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古市家の妖怪事情  作者: 岩月クロ
第四章 こんこんさまを、差し上げ候
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1.助手席に生意気な後輩


 ――野良妖怪団体。


 いかにも怪しげな名前の団体名だが、これが私、こと尾崎(おざき)葉月(はづき)の就職先だ。私は今年一年目の新人……なのだが、その前にまるっと六年間アルバイトとして働いていたため、周囲からは中堅団員と似たような扱いを受けている。それでも一応、新人歓迎会はしてもらった。……幹事は私だったが。



 野良妖怪団体は、その名の通り、公的な支援が受けられない「野良(はぐれもの)」の妖怪のために活動する団体である。

 妖怪は、決して表舞台で堂々と生きられない。一般人が受け入れられる存在ではないため、世界の隙間を縫うように生きている。だがしかし、それは妖怪個人が誰からの支援も受けずにできることではない。

 そこで、長く生きているが故に方々に影響力を持っている大妖怪さまが、政治の裏側に入り込み、公的な支援機関「妖怪労働協会」を設立した。――もちろん、これは一般人には秘密の組織だ。それは随分と前の出来事であるのだが、噂では、創立者たる大妖怪さまは今もご健在で、今日も今日とて元気に権威を振るっているとか、いないとか。


 とにもかくにも、非公開とはいえ妖怪の存在が認められ、その仕組みづくりが一歩前進したことで、妖怪の暮らしは徐々に良い方向へと変わっていった。しかし、人間ひとりひとりに異なる事情があり、公的な支援が受けられない場合があるのと同じように、妖怪にも、種により、個により、公的な支援が受けられない状況下にあったり、公的な支援と最適な支援がイコールで繋がらなかったりするパターンもある。

 その受け皿となるべく設立されたのが、「野良妖怪団体」だ。なお、おわかりの通り、これもまた秘密裏の組織である。そのほとんどは野良妖怪で構成されている。かくいう私自身も、所謂野良である。



「ところで、秘密組織って響き、なんかドキドキしません?」



 私が運転する車の助手席で、手元のリストをぱらぱらと捲っているのは、やけに見目麗しい青年だ。男らしい、というよりかは、透明感のある綺麗な顔立ちをしている。女装でもしたら、さぞかし映えることだろう。なんなら私よりも余程女性らしく振る舞えるに違いない。

 歳は私の五つ下の高校三年生。二年前からアルバイトとして働いている。うちの支部でも数少ない人間の関係者である。いろいろと問題(・・)のある後輩だが、根は良いやつ……の、はずだ。


「なあ、尊臣(たかおみ)。きみ、まさかそんな理由でここで働いているのか」

「まっさか。葉月先輩と一緒にいたいからに決まってるじゃないですか~」


 美青年、と称して差し支えないであろう後輩・古市(ふるいち)尊臣は、にこーっ、と人好きにする爽やかな笑みを浮かべた。しかし、それでは誤魔化しきれないほど、発言の内容が軽薄すぎる。

