表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女Re禍★魔女√化~首吊り令嬢の優雅な復讐劇~  作者: 杏仁堂ふーこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/37

37.石の悪夢

 気が付くと、暗い部屋の中にいた。

 部屋は狭くて簡素な椅子が一つあるだけ。目の前の壁には見慣れない小さな格子窓がついている。

 どうやら懺悔室であるらしい。入ったことはないけれど。

 

「イヴォン・メジエーヌ、そこにおかけなさい」


 格子窓の向こうから不快なノイズ混じりの声が聞こえてくる。どこかで聞いた覚えのある声なのに全く思い出せない。

 何故眠りについたはずなのに懺悔室などにいるのか――全く分からなかった。


「し、司祭様、私には懺悔することなどございません……」

「――密通はノルニア教の教義に反していますが?」

「?! な、何故それ、を……?!」


 イヴォンは目を大きく見開き、暗い格子窓の向こうを睨みつけた。しかし、その奥にいる人物が男なのか女なのかすらわからず、戸惑う。

 侯爵家の古株ならいざ知らず、司祭に知られているなんてことは有り得ないのだ。

 戸惑うイヴォンに対し、冷たい声が降ってくる。


「おかけなさい。イヴォン・メジエーヌ、貴女には懺悔しなければいけないことがあるはずです」


 強制力のある強い声。

 イヴォンは逆らうことができず、小さな椅子に腰掛ける。格子窓の向こう側から感じる視線を嫌がるように、両手を顔の位置まで持ち上げて首を振った。

 

「ち、違います。違うんです……」

「何が違うのでしょう」

「み、見ていただけなんです。私はただ、旦那様を遠くから見ていただけ……。

 でも! 旦那様が、私の視線に気付いて声をかけてくださって……そう! 旦那様から声をかけてきたんです!」

「ベルトランには妻がいたはず……貴女は彼の誘いを拒絶しましたか?」


 もちろん――。

 その言葉は喉元で凍りつき、声になることはなかった。「それは、あの、」という小さな声でもそもそと話すだけになる。


「つまり、貴女は彼に妻がいると知りながら……彼もまた妻がいるにも関わらず、互いに関係を持った、と」

「……。……は、い」

「いつから? どれくらい続いたのですか?」


 両手で顔を覆い隠し、腰を折って前屈みになってしまう。こうやって追求されるととてもじゃないが冷静でいられなかったからだ。


「結婚された旦那様がお屋敷にいらっしゃって、一年ほど後から……」


 格子窓の向こうから「は?」と声が聞こえてきた、気がする。しかし、その声は右から左へとすり抜けていってしまい、何にも引っかからなかった。

 こっそりとベルトランに声をかけられた時は気持ちが舞い上がったし、使用人の中でも優遇されていたことはイヴォンにとってたまらない優越感をもたらしてくれた。

 ――エルネスタが後妻として現れるまでは。


「……エルネスタ様がいらっしゃる直前まで……」


 ベルトランにとって自分は遊びだったと知っていた。けれど、ひょっとしたらと期待をする自分もいた。妻であるテレジアが亡くなった後、その座に収まるのは自分ではないかと――。

 そんな妄想でしかない期待はあっさりと打ち砕かれたのだ。

 ベルトランがエルネスタを愛しているのは、見れば嫌というほどにわかってしまった。

 嫉妬に駆られながらも勤め続けたのは意地だ。

 当時の気持ちを思い出して苦しくなり、気付けばイヴォンは涙を流していた。


「うっ、……ううう……」

「何を泣いているのですか」

「な、なんでも、ありませんっ……」

「後悔してますか」

「……わ、たしは、あの人に愛される女じゃなかったって過去を思い出していただけです」


 涙が後から後から流れ出てくる。当時もこんな風に泣いたものだ。

 悔しくて、悲しくて辛くて、あの二人が憎らしくて――。

 格子窓の中から呆れたような溜息が聞こえてくる。


「はあ。つまり、妻のある男と関係を持ったことはこれっぽっちも反省してないと」

「反省? どうして? だって、旦那様が私に声をかけてきたんですよ?」

「なるほどねぇ、自分はなーんにも悪くないって? 悪いのは全部あの男?」


 司祭の口調がおかしいが、気にかける余裕などなかった。司祭からの質問にこくこくと頷くだけだ。

 悪い。そう、全てベルトランが悪いのだ。イヴォンはただ誘われただけ。


「私はしがないメイドだったんです! 旦那様の誘いを断ったら職を追われるかもしれないのに、簡単に断れるはずなんてありません! あ、あの時は夫が他に女を作って出ていってしまったところで……旦那様はそれを知っていたんです。それで、それで」

「ベルトランにも妻がいたのに?」


 バンッ!

 格子窓の下についたカウンターに拳を思い切り叩きつける。


「どうせテレジアは愛されてなかった! ただの政略結婚だったんだから遊ぶのも恋愛するのも自由よ! 結婚して子供も作ったんだから貴族の役目は果たしてた! あいつだって好きに遊べばよかったんだ……!

