序章 酒場の男③
「……お前、まさかオウングロウのカジノに行ってきたんじゃあねぇだろうな?」
私は黙ったまま男を睨みつけた。その反応に男は肩を震わせて笑う。
「やっぱりな。あんたとんでもないアホだろ?」
男はそのまま声を出して笑いだした。今この場で殴り飛ばしたい気分になる。
「あそこのカジノはとんでもねぇ連中が仕切ってんだぜ。あんた最初は絶好調。で、途中から一気にツキが逃げて、大負け。文句言ったら放り出された。そんなところだろう?」
その言葉に、ぐっと言葉が詰まる。まさに男の言葉通り、先程カジノで大負けしてきたばかりなのだ。
「リベンジとかはやめときな。マフィアなんてレベルじゃねぇ連中ばかりだ。まぁ、一番いいのは適度なところで止めて目立たないことだ。あ? 何で知っているのかって? それはな――」
――俺があの町出身だからだよ。
男はこちらをまっすぐに見据え、そう言った。
「あの町は最低の無法地帯。観光名所とか言われているのは上辺だけさ。奥に行けば行くほど、治安は悪くなる。一番奥なんかは人の死体が普通に転がっているらしいぜ?」
私は黙って男の話を聞く。
「――そんで、裏じゃあ、国家に見放された町、とか言われているのさ。さて……この続きが気になるかい?」
男はククッと笑った。いつの間にか男の話に夢中に聞き入ってしまっていた。
私は苦々しい顔で唸ったあと、バーテンダーに一杯注文した。
男の前にグラスが置かれ、透明な液体が注がれる。
「いや、ありがとよ」
男は上機嫌に酒を仰ぎ、一気に飲み干した。
私は男に、話の続きを催促する。そいつは上機嫌にげらげらと笑いながらこう言った。
「なぁ、一つ質問してもいいかい?」
私は黙って頷いた。男は大きく息を吐き、ゆっくりとした口調で尋ねた。
「あんたはさぁ、神様を信じるかい?」
私は自分の酒を飲み干し、しばらく男の横顔を見つめていた。その、何かにとても疲れたような目を見る。そして小さい声で、信じない、とだけ答えた。
「まぁ、そうだろうな」
男は空のグラスを惜しみ気に見ながら、そう言った。
「神が言うには人類は皆平等なんだろ? だがよ、平等だったら、何で屑連中は大金を持ち、いい思いをしているのに、あんたはこんなところでやけ酒飲んでるんだろうね? どこが平等なんだろうなぁ」