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古市家の妖怪事情  作者: 岩月クロ
第四章 こんこんさまを、差し上げ候
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2.気遣いに込めた優しさ

 雑談混じりの交流をし、そろそろお暇しようかと願い出れば、真夜はわざわざ玄関まで見送りに来てくれた。


「それじゃあ、定期的なヒアリングは、これまで通りに。もし何かあれば、先程渡した封筒に私の名刺が入っているから、そこに連絡を。他に何か訊いておきたいことは?」

「大丈夫です。ありがとうございます。……あ、尊臣、耳貸して、耳」


 八歳児の愛らしい手招き。傍目からはただただ愛らしい仕草だ。しかし、呼ばれた尊臣は心底嫌そうに顔を顰めている。

 一向に動こうとしない尊臣に痺れを切らし、真夜が彼のシャツをぎゅうっと引っ張る。強制的に傾く身体。真夜は即座に小さな手を伸ばし、尊臣の耳を掴んだ。



「――――。――――――――」



 何事かを耳打ちされた直後、尊臣の頬が朱く染まる。真夜は素早く彼から離れると、いい笑顔でサムズアップを繰り出す。


「じゃ、お互いゼロスタートで頑張ろうね」

「いやムゥより全然、ぜんっぜん、大丈夫だから」

「え~、どうかなあ~?」

「はあああ?」


 にんまりと意地悪く笑う様は、なるほど、どことなく尊臣と雰囲気が似ている。同じ年に生まれ、同じ環境で育った二人。

「双子みたいなもんだもんな」

 つい口から零れた言葉は、ばちばちと火花を散らしている二人の耳には届かなかったようだ。幸いなことに。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 車に乗り込むと同時に、資料の束を手に取る。

「次の場所、約束の時間に間に合うかな」

 私たちの仕事は、こういった訪問がほとんどだ。妖怪集団の秘密組織、という響きの割に、ひたすら地道な仕事である。

「大丈夫です!」

 先程まで双子の妹――もとい、真夜と言い争いをしていた尊臣は、その勢いのまま、声を荒げた。年相応の姿に、思わず真夜にしたように、頭をぽんと撫でる。


「~~~~っ、……葉月先輩って、本当にお節介ですよね」


 先程の、“ドライブ”の件だろうか。確かに、初対面の割に、お節介も甚だしいだろう。まあ、嫌なら拒否されて終い、それだけの話だ。

「なんだ、嫌味か?」

「いーえ。……好きです、そういうとこも」

 上目遣いで私を見る双眸が、想像よりもずっと真剣で、どきりと心臓が跳ねた。

「そうか。ありがと」

 誤魔化すように、頭をぽんぽんと撫でる。しばらくすると、無言で振り払われた。


「時間迫ってるんで。迷ってる余裕も無いんで、最短ルートで案内します」

「わかった。……待て、普段は最短ルートじゃないのか?」


 聞き捨てならない発言だ。尊臣は調子を取り戻したのか、普段どおりににっこりと笑って、「さて、どうでしょうねー」と嘯いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、予定通り数件を回った後に、帰社する。尊臣と別れると、各種報告書をまとめて、メールで送信。背凭れに体重を掛けると、予算不足で買い替えが長く保留になっているオフィスチェアが、ぎぎぎ、と悲鳴を上げた。いい加減、買い替えてくれないものだろうか。


「お疲れ様です」

「なんだ、まだ帰ってなかったのか。外、もう暗いぞ」

「暇だったんで、葉月先輩を待ってました」


 暇だったなら、その時点で帰ればよかっただろうに。平気でそういう冗談を口にするから、困る。

 私の困惑した顔に何を考えたのか、尊臣はむんと胸を張った。


「あ、大丈夫ですよ、タイムカードは押した後なので、給料泥棒ではないです」

「誰もそんなことは疑ってないよ」


 変に真面目な顔をして頓珍漢なことを言うので、思わず顔が綻んだ。笑ってから、身体がひどく強張っていたことに気付く。どうやら自分で思うよりも疲れていたらしい。ぐるぐると肩を回す。