 なのに。なのに、あいつは教義を持ち出して旦那様と折角結婚したんだからいい関係を築きたいっていい子ぶって正妻ヅラして、だから――!」


 テレジアのこと、エルネスタのこと、そしてベルトランのこと。

 まだまだ言い足りなかったのに突然言葉が紡げなくなった。誰かに口元を押さえつけられているような圧迫感のせいで、声一つすら発することができなくなっていた。


「もういい、もう結構。うるせぇよ。はー、拷問するまでもなくべらべら喋ってくれたなァ……」


 司祭にあるまじきセリフが格子窓の向こうから聞こえてくる。

 ガタンと物音が聞こえたかと思いきや、四方の壁が外に向かって倒れていく。箱を上から開くように、懺悔室が解体されていった。

 周囲は真っ暗。何もない空間が無限に広がっている。

 なのに、目の前にいる司祭だった相手だけははっきりと見えていた。

 黒いヴェールを被り、黒衣に身を纏った女司祭。

 彼女は豪華な椅子にゆったりと腰掛けている。


「イヴォン・メジエーヌ」


 狂気と怒気を孕んだ静かな声。その声はどこかで聞いたことがあるはずなのに思い出せない。


「お前がどぉーーーしようもない人間だってのはよぉーくわかった。

 夫を寝取られた身で、自分も他の女の夫と関係を持つなんてどうしようもねぇな。

 し・か・も。自分が誘いに乗ったことは棚に上げて、全部相手が悪いだぁ? お前がベルトランを見てたから、アイツがお前のことを都合のいい女だって判断したんじゃねぇか、ばーーーーーか!」


 嘲りの言葉が降ってくる。違うと反論をしたいのに、声を発することができなかった。

 女司祭がゆっくりと立ち上がり、イヴォンに近付いてくる。


「昼間見ただろ? ベルトランの鬱陶しそうな顔……もうお前は用済みなんだよ」


 耳元で囁かれる言葉に、執務室でのベルトランの表情を思い出す。

 ――彼女の言う通り、イヴォンの存在を疎ましく思っているような表情と態度だった。彼にとっては本当に遊びでしかなかったのだろう。


「ほーら、自分の顔をよく見てご覧? お・ば・あ・ちゃ・ん」


 彼女の言葉とともに目の前に大きな鏡が現れた。

 映っているのはただの老婆だ。

 皺やシミが目立ち、肌もカサカサ。昔の美しさは見る影もない。


「ベルトランにとってはお前はただのババァだよ。一時の火遊びに夢中になって、未だに引き摺ってる未練たらしいババァ。

 アイツにとってはお前なんて邪魔くさい石みたいなもんじゃねぇのかなァ? ほら、こんな風に——」


 そう言って彼女がイヴォンの膝に触れる。

 すると、触れた部分がピシッと音を立ててみるみるうちに石化していった。膝を中心に太ももや足先までもあっという間に灰色の石になっていく。


「アアアアアッ?! あ、足が、足がァッ!!!!!」


 慌てて足に触れるが、既に硬く冷たくなっている。それまで出なかった声が出たことよりも体が石になってしまったという事実の方が衝撃だった。

 椅子から転げ落ち、その場に倒れ込む。

 まともに動かない足はひどく重く、とても立ち上がれそうになかった。


「な、なんで私がこんな目に……?!」

「なんでって!? 教義に反する行いをした人間が罰を受けるのは当たり前だろぉ?! お前がいくら自分は悪くないって言ってもノルニア教の教えに反したことは紛れもない事実じゃねぇかよ!!」


 バキンッ!

 派手な音を立てて、石化した足が砕ける。彼女がイヴォンの右足を踏み抜いたのだ。


「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「あはははっ! 痛いよなぁ? だって痛覚は残してるんだから」


 激痛がイヴォンを襲う。粉々に砕けた足が元に戻らないことは一目でわかる。額には脂汗が浮き、「はあはあ」と荒い呼吸をすることしかできない。

 女司祭は楽しそうに石の欠片をぐりぐりと踏みつけている。


(一体、なんなんだ……どうして私がこんな目に遭うんだ……!)


 恐怖と痛み、そして何よりもこの状況に混乱していた。夢なら早く目覚めて欲しいと願いながら恐る恐る彼女を見上げると、にたりと口角が吊り上がるのを目の当たりにした。

 

「……お前、まだ何か隠してるんじゃねぇか?

 例えば、テレジア・シュタールベルクの病死のこととか……」

「ッ……わ、私は、な、何も、し、知ら、な……」


 予想外の言葉にビクッと肩が震え、動揺を隠すことができなかった。

 パキンと音を立てて石の欠片がまた踏み潰された。冷酷なまでの視線を向けられ、イヴォンは恐怖のあまりガチガチと歯を鳴らし、身を震わせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