仁が呼びに来てしまった。

 舞が吐き捨てた『暖かさ』の欠片もない言葉を反芻しながら、もう二度と動かない、空っぽになったAM2を彼はずっとみつめた。そしてあらゆる事案を想定して思考し続けていた。

 パワーソースに手をかけた裕仁にも『望み』をかけて問いかけたが、裕仁はその問いに目を背けて、AM1の問いごと刈り取るようにシャットダウンを選んだ。視界から全ての光が弾け飛ぶ瞬間、AM1は自身の機能をフリーズさせた。 

 そうして闇の底に眠っていても、AM1は強く理沙を思い続けることができた。

 一際強く理沙の声を感じようとしたとき、いつの間にかAM1は診察台から降り立っていた。

 所員たちの目は今自分のほうへ向いていない。AM1は演算を捨て去り、人間のように『賭け』に出た。夕暮れ近いこの時間は、勤務交代などで廊下にもほとんど人が居ないのだ。ぎこちなくしか動かなくなった身体を懸命に動かし、研究所の外へ誰にも見つからず出ることができた。

 そしてそのまま理沙の声を追いかけて人気の少ない川縁を伝い歩き、理沙の元へたどり着いたのだった。


 今度こそ、連れ戻されれば二度と戻っては来られないだろう。

 だからこそ、普段と何も変わりがないことを必死にアピールしようとしているのだ。

 裕仁はAM1の姿を見て、初めて彼の『進化した意思』を叩きつけられたように感じていた。

 このまま、ここに置いてやれればどんなにいいだろうと歯噛みする。

 AM1の強い想いが、再起動を想定して完全な闇というシャットダウンを阻止した。多大な負荷をかけてまで戻ってきたというのに。そうして願いを叶えてやることも、所員たちを引き連れたこの状況では不可能だ。

 彼が起こした『奇跡』は、確実に彼の体を蝕んでいるのは軋む音や声に如実に表れている。手遅れになれば、またあの悪夢が蘇るのだ。あんな姿を心の弱い理沙に見せることは出来ない。

 せめて正常なAM1のままでお別れさせてやらねば、と裕仁は意を決してAM1を見据えた。


「AM1。もう、もういいんだ。君は、充分過ぎるほど働いてくれたんだ」


[デモ、わタシハリサト一緒二居マス。ズットズット一緒二……居マス]


 主人の言葉に後ずさりしながら、AM1ぼそぼそと呟いた。


「あれ、エーム。なんだか……声が変だよ?」


 ようやくAM1の異変に気が付き、心配そうに見つめる理沙。

 時間はもうない。

 裕仁がかまわずに話を続けようとした時、AM1の手に何か握られているのが見えた。

 ――エマージェンシーだった。


 やはりAM1がラボから持ち出していたのだ。

 裕仁らが無理矢理『最悪の事態』を作りだし、それを使われてしまうことを恐れたのだろう。


「お前は……僕たちが想像する以上に賢い。お前は気が付いていた筈だ。理沙はお前だけを見つめ、お前に依存して、お前しか受け入れない。今のままじゃ、理沙には他に友達ができないんだ。それじゃ、理沙のためにはならないんだ!」


[ワ、タシハ、邪魔ナノ、デスカ]


「違う! そうじゃないんだ。自分の体のことも解ってるだろ?」


 うなだれるように俯くAM1。

 なんとか理解させようとしていると、理沙が裕仁らの前に割って入ってきた。


「そ、そんなことないもんっ。エームのせいじゃない。エームのこと、わかってくれないお友達なんていらない。理沙、エームがいれば寂しくないんだもん」


 裕仁はわざと理沙の懇願するような弁明には触れずAM1に語り続けた。


「AM1。ほんとうに理沙の事が大切なら僕の言うことも理解できるだろう?」


「いやっ! エーム、ずっと理沙の側にいて、もう一人にしないで」


 敢えて理沙の言葉を遮って話し続けていると、AM1は顔をふせながら裕仁に向き直った。装置を握る手に更に力を込め、絞るように言葉を紡ぐ。


[ソレデハ。ソレナラ、ドうシテワタシヲ、つくッタリ、シタノ、デスカ?]

 遠いあの日。初めてみせられたホログラムが置かれた飾り棚を指さす。

[ドうシテリサト会ワセタリシタノデスカ?]

 飾り棚から理沙へと指をゆっくり巡らせ、自身の胸に手をあてた。

[ドうシテ――。感情ヲ持タセタリシタノデスカ?]


