21. 2人の夢は
最終話です!
シルヴィア、と何度も呼ぶ声がした。
それになんだか暖かい――
重いまぶたを持ち上げるとシルヴィアの手を握りしめ、ベッドに顔を伏せるヴェントゥスが映った。
「ヴェントゥス、様……?」
弱々しい声でそう言いながら体を起こすと、ヴェントゥスはすごい勢いで顔を上げ、シルヴィアを抱きしめた。その力があまりにも強いのでシルヴィアが身をよじるとヴェントゥスは「ごめん、まだ傷が痛むよね、ごめん」と半泣き状態で手を慌てて離した。
シルヴィア付きのメイド、ヘレンも胸を撫で下ろしていた。
そんな様子を眺めていたキースがによによと笑う。
「殿下ね、シルちゃんのために妖精女王のところまで行ってさ。回復薬やらすごいものばっかり持って帰って来て」
シルヴィアはベッド横のある机に置かれた薬瓶や怪我に効きそうな香りの葉などに気がつく。そのおかげか、痛みはほとんど感じなかった。
シルヴィアはヴェントゥスやキース、ヘレンにストレリチアまで、多くの人に助けてもらったのだと理解する。
「本当にありがとうございます……!」
シルヴィアがそう笑ってお礼を言うと部屋の隅でほっとしたような表情を浮かべるレイナが目に映る。
「レイナ様……」
どうして、と階段から落ちようとした理由を尋ねようとするシルヴィアにレイナは言う。
「ごめんなさい。まさか、助けてくれるとは思わなかったの。シルヴィア様が羨ましかったの。だから自作自演をしようとした。聖女というのも嘘。でも、反省しています」
レイナは深々と頭を下げた。ヴェントゥスは納得しない、というようにじとりとレイナを見ているのだが、シルヴィアはぼそりと呟いた。
「……私、レイナ様にヴェントゥス様をとられてしまうのでは、と思っていました」
「…………へ?」
レイナはもちろん、不意を突いたこの言葉に1番びっくりしているのはヴェントゥスだ。
「レイナ様は可愛らしいし、魔力もすごい。私とは大違いで。それくらい私には魅力的に映っていましたわ」
「……おだてても何も出ませんよ」
「本当に思ったことを言ってるんです」
固まったレイナにシルヴィアは続ける。
「でも、今のレイナの方が素敵に見えますよ」
「まあ少し性格は直した方がいいとは思いますけれど」とシルヴィアが付け足すとヴェントゥスとキースはぷっと吹き出した。
「あーあー、嫌になっちゃう。末長くお幸せに!」
レイナはぷりぷりと言いながらシルヴィアたちに背を向けると部屋から出て行った。それを見届けるとキースもヘレンも「邪魔者は消えますねー」と部屋からいなくなっていった。
部屋に2人残されたシルヴィアとヴェントゥスはお互い言い出すタイミングを伺っていた。
「シル……」「ヴェ……」
声が重なって2人はふふっと笑った。するとヴェントゥスはポケットから小さなケースを取り出した。
パカっと開いたケースにはちょこんと2つの指輪が並んでいた。
魔法石の花びらが真ん中で輝いている。リングも花々があしらわれている。しかしながら、少し不格好にも見える。
「……僕が作ったんだ。シルヴィアには貰ってばかりだから……」
「キースやヘレンにも手伝ってもらったんだけど……」とわたわたと続けるヴェントゥスにシルヴィアは思わず笑ってしまう。おそらく、妖精の王国から帰ってきて夜通し作ってくれたのだろう。泣いた跡がある目元にはうっすらとくまもあった。
「シルヴィア、君が好きだ。大好きなんだ。どうか受け取ってほしい」
指輪を差し出すヴェントゥスの紫の瞳がシルヴィアをまっすぐ貫いた。
「私も、ヴェントゥス様が大好きです。ずっと、一緒にいたいです」
恥じらうシルヴィアにヴェントゥスはぽぽぽっと顔を赤く染める。それからシルヴィアの細い薬指に指輪をはめた。
「これで仮じゃなくて、本当の婚約者ですね」
シルヴィアはヴェントゥスの薬指に指輪をつけながらはにかむ。ヴェントゥスはついに我慢出来なくなって指を絡ませて額をコツンとくっつける。
「……キス、してもいいかな」
上気した顔にシルヴィアはドキドキしながらゆっくり頷く。すると、すぐに2人の唇が重なった。
吐息と共に唇が離れてから、シルヴィアは恥ずかしさと幸せでいっぱいになって笑みが溢れた。
「でも、本当に私と婚約してしまってもいいのですか? ヴェントゥス様の夢は……」
「ああ、でも僕はシルヴィアといられればそれで――」
ヴェントゥスが言いかけたところで、部屋の扉がノックされた。
「目覚めたようで安心したよ」
そう微笑んだのはヴェントゥスの兄、ユラン。
「キースから全部聞いたよ。うーん、レイナがあんな子だったとは思わなかったなあ」
ぶつぶつと言いながらユランはシルヴィアとヴェントゥスのところへ歩み寄る。
「これは僕の判断ミスだ。だからこういうのはどうかな。2人は結婚したら外国に行って貿易やその国の調査をしてきてほしい。出張王宮魔術師、ということでシルヴィアにもついていってもらえれば僕も安心だし国の利益になるから。……どう?」
それはつまり、ユランは2人の結婚も、ヴェントゥスの夢も、シルヴィアの夢も全部認めてくれたということで。
「まあ、僕のおかげで2人は進展したわけだし……ね」
ふふっと含み笑いをするユランに、シルヴィアは全て見越していたのではと思ってしまった。まあ彼なりの応援だったのだろうとヴェントゥスも改めて兄の素直じゃないところに笑ってしまいそうになる。
「じゃあ、さっそくどこに行くか決めちゃいましょうか」
「そうだな!」
シルヴィアとヴェントゥスはそう笑い合ったのだった。
風を一身に受けて、潮の香りを吸い込むのは心地いい。
そんなシルヴィアの目には次の目的地が映っていた。
「ヴェントゥス様! 見えてきましたよ……んぅ」
ヴェントゥスはリップ音を立ててシルヴィアの唇から自分の唇を離した。
「……前はキスしてもいいか聞いてきてくださったのに」
頬を膨らませるシルヴィアにヴェントゥスはえへへと笑う。
「今日も僕の妻が可愛いなあと思ってさ」
「……もう」
ヴェントゥスは思ったことをそのまま口にするため、恥ずかしさと嬉しさで真っ赤になってしまうのが当たり前になってきていた。
「ところで、次はどんなことをするのかな、僕の王宮魔術師様」
「ええと……まずは魔法動物がいるという噂を確かめにいきたいです! ヴェントゥス様の引き寄せ体質を使えばもっと楽に調査できると思うのですけれど……」
いたって真面目な顔で言うシルヴィアにヴェントゥスは思わず吹き出してしまいそうになる。
「もちろんヴェントゥス様は私が守りますわ!」
それはどうなんだろう、とヴェントゥスは苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、お言葉に甘えて……と言いたいところだけど。妻を守るのが僕の役目だから」
ヴェントゥスはそう言うとシルヴィアの頬に手を添える。シルヴィアもふふっと笑ってヴェントゥスの頬に手を添えた。
2人の薬指には魔法石の指輪が煌めいていた。
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