4話 帰路
こちらは書きかけの旧原稿を間違えて投稿してしまったものになります。
後半部分を追加したものと後日差し替えをさせて頂きます。
「さて、家に帰るわけだが」
右手で首の後ろをさすりながら、創冶が口を開く。
蒼太は、公園の出口に据えられた岩製の車止めを馬跳びで越え、その姿勢のまま止まって首だけ振り返った。
「流石に歩いて帰るには、遠すぎる」
目の前を横切る二車線の車道。その向こうのアーケードを越え、さらに遠くを睨むように見やって、創冶は嫌そうに言った。
蒼太は姿勢を戻し、小さな砂利のついた両手をぱん、と払う。
「遠いの?」
「ああ。三キロ強といったところか」
言いながら、ふたりはまばらに通る車をやり過ごし、横断のタイミングを計る。
蒼太はここまでの道程を思い返し、大したことない、と言いかけて——足もとに伸びる影の長さに気づく。
「そういえば今って何時?」
「この街は四時、『向こう』はそろそろ六時だ」
その答えに、蒼太も父の仕草を真似て、こめかみを指で押さえた。
「うーん、夕飯には戻らないとだよね……あいたっ」
軽く頭を叩かれて、創冶が車道へ出る。
「そうだな。とりあえず、この『羽根通り』を抜けて、そこでタクシーでも呼ぼう」
「わかった」
車道を渡ったふたりを迎えたのは、幅十メートルほどの通りの上に白い幌が渡されたアーケードだった。
行き交うのは歩行者がほとんどで、たまに手押し車や自転車がすり抜ける。強い風はないが、直射の道より幾分か涼しい。
両側には魚屋や肉屋など専門店が並び、買い物に来た主婦と思しき人と、店の者が短い言葉で値を決めていく。
八百屋をのぞけば、知らない名のものや、手足の生えたような奇妙な野菜が並び、蒼太は思わず足を停めそうになる——「おい」。先を行く父の声に慌てて追いついた。
数百メートルでアーケードを抜け、車道のある通りに出る。向こう側には商業施設にまじって立体駐車場や、五〜六階建ての建物が目立つ。窓辺やベランダには生活の痕跡が濃く、ここが人々の拠点であることが分かる。
よそ見をしているあいだに、創冶はタクシーを捕まえていた。光沢のある黒塗りのバン。角は丸いが、どこか大人びている。創冶はもう乗り込み、こちらを見ていた。
「どうした? 早く乗れ」
「うん、ごめん」
いそいそと乗り込むと、自動でスライドドアが閉まる。それを見届けて、創冶が運転手に丁寧に声をかけた。
「発車をお願いします」
「はい」
柔らかな返事とともに車が動き出す。エンジン音はほとんどなく、振動も小さい。
——電気自動車、いや、こちらでは先端技術はうまく動かないはず。
「ねぇ父さん、この車ってさ」
「気づいたか」
伺うように見ると、創冶はどこか感慨深げに頷く。
「魔動車という。石油でもガスでもなく、魔素を使う仕組みだ。最近ようやく目に付くようになってきたな」
すると、運転手も笑みを浮かべて口を開く。
「ええ、私も乗り換えて一月ほどですが、呼び止めていただくことが増えました。静かで、扱いが楽でしてね」
「さぞや燃費も良いことでしょう」
「ええ、ええ、まさに」
そう言い合って笑みを深くする二人を見ながら、蒼太は首を傾げる。
その様子に気付いた創冶が、語り始める。
「魔動車は内燃機関じゃなく、魔素の編成機構を通して軸に回転エネルギーを直接付与することで動力を得る。人類を湯沸かしタービンから解き放つ魔工学の叡智だ」
腕を組み、少し誇らしげに語ってみせる創冶だったが、蒼太にはそれがどう凄いのか、いまいち伝わらなかった。
魔法のモーターみたいなものか、と勝手に解釈し、蒼太はガラス窓の外に視線を投げた。
あとの二人は何か通じ合うものがあるのか、そのまま雑談を始めた。
車は周囲の流れに合わせて進む。窓の外はいつの間にか住宅地の様子だ。三〜四階建てのアパートと、五〜六階のマンションが続き、ときおり市場のような広場がのぞく。
やがて道は上り基調になり、通りの雰囲気も少し上品に変わった。戸建てと十階建てのマンションが入り混じり、街路樹と洒落た街灯が彩りを添える。車通りが落ち着き、タクシーもすこし速度を上げた。エンジンの唸りはないが、四輪の跳ねで速さが伝わる。
「ここら一帯は中級層の住むエリアです。身を立てた探索者や、商社の若手の方が家を買うには、ちょうどいい場所で」
坂をぐんぐん登り、さらに落ち着いた気配の区域に差しかかったところで、車はふっと横道へ。
蒼太が元の道の先を惜しむように見ていると、運転手が続けた。
「坊っちゃん、そのまま行けば上級エリアです。上級エリアに住めるのは肩書に"長"の付くような方ばかり。選ばれし方のみが住むことを許されるのです」
「そこにお住まいなのが“選ばれた側”だとすれば、さらに丘の上にお住まいなのは“選ぶ側”ということになりますね」
創冶は口調こそ丁寧だが、声音は乾いている。運転手は苦笑をもらした。
「丘の上は、かつての王家や貴族の縁者様の居住地です。帝国領になってからは無位無官という建前ですが、今もこの街を動かしておいでです」
道はゆるやかに下りへ転じ、右に回り込む。街並みがふたたび中級エリアの顔に戻ったところで、車は速度を落とし、止まった。
「お支払いは『レント』でよいですか」
創冶が懐から財布を取り出して言うと、運転手は頷いた。
「はい、もちろんです。二千三百レントです」
「——こちらでお願いします。お釣りは結構です。またお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそ、どうぞご贔屓に」
タクシーを降り、黒い車体が走り去るのを見送る。
蒼太は創冶を見上げた。
「で、どの家?」
周囲は庭付きの一軒家ばかりだ。どれを指されても、蒼太は眉をひそめる自信があった。
「これだ」
創冶が示したのは、その中でもガレージ付きでひと回り大きい二階家。敷地は全体が肩ほどの高さに盛り上げられ、歩道や隣地との境界を、低い擁壁のようにぐるりと縁取っている。
崖とガレージのあいだに幅二メートルほどの通路が伸び、階段を上がると玄関へ通じていた。
「待って待って、ホントに?!」
興奮を通り越して困惑する蒼太を横目に、創冶は郵便受けを確かめ、通路へ。
蒼太が慌てて追いつくと、創冶は軽く笑って肩をすくめた。
「ああ。ようこそ、わが家へ」




