表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古市家の妖怪事情  作者: 岩月クロ
第二章 約束を破ってもらえない雪女
15/35

9.長きに渡る裏切り行為

 朝一番に家を出たのに、目的の駅に着いたのは、お昼もとうに過ぎ、おやつを楽しむ時刻だった。

 ぐう、とお腹が鳴る。そういえば、昼ご飯、食べてない。私は駅にある唯一の飲食店で、冷やしの掛けうどんをのそのそ食べた。美味しい。水も美味しい。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせ、外に出た。バス停の時刻表を覗き込んだが、都合のいい時間帯のバスは、半ば当然のように無い。本数少な過ぎ。

「……歩こう、かな」

 いつもなら絶対にしない選択だった。

 駅の付近は、まだちょっとした建物(本当にちょっとした建物。間違ってもビルなんかは無い)や色褪せた商店、住宅が立ち並んでいたが、そこを抜けると、右も左も一面に畑や田んぼが広がっていた。車の通りも無ければ、人の通りもない。

 大通りならまだ車は通っているのだが、いかんせん実家に向かう道は、終始こんな調子だ。

 紛うことなき、立派な田舎。田舎の中の田舎。ザ・田舎。

 私は日傘を差して、とぼとぼ歩く。


「……ていうか、暑い」


 早々に後悔してきた。なんで歩こうなんて思ったんだろう。駅でタクシーを捕まえれば良かった。電話して、迎えを頼めば良かった……!

 家に辿り着く前に、溶けるかもしれない。なんて学習能力が無いの、私。

 失恋の雰囲気に浸ってみようとか思っちゃったのが間違えだったんだ。

 鞄には、行き掛けに買ったお茶が一本のみ。コンビニ? ここにあるとでも?

 自販機なら、途中に一台、ぽつねんとある。撤去されていなければ。あと中身が補充されていたら。どちらにせよ、まだだいぶ先だ。

 じりじりと、肌が炙られる。

 いろいろと限界だった。

 私は携帯を取り出すと、ルリカへコールした。数コールして、繋がる。


『ハァ〜イ? 珍しいわねえ、あんたから掛けてくるなんて。どうしたのよ、とうとう破局したのぉ? あんた鈍臭いものねぇ』


 揶揄い混じりの声に、辛うじて私の感情を押し留めていた細い糸が、ぶつりと切れた。


「う……うわああああああんっ! ルリカああああああっ!」

『え、なに。ほんとにどうしたのよ、あんた』

 あからさまに引いている。そりゃそうだ。二十も半ばになろうという女が、電話越しに、開口一番で泣き喚けば、大抵こうなる。

 しばらく事情も話さずに――話せずに――わんわん泣いていた。だだっ広い田んぼ道に、私の声が響き渡っている。いつもなら「煩いわね、切るわよ?」と言い兼ねないルリカも、放置したら何が起こるかわからなくて怖かったんだろう、私が落ち着くのを黙って待っていた。


 決して、美しき友情ではない。

 その証拠が、これだ。


『なに悲劇のヒロインぶってんの?』


 たどたどしく起こったことを話した私に対する一言目が、これである。さすが悪友。辛辣だ。容赦無い。

 うぐ、と言葉を詰まらせてから「だって……!」と言い募る。


「もっと一緒にいたいって思っちゃったんだもん。離婚なんてしたくないよ……っ!」


 引っ込んでいたはずの涙が、また込み上げてくる。どろどろと顔が、腕が、溶ける。それにすら頓着する余裕が無い。

『あー……』珍しく、ルリカが言い淀んだ。『それ、ねー』

 心なし声が引き攣っている。

「なに? どうかした……?」

 あーうんまあねーどうかしたっていうかねー、と泳ぐ彼女の声。

『……あのさー、前々から、あんたに言おうと思ってたんだけどさぁ――』


 その後に続いた言葉に、私は顔を真っ赤に染め上げ、盛大に悲鳴を上げた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「しん、信じらんない……! ほんっと信じらんない! ばか! ルリカのばかあ!」

 私は通話を切ったばかりの携帯を握り締め、叫びながらずんずんと歩く。



 ――彼女の話は、つまりこういうことだ。



 雪山に迷い込んだ男を騙して伴侶となり、秘密を口にさせ、「約束を破ったわね」と三行半を突きつける。これを一通りこなさなければ、雪女として一人前とは認められない。

 そんな掟が(・・・・・)あったのも(・・・・・)今は昔(・・・)


 伝統も、時には薄れ、時にはなくなる。

 というのも、今のご時世、情報ツールは携帯もあればテレビもあり、移動手段も多種多様。どうにもこうにも、合わない。

 だから今となっては、本当に形だけの儀式モドキだ。要は事情を話し――この時点で駄目になるケースも、無きにしも非ず――、結婚し、雪女は折を見て実家に戻る。それを夫が迎えに来て、両親が娘を引き渡す。これにて一件落着。

「道理で放任主義チックな父さんと母さんが、やけにメールでいつ戻ってくるんだってせっついてくると思ったー!」

 そもそも、何故こんなどうしようもない勘違いが発生したかというと、発端は言わずもがな、例の悪友である。



 時は遡ること、私とルリカが共に小学校五年生を迎えたその年。女の子だけが集められ、秘密の講習会が開かれた。つまりその、……女の子の日、とかの説明会だ。

 そこで雪女だけは特別に、更に別の話があったのだ。古きから続いていた伝統と、新たな儀式の説明。

 この説明会を私が直接受けられていれば、なんの問題も無かった。しかしよりにもよってその日、私は発熱し、つい最近経験したような、両腕が溶ける、という症状に見舞われていた。……あれ、あの時は運悪く足も一緒に溶けたんだったかな。どうだったかな。まあ、どっちでもいいか。

 当日の欠席者は私だけだった。後日時間を設けようと話していた先生がたに、悪魔が囁いた。もとい、ルリカが提案した。

「先生。千佳には私からお話してもいいですか。同じ雪女のお友達ですから」

 私にとっては最悪なことに、ルリカは先生受けが良かった。というよりも、基本的に私以外に対しては、対応もマトモで丁寧だった。

 彼女がその美貌をもって麗しく、まるで聖母の如く微笑めば、当然のように要求は通った。中身は悪魔なのに。みんな騙されてる。

 ルリカは二日後に登校してきた私に、ちゃんと話した。儀式モドキ(・・・・・)以外のことを(・・・・・・)


『ちょっとした悪ふざけよ。だってすぐに気付くと思ったんだもの。さすがにこんな掟、変じゃない? って。それで誰かに愚痴のひとつでも零せば、誰かしら馬鹿にしながらも真実を教えてくれるわよ』

「私、ルリカに何度も相談したよ!?」

『私は悪戯を仕掛けた側だから、言うわけないわよねえ?』

「言ってよ!? せめて成人式とかの区切りで指摘してよ!」

 はっ、とルリカは鼻で笑った。

『ていうか、あんたの親、一度も離婚してないでしょ? 初婚でしょ? その時点で、気付きなさいよ』

 それは確かにそうだ。不覚にもダメージを食らってしまって、項垂れる。



『じゃあ、ま、そういうことだから頑張ってね〜。旦那さん、迎えに来てくれるといいわねえ』

「事情を説明してないのに、来るわけないよ〜」

 私が文句を言っている間に、通話が切れた。耳に残るのは、ツーツー、という虚しい音だけ。掛け直したが繋がらなかった。あいつ、逃げる気だ。



 ――で、今に至る。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