「葉月先輩、珈琲飲みますか? って、もう淹れちゃいましたけど」

「有難く貰うよ。その代わり、家まで送っていこう」

「やった」


 尊臣はふわりと笑いながら、角砂糖をひとつ落とすと、それを私の前に置いた。

「…………」

 そんなに疲れが顔に出ていただろうか。

 黙り込む私の前で、尊臣は自分の珈琲にも角砂糖を投入する。


「あ、ごめんなさい。癖でそっちにも入れちゃいました。先輩、ブラックでしたっけ」

「ん。疲れてるから、ちょうどいいよ。ありがとう」



 ――癖、ねえ。



 下手くそな気遣いに、再び笑みを浮かべる。自分だっていつもはブラックで飲んでいるだろうに。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 珈琲の効果があるうちに、と会社を出て、尊臣の自宅へ向けて車を走らせる。既に何度か通った道だ。さすがに迷子にはならない。もうそろそろ家の付近まで来たか、という頃に、珍しく大人しく座っていた尊臣が突然、「あ」と声を上げた。


「あそこの公園、今の時期、桜が咲いてるんですよ」


 声を弾ませ、柔らかく微笑む。どうやら人並みに桜を愛でる心は持ち合わせているようだ。意外な気がするのは、普段の行いゆえか。

「もう満開になった頃かなあ」

 そう言って目を細めるさまは、いつかの景色を懐古しているかのようだった。


「少しだけ寄っていくか?」

「えっ、いいんですか?」


 冗談交じりに問い掛けると、尊臣は珍しく前のめりになっている。今日は彼の子どもらしい一面をよく見る日だ。幼馴染、あるいは双子の兄弟のような存在に会って、本人も無自覚のうちにテンションが上がっているのかもしれない。


「いいよ。今を逃すと、今年はゆっくり桜を愛でる時間も取れなさそうだ」

「ああ、最近忙しいそうですもんね。……俺も早く書類仕事できるようになりたいなあ」

「ゆっくりやれることをやっていけばいい。高校の勉強もあるだろ」

「……そういうことじゃなくて」


 なら、どういうことなんだ。

 そう訊こうと口を開いたが、私が口にするより早く、尊臣の「あ、先輩。そこですよ、駐車場の入り口」というナビゲーションが乱入してきたため、タイミングを逃してしまった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 公園の中央には、一本の立派な枝垂桜が鎮座していた。詩歌では散る桜の儚さがよく謳われるが、ことこの桜の木に関しては、何十年、いや、何百年とここで全てを見守ってきたからこその貫禄の方が色濃く感じられた。華美なライトアップもなく、公園に常備されている外灯が桜をほんのり照らしている。

 尊臣と二人、桜の真正面にあるベンチに腰掛け、圧巻のそれを見上げる。


「この桜、見覚えがある」

「……そうですか。よく来るんですか?」

「いや、もうずっと前に……。あの時は道に迷った末にここに辿り着いたから」


 正直、どうやって行ったのかも、どうやって帰ったのかも覚えていない。


「そんな状態なのに、桜のことは覚えているなんて、不思議ですね」

「というか、桜は付属要因だな。ここで小さな女の子に会ったんだ。それをよく覚えてる。今の仕事に就くきっかけになった出来事でもあるから」

「へええ」


 尊臣がそれきり黙り込んだので、私の視線は自然と桜に引き寄せられた。散る花びらを目で追う。ひらり、ひらり。それが何枚地面に落ちた頃だったか、尊臣が口を開いた。



「それって、葉月先輩にとって、どんな出来事だったんですか?」



 てっきり、そろそろ帰りませんか、と言われると予想していたので、面食らった。数秒かけて意味を理解し、ようやく、先程終わったと思っていた話の続きかと思い当たる。


「聞いてもそんなに面白味のある話じゃないぞ」

「でも聞きたいんです」

「そ、そうか?」


 特に、わざわざ人に聞かせるような話でもないが、かといって、もったいぶって隠し立てするような話でもない。聞きたいというならば、と私はかれこれ七年も前になる出来事について、記憶を手繰り寄せた。

 あれも、――そうだ、夜ではなかったけれど、枝垂桜が咲き誇っていた時期だった。ああ、道理で見覚えがあるわけだ。思い出した。中学校を卒業してから高校へ入学するまでの期間、その宙ぶらりんの肩書を持て余していた頃の話だった。



 ――私がまだ、自らの在り方さえも持て余していた時の話だ。




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