楽園
ついに私たちは目的地に到着した。
薄暗い洞窟を抜けると、そこには想像以上に広大な空間が待ち受けていた。
天井は大きく明け放たれて青空が広がり、まばゆい初夏の陽射しが燦々と降り注いでいる。
見渡す限りの地面には色とりどりの草花が生い茂り、まるで楽園のような光景を目にした私は思わず息を呑んだ。
聖域……そんな言葉が脳裏に浮かんでくる。
まさしくそう呼ぶに相応しい場所であると思えば、何だか身が引き締まるような気持ちにもなった。
「凄い……」
私はその光景に圧倒され、こみ上げてくる感動とともに呟きを漏らした。
ここに至るまでも神秘的な光景を見てきたけど、最後の最後で最大の驚きが待っていようとは。
「こいつは……なるほど、上からここに降りてくるのは無理そうだ。洞窟を通ってしか来れないってことだな。さしずめ『隠された楽園』ってとこか?」
「あら、ずいぶんロマンチストなのね?」
「ふっ……まあな」
私が少しからかい気味に言うと、ジュリオもわざとらしくカッコつけるように髪をかき上げながら返してくる。
それはともかく……彼が言う通りこの場所はとにかく高い断崖絶壁に囲まれていて取っ掛かりになりそうな足場も無さそうなので、上からここまで降りてくるのは無理でしょうね。
もし上から見下ろすことができれば、地面にぽっかりと円形の深い穴が空いている様子が見られるはず。
「ニャ、あっちに大きな滝がありますにゃ!」
ミャーコがそう言って指差す先には、断崖から一気に流れ落ちる大きな滝があった。
その落差は凄まじく、滝壺の辺りは巻き上がる水飛沫で白い霧が立ち込めていた。
水煙にぼんやりと虹も映こんで神秘的な光景に彩りを添える。
なるほど……『隠された楽園』というのは的を射ているように思えるわね。
私たちはしばらくのあいだ楽園の光景に見入って黙り込んだ。
おいそれとは訪れることができないこの場所を目に焼き付けるように……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて……いつまでも見惚れてるわけにはいかないわね。取り敢えず採取を済ませちゃいましょう」
もっと景色を堪能したいところではあるけど……帰りのことも考えるとそれほど時間に余裕があるわけじゃないしね。
ただでさえ不測の事態で時間をロスしちゃったから……
まあでも、日の傾き具合からすればそれほど遅れてるわけでもなさそうだから、そこまで急ぐほどでもない。
さっさと目的を果たしてからゆっくり楽しめばいいでしょう。
「『水天藍玉』……だったか。採掘場所は分かってるのか?ここ結構広いぞ」
ぐるりと辺りを見渡しながらジュリオがそう聞いてくる。
確かにここが目的地ではあるのは間違いないのだけど、この場所自体がかなりの広さがある。
たぶん……小さな町くらいならすっぽりと収まりそうなほど。
目星も何もなく探索するとしたらとても時間が足りないでしょうね。
だけど採掘ポイントについてはそれほど心配していない。
私はキョロキョロと周りの地面に視線を巡らせてあるものを探す。
そして近くに落ちていたそれを拾い上げた。
「これよ」
「これ……って、ただの石ころにしか見えねぇぞ。確か、綺麗な青い宝石って話じゃなかったか?多少は青みを帯びてはいるみてえだが……」
「まあ、見ててちょうだい」
そう言いながら私は鞄から採掘用の鏨と接頭ハンマーを取り出し、近くの岩の上に置いた石ころに打ち付けた。
カァンッと小気味よい音を立てながら石が真っ二つに割れる。
そして再びそれを拾い上げ、割れた断面をジュリオとミャーコに見せてやった。
「ふにゃあ〜……キレイですにゃ〜」
「おぉ……凄ぇな。ただの石じゃなかったのか。コイツが?」
「ええ。これが『水天藍玉』よ」
ただの石ころに見えたそれは、青く透き通った真の姿を見せていた。
光にきらめいて多彩な表情の青を封じ込めた、非常に美しい宝石だ。
だけどしばらくすると……
「……だんだん濁ってきたですニャ」
「しばらく空気に触れていると、ただの石ころみたいになっちゃうのよ。表面だけだから今みたいに割ってやれば、またキレイな部分が見られるのだけど」
たぶん酸化しやすい鉱物なんでしょうね。
だからこれを魔法絵の絵の具として使うなら、特殊な処理が必要になるのよ。
「ふぅん……そんなに不安定なんじゃ宝石としては欠陥品だな」
「ええ。実際、けっこう希少な石のはずなんだけど、使い道もないしほとんど価値は付かないらしいわ」
魔法絵の絵の具の素材としては非常に貴重ではあるのだけど、魔法絵師がいなくなってしまった現代では誰にも見向きされなくなってしまった……というわけね。
「よっしゃ!それじゃあさっさと集めちまおうぜ。似たような石っころを探せばいいんだろ。俺も手伝うぜ。どんくらい必要なんだ?」
「出来るだけたくさん欲しいわ。秘密兵器その三も用意してるから、じゃんじゃん集めちゃいましょう」
処理の過程でけっこう目減りしちゃうらしいから可能な限り集めておきたい。
そうそう気軽に来れる場所でもないし。
「秘密兵器その三ってなんだ?」
その一は魔法絵札、その二は魔法手漕ぎ舟、そして拡張肩掛け鞄から取り出した『秘密兵器その三』とは……
「じゃじゃん!これです!」
「…………ド派手な袋だな」
「もちろん唯の袋じゃないわよ。これはお母さんが造ってくれた魔道具なの。異空間が付与されてるから、いくらでも入るわよ」
拡張鞄は空間そのものを拡張しているだけなので容量には限りがあるのに対し、こっちの袋はほぼ無限と言ってもいい。
でも口の大きさ以上に大きなものは入らないから、何でもかんでも入れられるわけではない。
なお、ジュリオが言った通り見た目はド派手なピンク色でやたらとフリルで装飾されていた。
このまま持ち歩くのはちょっと抵抗感があるのだけど……たぶん私へのプレゼントってことで女の子らしさを意識したのだと思う。
センスはともかく心遣いは嬉しいし、何より凄く便利なので採取用に必ず持ち歩いてる。
因みに藍銅鉱を採掘した時も使ってたのだけど、その時はジュリオは偵察に出て不在だったから披露目する機会がなかった。
「……神代遺物級じゃねーか。相変わらずメイリュール様はお前に甘々なんだな」
少し呆れたように彼は言うけど……うん、私もそう思うわ。
前世の記憶がなかったら、ワガママお嬢様になってたかも。
「まあいいじゃない。それより、ここらへんに転がってる石はだいたい水天藍玉の原石だと思うから、採取よろしくね」
「おう、任せとけ」
「いっぱい集めるですニャ!」
こうして私たちは楽園みたいな場所で『水天藍玉』原石の採取を始めるのだった。




