↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古市家の妖怪事情  作者: 岩月クロ
第二章 約束を破ってもらえない雪女
PR
18/35

12.溶けるくらい熱い愛を

 ううんと眉を八の字にした私を見た彼女は、少し落ち着きを取り戻したようだった。

「今に見てなさい、必ず尻尾を掴んでやるんだから」

 どうやら、彼女の中で私は、相当の悪女設定になっているようだ。探られて痛い腹は……残念ながら、ある。雪女は、つまりは妖怪だ。国の支援機関があるとはいっても、それはあくまで秘密裏のものであって、一般に周知され、受け入れられているものではない。ばれたらきっと、「どうして私達の税金で、妖怪なんて得体の知れないものを支援しなければならないのか」「人間に害は無いのか」「それより何より気味が悪い」などと世間を賑わせ、場合によっては迫害されるに違いない。

 でも言わせてもらえば私達妖怪は、昔話になるくらいには昔から地球に住んでいるし、人間に対して可能な限り気を遣っているし、害があれば既に出ているだろうし、あと一応私も納税者です。ちゃんと税金納めてるよ! 給料からも天引きされてるよ。なんでこんなに、と思うくらいには!


 ……話が逸れた。

 とにかく、だ。

 さてこの状況、どうするべきか。

 再び眉を下げた私を見て――正確には、私の背後を見て、勝木さんが「あ」と声を漏らした。ぱちくりと瞬きした私の頭に、ぽんと手が乗る。



「――そこまでにして頂けますか」



 手の主から放たれたのは、雪女の手よりもひんやりした声だった。

「私は、妻にあらぬ疑いを掛けられ、温厚にしていられる程、大人ではないんです」

「ぜ、善さん!?」

 なんでここに。フロアが違うのに。

 驚いて見上げるが、視線は絡まなかった。傍目から見ても明らかにいつもより鋭い眼差しが、真っ直ぐに前方を向いている。

 先程までの怒りの衝動はどこへやら、勝木さんはいつもの余裕のある笑みではなく、慌てて取り繕った笑みを彼に向けている。


「古市さん、私は別にそういうつもりは……」

「では、どういうおつもりですか」


 彼女の言葉を遮った善さんは、しばらく待っても返事が無いことを確認すると、「何か、勘違いをされているようですが」と続けた。

「私は別に彼女に騙されていたっていいんです。それでも満足なんです。だから、勝木さんが気にする必要はありません。どちらにせよ、システム提供のお話には支障は出しませんので。……そのことが心配であるなら、担当変更も致しますので、遠慮なく仰ってください」

 声を失っている勝木さんから視線を外した善さんは、私の耳元に顔を寄せると、「遅くなってごめん。部屋に土屋さんがいるから、行って」と囁いた。

 わざわざ、勝木さんの目の前で。見せ付けるように。

 これの意図は、さすがの私でもわかる。挑発か、あるい牽制か。ちょっと大人げなくないですか、と思わないでもないけど、嬉しいと感じてしまったのも事実なわけで。

 どちらにせよ、お陰様で耳が溶けそうなので(無論、文字通りの意味で)、私は撤退する他ない。

 勝木さんと善さんが二人きりになるな、と思ったけれど、それほど動揺しなかった。

 多分、彼を心から信じられるようになったからだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 給湯室で氷水の準備し、耳に当てながら部屋に戻ると、おどおどした土屋さんが駆け寄ってきた。

「松雪さ〜ん、大丈夫でした? あ、ちょ、それ、どうしたんです? まさか殴られたとか……!?」

 青褪める土屋さんに、「ち、違うの。これはちょっと……そういうのじゃないの」と訴えると、私の赤い顔を確認した彼女は、ナルホド、と何をナルホドしたのかわからないが、得心したようだった。

