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アンセストリー  作者:
6/6

彼らたち





全身の感覚が薄れている、腕に抱えた少女、いくら軽くても重いことには変わりない、にもかかわらず、かかえたまま走っているが、大してそう感じない、


息はとっくに言う事を聞かず、足もこれ以上力が入らない、腕も足も痛みを発しているが、無視できるのだ。しかし、身体にでている反応は普段なら耐え難い苦痛であることはわかる。



「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」



鼻血もいまだに止まらず、息苦しさのげんいゆのひとつだ、喉にベッタリと流れ、飲み込まざるを得ない気持ち悪さ、そして鼻血が招く想定しうる最悪で最も自然な可能性も、今は他人事のように思えてくる。


このまま逃げても先はないとわかっていながら、惜しくなかったはずの命が、再熱する恐怖へと変わっていく、覚悟していなかった、こんな死に方


あんな化け物に、どうやって殺されると言うのだ。


「いやだ…ぁぁ」


大人ながら潤んでくる、避けようがない。


動いてくれよ、もっと動いてくれ、頼むよ



なんて、本気で神様と使えない俺の身体に縋ってみる。


しかしあれだ。


こんな状態になって、死が怖いはずなのに、この子を置いていこうとはしないのか。


「へぇ…へぇ…はぁ…はぁ…」


飛行場の広場まであとどれくらいあるのだろうか


一直線だったはずなので、道は明らかだが。


先が胞子で見えなくなっていた


飛行場は本当に存在したのかも分からなくなる、本当はどこかで曲がらなくてはいけなかったところがあるのかもしれない。


死を覚悟する以外ないのだろうか。


それ以外も考えればなんとかできるのか、


いや、それは、もう、いいだろう


しかしあんな奴に俺は殺されるのか


死んだ方が楽なんじゃないかと、思えてきた


こんな苦しい思いをして、怖くてしょうがない、ならば、一瞬の痛みで済むなら


 嫌


いやに決まってる、生きたいのだ俺は、いつものようにつまらなくてもいい、同じような人生でもいい、生きていたいんだ。例え今が苦しくても、もうこんな思いをせずに生きていくのだ。


今はそれ以外どうでもいい、もういいのだ。


ん?


一瞬、胞子の霧にぼやけた何かが見えた、白い人影のようなものだった、いや勘違いか。


「止まって下さい、この先を超えないで下さい」


どこからか聞こえてできた声に救われたと思った


これで終わりだと、もう逃げなくても済むのではと。


「はぁ…はぁ…人か!!はぁ…助けてくれ」



隣にいた男を見てそう叫んだが、男の表情がやけに固い。


そして男は言った。


「何て聞こえたんですか?」


「いや…はぁはぁ…聞き取れなかった…はぁはぁ…とりあえず進んだ方がいいだろ」


その先には人がいるだろ、と


そして


足を先に数歩進めた。


「止まって下さい、進められません」


え?



「何をおっしゃってるのかわかりませんが後ろをみてください、止まっている場合ではない、そして重症な子がいるでしょ」


「あなた方をいれると、他の方が犠牲になります、今の状態では、なので、ここで待機して下さい。上の指示が出るまでお待ちください」


「いや、あのね」


「わかっております、何かが来ている、しかし、あまりに急な事態で対応が遅れているんです。そこで待っていて下さい、今、お偉い方がどうするのかを決めるまで。」


男は冷静に、対応してくれた、しかし無駄なようだ。


腕に抱えた少女の血がかかえた腕に流れていく。腕に流れ地面に血が一滴一滴落ちていく感覚も、神様の嫌味だろうか。


なぜだ。


わかっていた、けど。何故だ





「何故なんだ…なぜ、そんな対応しかできないのだ…」


「今は遅れて…」


「んなこときいてませんよ……なんでなんだ、いいから通せよ」


声をわざと絞り出すように、そしてすがるよう、枯れた声をできるだけ似せた。


何も見えない胞子の霧の奥に変化がないかと見つめた。どうにか考えなおしてほしい


願いこむように見つめるしかできなかった、我ながら呆れるほど、しかし、生きるためにはしょうがないことなのだ。


ゆっくりと近づいてくる足音


再び期待を鳴らせる。


しかし


足音が近づき、体が明確に見える距離になった、その時だ。顔には黒いガスマスクと、頭から全身を隙間なく覆う白い何かを着込んでいた。まるで、毒ガスの現場にいる、特殊部隊の風貌だ。