 この後輩の“問題”は、つまるところ、コレだ。

 初めて顔を合わせた時から、この調子なのだから、いっそ徹底している。最初こそ戸惑ったが、今となってはただの日常の光景である。


「次、どこに行くんだっけ?」

「あ、先輩ひどい、さらっと無視するなんて。俺、本気なのに」

「ここ、右折か?」

「この信号を超えて、二番目の角を左折です」

「…………そうか」

 右ウィンカーを取り下げて、直進する。


「安定の方向音痴っぷり」


 感心した、と言わんばかりの尊臣の腹を、肘で小突く。

「片手運転は危険なんですよー」

 文句を口にしている割に、非常に楽しそうである。

「なら黙って案内をしろ」

 きつく突っぱねたつもりだったが、視界の端には、未だ変わらず笑みを浮かべている尊臣の姿が映っていた。


「ていうか、今度は俺、運転しますよ! 夏には免許取るんで」

「させるか、あほう。事故でも起こしたら、それこそこと(・・)だろう」

 方向音痴ではあるが、運転技術が低いわけではないのだ。その証拠に、来年にはゴールド免許に変わる。はず。


 そもそも――



「本来はバイトの仕事じゃないからな、外回り同行」



 ――という後ろ暗い部分もあるため、運転手交代など以ての外だ。もっと言うなら、事故を起こした時の保険云々の問題もある。


「俺は先輩と一緒だから万々歳ですけどね! 次の交差点、右です。信号ないとこ。で、百メートル地点で停車してください」

 今度は的確な指示だ。やればできるのに、やらない時があるから彼のナビゲーションは困る。前半の、もはや形式美とさえ化している発言には一言も触れぬまま、指示に従ってハンドルを切る。


「はあ……私が方向音痴でなければ……」

「えー、方向音痴じゃない葉月先輩は、もはや先輩ではないですよ。ニセモノです、ニセモノ。先輩はずっと方向音痴のままでいてください。アイデンティティですよ」


 ひどい言い草である。

 ウィンカーを出して路肩へ停車しながら、じろりと睨み付けるが、当の本人は飄々とした態度を崩さない。それどころか、時計をチェックしながら、「約束の時間、五分前。ぴったりです。さすが俺。先輩の迷走時間もばっちり考慮したスケジュール管理。これは有能だ! 手放せませんね!」と自画自賛している。



「これからも先輩の右腕として能力を発揮するので、よろしくお願いしまーす」

「はいはい、期待してるよ、優秀な助手くん」



 嘯く尊臣の髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。わわっ、と焦る彼の手から資料をふんだくり、視線を落とす。初めて会う相手だ。輝夜(かぐや)真夜(まや)。種族は月兎。年齢、八歳。加入歴は九年。……。まあ、各々、事情があるのだろう。

 資料をバインダーに挟み、車を降りる。尊臣も、髪を手櫛で直しながら、私に続いた。それらの音が聞こえたのだろうか、目的地である一軒家の玄関ドアが開く。中からちんまりとした女の子が出てきた。鳥の濡れ羽色をした髪に、不思議な魅力を放つヘーゼル色の双眸。八歳とは思えない美貌だ。好奇心できらきら輝くその瞳が、一瞬間のうちに尊臣を捉え、更に丸くなる。


「あーっ、尊臣! 尊臣だ!」


 喜色満面で駆け寄ってくる女の子――十中八九、彼女が真夜だろう――。私は尊臣をまんじりと見やった。

「……きみ、まさか、あんな小さな子どもにまで手を……?」

「ちょっ、葉月先輩、俺をなんだと思ってるんですか!? いやまじで誤解だから。誤解が過ぎるから。俺ほんと一途な男ですから! っていうか、おまえ誰だよ!?」

「えええっ、わっかんないの~!? あんなに一緒だったのに!!」

 ぷっくうううう、と膨らむ頬。尊臣は誤解と言い張るが、この反応は明らかに知り合い以上のソレだろう。ぎゃあぎゃあと騒ぐ小学生と高校生に挟まれながら、私は空を仰いだ。



「――ま、わかんなくて当然か」



 感情のピークが過ぎたのか、八歳というにはやに落ち着き払った表情で、真夜がうんうんと頷いた。

「なんなんだよ、本当に……」

 げんなりしている尊臣とは対照的である。

 彼の顔から普段のちゃらけた余裕が消えているのは、なんだか小気味がいい。高校生らしい顔だ。子どもはこうでなくては。


「改めまして、輝夜真夜です。前世は兎の姿で、ムゥと呼ばれていました。と、言えばさすがにわかるよね、尊臣」

「……なら最初っからそう言えばいいのに」

 いつもより乱暴な口調で、尊臣がぼそりと呟いた。

「尊臣ったら、昔はもっと可愛げがあったのに、残念な成長だなあ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」