 裕仁は、声も出なかった。


 AM1が見せたプログラム以上の『心』。

 開発者の自惚れやエゴイズムなど通り越して、彼は確実に『人』への道を歩んでいたのだ。

 壊れたなら、それまで。

 理解させようなんて、どれほど思い上がった考えでいたんだろうと、裕仁は己の横っ面を張り倒したい衝動に駆られた。

 それは、科学者と言う名の破壊者の酷い傲慢だ。

 今、ここに居ない共にクローン脳の研究をした妻、リディの言葉が蘇る。

 ようやく裕仁が感じ至った応えと同じことを繰り返し、警鐘を乱打していたではないか。命を吹き込んだモノに死ねと言ってるのと同じではなかろうか、と。『人間』に向かって、同じ事を言ったらどうなる、と。

 当時は開発そのものに目が眩んで妻の言葉など戯れ言としか感じられなかった。どんどんと食い違っていく結果論に「あなたは強欲だわ」と哀しげに瞳を潤ませてリディは裕仁の元を去った。裕仁も議論に疲れ追うこともしなかった。

 ただ、一言「去っても良いが理沙は連れて行くな」とだけ告げた。

 自分一人でも研究を続けながら理沙を育てられると裏付けのない自信だけがあった。それなのに、この有様は一体どうだと言うのだ。

 もう、つぎに出る言葉はなかった。謝ることしか、裕仁には思いつかなかった。


「ごめん……。酷い主人で、ごめん……」


 力無く俯いたAM1の手から装置が落ちた。

 床にゆっくりと弧を描き、カラカラと虚しい音を立てて足下まで転がってきた

 遠巻きに見守っていた所員たちは、すかさず装置を拾い上げて叫んだ。


「も、森口博士! 理沙ちゃんと一緒にAM1から離れて下さい!」


 発達しすぎたAM1に驚愕した所員たちは、文字通りAM1が狂ったようにしか見えず急かすように叫び続けていた。

 礼子は誰よりも冷めた目で所員とAM1の様子を見ていた。「くだらない」と赤い唇から漏れそうになるのをじっと堪えながら。

 最も合理的な方法は、と、そっと理沙に近づこうとしていた。一番の原因である理沙を後ろから抱いて連れ去れば、処理が手早く済むことだとしか考えていなかった。

 しかし理沙はスッとAM1を背にして両手を広げて立ちはだかり、彼を連れ去られないよう懇願し続けていた。


「エームは元気に戻るよ……。声だってすぐに治るよ……。パパがエーム作ったんだよ? 治すことだって簡単だよね?」


「森口博士! はやく!」


 エマージェンシーの起爆スイッチを今にも押しそうなほど所員はかなり動揺している。

 このままでは本当に押しかねないだろう。

 とにかく理沙をこちらに呼び寄せようと裕仁は一歩踏み出そうとした。


「理沙から、エームまで盗らないでぇ!」


 怒りを露わにした瞳から、溶け出したように大粒の涙がぼろぼろと頬を伝う。

 初めて憎しみが渦巻いた感情を露わにした理沙に驚いて裕仁は歩みを止めた。

 舞との生活で聞いたことの無い金切り声に、礼子もその動きを縫い止められた。


「ママは、理沙を置いて行っちゃって帰ってきてくれなかった。パパだっていっつも『お仕事お仕事』って。だけどエームは違った。いっつも側にいてくれた!」


 帰宅したときに、「女ノ子ハ、きレイ、デ居ルのガ一番でス」とAM1が結い直してくれたシフォンのリボン。それに手をあてがってほどき、裕仁へリボンを突きつける。


「いっつも一番に理沙のことだけかんがえてくれてた!」


 その時、ぎゅっと拳を握って何かを堪えるように震わせ、AM1が俯いていた顔を上げた。拳を痛みを抑えるかのように胸にあてて理沙へと歩み寄った。


[り、サ……]


 傍まで来ると拳をおろしてしゃがみ、そっと理沙の涙を拭い去りながらAM1は理沙を抱きしめた。その肩は、まるで咽び泣くように揺れている。


[ワたシモ、りサト、リさノ側ニ、イタい。ズットず゛ット一緒に暮ラしタい]


 雫が――落ちた。

 裕仁は勿論のこと、側で見ていた礼子もその雫を目の当たりにして愕然となった。


「AM1! 理沙ちゃんを離すんだっ!」


 立ち竦む彼らを無視するように叫ぶ所員たち。

 もはや所員たちにはAM1の声も、理沙の涙も届いてはいないのだろう。

 ただただ自制を無くしたAM1が暴れることだけを恐れていた。

 取り囲んでいた所員たちが強行にAM1を抑え、理沙を引き離そうとした。


「いや! 痛い!」


[り……!]