そしてそいつがしゃがんだ俺を見下してながら


「そんなこと言われてもね…難しいんだよ、もしあなたを入れてもね、ほかの方の命が危ないかもしれない、何人乗ってると思う?」


「…」


「ほれ、答えてみ」



挑発とも取れるその問いは、俺に考える猶予を乗せた問いであることを自覚させる、


正論である。何の返答も持てない


言い訳しか持ち合わせていなかった。つくづく俺は最低な人間だと思う。


しかし。分かっている。


分かっているが。


しょうがないだろ、そうだろ


「ん?どした…あ、わかった、すぐ行きます…」


ガスマスクの男は突然、空気を変えて誰かと短いやり取りをして、再び俺の方を向いた、その雰囲気で悟れるものがあった。


「なぁ、この子だけでも、助けてやってくれないか…この子は子供だ…いくら、やばくても、この子くらいならなんとかできるだろ……」


その問いには…返答がなく…諦めてくれと言わんばかりだ。



「……いや…なんとかしてくれ……」


「かわいそうだけど、子供は一人じゃない、その子の処置には大勢の命がリスクに晒される。そこで眠らせてあげるのも一つの選択だ、そう俺は思うよ」


「なんとかできないんですか…死にかけの子を見捨てるのが、一つの選択とでも?」



「……」


「……」


「分かっとるじゃないか…お前さんたちだけじゃないんだ……」



「……」



その男は大きくため息を吐き、吐き捨てるように


「俺はちょっと呼ばれたから、ここから離れるが大人しく待っているように」



そう言って、霧の奥へと向かった


「……」



「最低限の処置をしてくれ、あの子の止血を」



冷たいなどこまでも


いや、言葉通り最低限の優しさと言うべきなのか


この子の惨状に最低限の処置とは度が過ぎた冗談だ。


諦めている本音に対する、自分の責務の正当化



男の背中が霧に消えていくとともに、異様な誠実さを感じさせるそんな空気感を纏い、

近づいてくる数人の冷たい人影。


気づいたら目の前におり少女を抱き抱ええていた、その仕草は優しいというよりも丁寧と言った方が的確な表現だと思う


どうせ諦めているのに、そういうわけにはいかない、しかし本音とは違う、事務的な対応だ。


最低限、本当に最低限だ。


神も仏もない、祈らないところに奇跡なんて起きない。そんな単純なことを思い知らされた。


「未来が見えてる、先が読めてんだよ…」


死に対抗する手段がない


何もできないとは、恥じではない、無力なだけだった。



はぁ…くそ…


「先が見えてんだろ…なんでだよ…どうすればいいんだよ」


聞こえるくらいの声で俺はそう口にし、目だけで彼らを覗いた


しかし、期待した動きは見られず、沈黙と僅かな掛け声だけがそこには映っていた。


聞こえていなかったのか、それとも、彼らには通じ得ないのか、そもそも、俺の演技が下手なだけなのか


それとも根本的に俺が間違っているのか


ただただ、処置現場を見るしかなく、何もできない時間が流れた、できたのかもしれないが、今の俺には無理だった。


あのぶつかった男も、彼らの一人と話をしていたが、一方的な感じだ。



もう無理らしい…


葉が揺れる音が聞こえる、確かに木はあるが、ここの周辺にこんなはっきり聞こえるような距離に樹々はなかったはずだ。


立ちすくんでいる、葛藤の中で揺れている、諦めと恐怖、どちらに傾くのか分かりきっているのに、まだ葛藤しているのか。


気づくと彼らは一仕事終えたと言わんばかりに、その場を離れるそぶりを見せていた。



少女の処置が終わったらしい。


そんな中、彼らの一人、男と話していた奴が俺の方に来ていた。


「処置は終わったんですか?俺たちはどうすればいい、どうすれば助かる」



「処置は終わりました、お気の毒ですが、これ以上のことは、今はできません、突然のことでした、準備が整っていない以上、私たちはどうすることもできません」



「しかしだ…あの男も言っていたように、見殺しという選択肢しかないんですか?」


「…見殺しにするとは私たちは言えません…ただ努力はしています…それまで…ここで待機を命ぜられているんです…!我々もここにいます…安心してください…必ず…助けます…」



「…待ってるしかないのか?」



「下手な動きをすれば、生きて帰れる保証はありません、私たちでさえ警戒を強めている段階です。ここからは未知の範囲内だ、正当防衛という名目で…なんてことも人によってはあります。静かに待機していてください。」



「待ってくれ…ここからあなた達は離れるのか?嫌な想像はしたくないが、しちまうだろ…」


「我々にも事情があるんです……分かってください」



「そう…ですよね…」


それに続く言葉が見当たらなかった、そう、分かってはいる


「……わかりました」


「はい…ありがとう、本当に感謝します」



そいつは、とても謙虚だった、この状況に寄り添いながらも、真摯に向き合ってくれている


そう思わされていた


とても良い人物であるかのように振る舞われていた


俺は気づいてなかったんだ。


男が呆れたように目を細め、俯いた。


やっちまった、失敗だ。


霧の奥へと消えていく影、それを見つめながら、状況の深刻さに落胆した。


「何考えてんだよ!アンタ!助かりたくないのか!」



そう男が言った




助かりたくないのか




その言葉が心に木霊する



まただ


また何かを


見失う







俺は











どこにいるのだろうか

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