「で、結局どういう仲だ?」

 飛び交う言葉の応酬に首を捻ると、尊臣と真夜が同時に声を上げた。



「ペット」

「家族」



 お互いが、お互いの顔を見合う。先に口を開いたのは真夜だった。


「たしかにママやパパから見たらペットかもしれない。でもあたしと尊臣、同じ年に生まれてるし、なんならあたしは二か月も先に生まれてるし、あたしの方がお姉さんだもんね」

「二か月なんて誤差だからな。それにムゥは兎だったけど、俺は人型だから。ムゥの餌の準備とかトイレの始末とかしてたから」

「あーっ、それ言う!? 言っちゃう!? そういうの、レディーに対して言っていい言葉じゃないと思いまーす! セクハラ発言でーす!」


「なるほど、真夜さんが兎型だった時に、尊臣たちと一緒に暮らしてたということだな」


 深刻な口喧嘩に発展する前に、私は手早く話をまとめた。私に発言権を奪われた尊臣は不服そうだが、無理やり口論を続けるつもりもないようだ。

「そういうことです。……あ、すみません。挨拶が遅れてしまって。尾崎さんが今後、あたしの担当になるんですよね。これからよろしくお願いします」

 真夜は尊臣に対する時とは打って変わり、礼儀正しい所作でしずしずと頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 それに合わせて、私も頭を下げると、尊臣もむすっとした表情のまま、それに続いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 家に上がらせてもらい、リビングでヒアリングをする。特に生活に不便もなく、問題も無いようである。真夜の場合は、妖力を抑えて人型と変化した関係上、むしろ妖怪に絡んだ問題は起こりにくい。ほとんど普通の人間と変わらない状態になっているからだ。

 一段落ついたところで、話は自然と共通項――尊臣の実家、真夜の前世の話に移行していく。


「ムゥはうちには顔を出さないの? 母さんたちも喜ぶと思うけど」

「うーん、そのうちにね。タイミング間違って、一兄(いちにい)と会っちゃったら大変だもん」


 真夜の表情が、柔らかくも切ないものに変化する。イチニイ。どこかで聞いたことがあるな、と考えて、以前に尊臣から聞いた、一番上の兄の愛称であったことを思い出す。歳は私と同じで、たしか、今年から社会人になり、独り暮らしを始めたのだったか。既に家を出ているため、遭遇率としては低いだろう。万が一にも会いたくないほど嫌い、なのだろうか。

 安易に触れることができず戸惑えば、真夜は私の複雑そうな顔を見て、「ああ、違うんですよ」とあっけらかんと笑った。

「逆です! すっごく会いたいし抱き着きたいし、ちゅーもハグもしたいです! でも、今の姿で会っちゃうと、……ペット枠から妹枠になるだけだし」

 豊かだった表情が、一気に沈む。


(ああ……なるほど)


 彼女はペットでも妹でもない存在になりたいのだ。月兎がわざわざ自分の姿を捨て、能力を捨て、地球に来て人間の形で人間として生きる理由。人によっては、そんなことで、と言われてもおかしくないような理由。衝動的で、浅はかだ、と嘲笑われる時だってあるだろう。それでも彼女にとっては何者にも代え難かった、大事な理由。

 ぽん、と彼女の艶やかな黒髪に、自身の手を乗せた。ぽん、ぽん、とゆっくり撫でる。


「私は方向音痴でね。たまに自分でも思い掛けない道を走っていることがあるんだ。だから、まあ……気分転換でドライブでもしたくなったら、声を掛けてくれればいいよ」


 彼女は呆けた顔をした後、ちらりと尊臣を窺い、それから視線を下に落とした。

「……えっと、たまたま窓越しに見知った人がいるかもしれない、し?」

「ああ、もしかしたら、そういったこともあるかもしれないな」

 そう返すと、真夜は今日で一番、嬉しそうな顔で笑った。




約3年ぶりの新章。ようやく投稿できました!

何気に登場回数が最多の四男・尊臣くんのお話です。

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