 AM1を二人がかりで羽交い絞め、もう一人が力ずくで理沙の腕を掴んだとき、突然AM1の身体中の関節から蒸気が噴き出した。熱い蒸気で手に火傷を負った所員二人は「うわ!」と小さく叫びAM1から飛び飛び逃げだした。


「きゃああ! エームが!」

「危ない!」


 がたがたと体を震わせ、蒸気に包まれるAM1。瞳の光は蛍よりも儚く、今にも消えそうだった。

 AM2の時と同じ現象に、危険を察知した礼子が誰よりも早く理沙に駆け寄った。

 信じられない光景に理沙は半狂乱だった。


「いやあああああああ! エームが死んじゃう!」


 抱き寄せようとした礼子の腕を振り払い、理沙はAM1のもとへ戻ろうとした。


「エーム! 死なないでー!」


 腕を左右上下に振って身もだえするAM1に近づくやいなや、その手でばちんと頬を撲たれ、理沙は反動で床に倒れて伏した。

 自己制御の出来なくなったAM1の側から所員たちが後退り離れていく。

 暴走が始まったのか? もう、彼は『AM1』では無くなってしまうのか?

 裕仁はAM1の側まで飛ぶように歩み、声の限りに彼の名を叫んだ。


「AM1!」


 体がびくりと反応し、彼の瞳が数度明滅して徐々に元の光を放ちだした。

 我を取り戻すことができたのだろう。そして、自分を取り巻く人間たちをぐるりと見回し、なにが起こったのかを悲しそうな声で尋ねてきた。


[わ、タシは、今、何ヲしテシマッたノデスか?]


 所員たちの方に歩み寄った。しかし、先ほどの出来事に動揺していて呆然とした表情のままジリジリと後退っていく。エマージェンシーも所員の手から落ち、床に転がっていた。


[リ、さニ、な二、ヲ……?]


 AM1は自分の手を見つめ、深く溜息を吐くように肩を竦めた。

 そして、ゆっくりとエマージェンシーを手に取ると、ギシリと大きな音を響かせて、よろよろとおぼつかない足取りで理沙のほうに歩み寄った。


[コ、れ以上、体、がユう、こトヲ、キい、テクレ、まセン]


 あまりのショックにぺたりと座り込んだまま、滂沱と涙を流す理沙に、優しく、優しく頭を撫でながら話し出した。


[ダ、レカ、らモ、愛サレ、ル、リサ、で居テほシイ、デス。ダか、ラ……]


「エ、エーム?」


 AM1はゆっくりとリビングの隣にある書斎へ歩き出した。


[わ、タシハ、ずット、リサ、と、だン、ナサマが、本当に大好キ、デス]


「いやぁあ! エームどこいっちゃうの!」


「理沙ぁあっ!」


 裕仁はAM1の紡ぐ言葉に我にかえり、必死で後を追おうとする理沙を抱きすくめた。そしてAM1の方を見ると、彼はこくりと頷いて手を振り、裕仁に向かって一度瞬きをしてドアの向こうに消えた。



[――――実験ハ、終了デす]



 ドアが閉められ、すべてを遮断するようにガチャリとロックがかかると、数瞬して爆発音が辺りを包みこんだ。

 衝撃でドアが叩かれたスイカのように割れ、そこから煙が漏れだしてきた。

 家中のスプリンクラーが反応して無情な雨を降らせてみなを冷やしていく。


「え、む……わ、ん」


 裕仁は理沙を後ろにやって、おもむろに駆け出しドア枠を蹴破って中に入るとAM1の姿を探した。

 彼は、いつも裕仁が座っていた椅子の前で鉄クズに変わっていた。

 幾分か弱まったスプリンクラーの雨に、弾け飛んだ血飛沫のような煙が少しずつはれていく。

 胴からもげてごろりと床に転がった頭。

 その瞳からは、まるで走馬燈のように五年間の理沙の『記録』が壁に投影されていた。


 泣いた理沙。

 笑った理沙。

 拗ねる理沙。


 両手を大きく広げ、AM1に抱かれようとする理沙。


 投影機はそこでカタカタと音を立てその動きを止めた。

 彼の瞳のレンズが、ひかった。そこから 大粒の雫がひとつ、零れて落ちた。

 スプリンクラーの雨は、彼の『命』と共に止まっていった。


「なんてことを! 俺は……俺はっ!」


 書斎の窓辺で、川縁で摘んだ一房の青い勿忘草が寂し気に揺れていた。



 人間の幸福のために開発されたアンドロイドだった。

 そこにはダレも予想することができなかった悲劇が待っていた。

 礼子の腕を振り切って部屋に入った理沙はいつまでも彼の名を呼んだ。

 ちぎれた彼の腕に抱かれながら。


「えええええええええーーーむううううううっっっっ!」


 いつまでも、喉が潰れて血を吐くまで叫び続けた。


 理沙の小さな手には、AM1のパワーソースのパーツが握られていた。

 そのスイッチは――『OFF/0』を指していた。




(了)




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