65.エピローグ
「じゃあ、改めて。今度こそ受け取ってくれる?」
「はい、ありがとうございます。あの、私からも……」
朝日が昇る前の時間、ブローチを交換した。
空にブローチを翳してみる。キラキラと輝いていて、世界で一番綺麗なものに見えた。
「デザインが全く違うから一緒にいる時につけないとアピールにならないね」
「ふふ、そうですね。……普段つけていても誰も気付きそうにないです。
私とエリオス様のブローチが、実はお揃いだなんて」
「じゃあ、早速今日からつけるよ。……あ、でもシャディクには気付かれるかも」
言いながら、エリオスはゆっくりと立ち上がった。どこか満足気で、晴れやかな表情をして。そんな彼の表情を眩しく思いながら目を細めた。
「……あの、エリオス様」
「何?」
「その……」
両手を握り合わせ、視線を彷徨わせる。
エリオスは不思議そうな顔をしてロレナを見つめていて、その視線が何とも居た堪れなかった。「面白かった」「痛快だった」と確かに褒めてくれていた。しかし、どうしても気にかかることがある。
ごくり、と喉を鳴らし、意を決してエリオスを真っ直ぐに見つめた。
「エリオス様は――私の復讐にご満足されたのでしょうか?
期待に、応えることはできたのでしょうか……?」
祈るような気持ちで聞けば、エリオスは目を見開く。
そして、少しの間を置いてから彼はふっと吹き出し、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。呆れ混じりの視線をロレナに向けている。
「さっき散々褒めたのに」
「それはそう、なんですけど……! どうしても、気になってしまって……!!」
どうしたって昨日の悪夢の中身はロレナの、ロレナだけの復讐だ。他の誰の復讐を代行したものではない。
そんな復讐に、エリオスは本当に満足できたのか――。
エリオスの心の中にある闇や地獄が、少しでも薄らいだのかが非常に気掛かりだった。
「満足したし、期待以上の出来だった。
けど、正直に言えば……あんたの復讐に自分の復讐を重ねても、当然だけど全部が全部スッキリするわけじゃない。あの時から今にかけて抱え続けている無気力感がなくなったわけじゃない、って再認識した」
淡々とした言葉だった。客観的に自分を眺めているのがわかる語り口。
分かっていたことだが、少し気落ちする。
エリオスはロレナを受け入れて、力を貸してくれて、特別な存在にしてくれた。だが、ロレナからエリオスには何も返せていない。そのことが、どうしてもロレナは耐え難かった。
「でもさ、これまで『再認識する』ってことすらなかったんだよね。
忘れられないし引き摺るだろうけど……何て言うのかな。胸につかえてたものが取れたよ。
あんたの復讐が成功していることを純粋に喜べる。これからもあんたと一緒にいたいと思う。
そう思えることが、嬉しい。――ありがとう、ロレナ」
ロレナを名を呼んで、はにかむエリオス。
全部が全部、期待通りにはならなかったけれど――ロレナは胸を押さえて、今の言葉を反芻していた。口の端を少しだけ持ち上げ、不格好にならないように笑顔を作る。
「……私こそ、ありがとうございました。エリオス様」
「じゃ、俺は戻る。――ああ、そうそう。女教皇とシトロン嬢が会いたがってたから……まぁ、そのうち会いに行ってやって。
聖女の件は任せるけど……あんたの名前が売れるの、俺は嫌」
「え? せ、聖女の件……とは……?」
「じゃあね」
言いたいことだけ言い残し、エリオスは魔法を使ってふわりと浮き上がり、そのまま大聖堂へと帰ってしまった。
呆然とエリオスが飛んでいった方を見つめ、もう一度「聖女の件……?」と呟く。わけがわからないまま部屋に戻れば、チャコがベッドからジト目を送ってくる。
視線に気まずさを感じながらベッドに腰を下ろし、そのまま横になった。
(……もう少し寝よう)
◇ ◇ ◇
「お嬢様、ロレナお嬢様。そろそろ起きてください」
コニーの声に薄っすらと目を開ける。
日差しが眩しく、すぐに覚醒できなかった。どうやら『もう少し』どころではなく眠ってしまったらしい。
何度か瞬きをしてからゆっくりと起き上がる。
「……おはよう、コニー」
「おはようございますっ!」
「朝から元気ね……」
「はいっ! 最近すごく夢見がいいんです。幸せな夢、楽しい夢ばかりで……だから、不思議と毎日楽しくなっちゃうんです」
それを聞いたロレナは小さく笑う。以前渡した小瓶が役に立ってくれているようだ。コニーにその自覚はなさそうだけど、ロレナには自分の魔法の効果だとはっきりわかる。それが嬉しかった。
静かにベッドから降りたところで、身支度の準備を始めたコニーを振り返る。
「お父様達は起きてる?」
コニーの肩がビクッと震えた。その反応を見て目を細め、口元に手を当てる。
「……そ、それが……ベルトラン様もエルネスタ様も、アデル様も……朝からひどく怯えていらして……お部屋から出てこないんです」
「まぁ、そうなのね。何かあったのかしら」
「何も話されないそうで……」
「……そう、心配ね。早く良くなってくれればいいのに……」
それだけ言ってコニーに背を向けた。
笑い出しそうになるのを堪え、口元を両手で覆い隠す。
彼女らが怯えているのは悪夢のせいだろう。女神の代理人を名乗る者からの罰――与えられる罰に対する罪は彼女らにとって覚えのあるっものばかり。今後、どう現実に作用していくのかとても楽しみだった。
(まぁ、もちろん? 夢の中で宣言したように今後もずーーーっと悪夢を見せてやるけどなあ?!)
あれっきりの悪夢で終わらせる気などない。
繰り返し繰り返し繰り返し、悪夢を見せ続けるのだ。罪を悔いるのが先か、精神崩壊するのが先か。どちらになってもロレナは構わなかった。ただ彼女らに復讐をし、苦しむ姿を見ることができれば十分なのだから。
どこかスッキリした気持ちになりながら、窓を開け放つ。
ふわりと吹き込む風は気持ちいい。
「コニー。今日は出掛けたいわ。……リーネさんに会いに行きたいし、大聖堂に祈りを捧げに行きたいの」
「はい、わかりました。ご準備いたしますね!」
「ええ、よろしく」
その後。
大聖堂で会ったセレスティアーヌから「次の聖女になりません?」と告げられてパニックになるのはまた別のお話――。
(終わり)
これにてまじょまじょ完結です!ここまでお読み頂きありがとうございました!
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