 お茶飲みますか? と訊かれたので、丁重に断る。

 湯気が揺蕩うマグカップに口を付けながら、土屋さんは、むう、と眉を寄せた。

「私、修羅場ってる場面に遭遇して、ビックリしたんですよー。慌てて森山さんに連絡取りましたけど、間に合って良かったです」

 言い終えてから、彼女はほにゃりと頰を緩めた。

「にしても……松雪さん、愛されちゃってるんですねえ」

「え!?」

「だって聞いてくださいよー、森山さんと電話してる時、後ろですっごい音がしたんですよ。森山さん曰く、古市さんが、これまで見たことないくらいの慌てっぷりで出て行ったみたいで」

「……えー」

 その割には息、全然乱れていなかったけど。

 などと言いつつも、むにゅりと顔が緩む。

「はあ……いいなぁ、私も良い人と結婚したーい」

 後輩のぼやきを聞きながら、私は始終にまにましていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……――あれ?」

 会社のエントランスで、壁に背中を預ける善さんの姿を見掛けて首を捻った。

 小走りで近寄る。

「どうかしたんですか?」

「いや、……偶々早めに上がったから」

「そうですか」

 嘘だ。偶々、なんて。今時期、偶々では帰れない。わかっていたけれど、言わずに甘受する。

「じゃあ、一緒に帰れますね。……ところで、なんで私の帰る時間を……」

「土屋さんが、俺に連絡をくれた」

「直接!? 森山さんが飛ばされてる!」

「ショートカット」

 まあ、敢えて二人を経由する必要は無いけれど。

「それなら、直接訊いてくれても良いのに」

 彼は、ちら、と私を見た。

「……今度からそうする」

 よく聞くと上擦っている声に、私もちらりと彼を見る。これまたよく見ると、耳の先がほんのりと色付いている。変なところで照れる人だなあ。と思いつつも、私もつられて赤くなる。以前よりも、距離が近い気がして。

 会社を出ると、するりと指が絡んだ。


「……溶けてる」

「いっ……わないで、ください!」

「じゃあ、心の中で思っとく」

 それもちょっと、恥ずかしい。


 水滴が溢れる。ぽた、と地面を濡らしていく。

「冷たかったら離してくださいね」

「千佳も、熱かったら離して」

 身動ぐ。熱い。それは、手が、というよりも、自分の身体が。……心が。

 善さんの手は、熱いというよりも、温かい。

「えっと、熱くないです、し、熱くても離さないで欲しい、です」

 ぎゅっと握れば、より強く握り返される。

「俺も、冷たくても離したくないな」

「あ、やっぱり冷たいんですね」

「そりゃあ……だから多分、俺じゃなくてもさすがに気付いたと思うよ。冷え性ってレベルでもないし」

「え!」

「俺で良かったね」

「えっ! はい!」

 元気よく返事をしたら、ふっと笑われた。レアな笑顔に見惚れる。


 ――そういう、いろんな表情を、この先も、私が見たい。一番近くで。


「千佳、好きだよ」

「……う」

「あ、全身溶けた」

「楽しんでる、この人……! 意地悪!」

「千佳限定」

「うっ」


 その時、後ろからぬっと人が現れた。

「会社の駐車場でいちゃいちゃすんのはやめろ」

「ぎゃー! むむむ村岡さんっ」

「古市、お前も面白いからってイジメてんなよー。お松、汗だくじゃんか。こいつ照れ屋なんだから」

「照れ屋……確かに」

 事情を知る善さんが、肩を震わせて笑っている。珍しいこともあるもんだ、と村岡さんが目を見張る。

 私が善さんの手の甲を抓った。痛、と小さな抗議を含む悲鳴。

「仲良いねぇ」

「おしどり夫婦を目指してるんで」

「よく言うよなー、前に俺が結婚の良さを教えてやった時は、そんなの考えられないって一蹴だったクセによ」

 はー、とわざとらしく大きなため息を吐く。

 ていうか、村岡さん、そんなことしてたんですか。

「したくなっちゃったんだから仕方ない」

「結局惚気んのかよ」

 あついねー。

 村岡さんの呆れた眼差しに、私は善さんと顔を見合わせ、笑い合った。



 これから私たちは、散々惚気ながら生きていく予定だ。

 その熱さに、身を溶かしながら。

 それでも手を離さずに、握り合いながら。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。