1.短い一生に別れを告げて
「すまない。アデルとの子供ができたんだ……」
「おねえさまっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ……テオ様のことが好きな気持ちを、どおしても、抑えきれなくてぇっ……!」
「アデル! 君が悪いんじゃない。俺が……!」
(何なの、この茶番は)
――ロレナは知っていた。
この二人の距離が普通じゃないことも、ロレナ抜きで二人で会っていたことも。
何度も止めるように言い、時には両親にも苦言を呈した。
しかし、誰も聞かなかったのだ。
義妹であるアデルは顔を押さえてしくしくと涙を零している、ように見える。
手の隙間から弧を描く口元が見えるのは今に始まったことではなかった。
婚約者のテオドール――最早婚約者と呼んでいいのかもわからないが――には都合の悪いことは一切見えてないらしい。アデルの肩を抱き、「俺が悪いんだ……」などと悲劇に酔っているようだった。
「……私に言うのではなく、両家に報告するのが先ではなくて……?」
震える手を押さえつけるようにして握りしめて言葉を吐き出す。
アデルが金髪のツインテールを揺らし、「そんなぁっ」と甲高い声を上げた。涙なんて目の端に少ししかない。
「だってぇ、おねえさまに……先に言わなきゃと思ってえ……」
砂糖菓子のように甘ったるい声がまとわりつく。
明るい金髪に明るいブルーの目。くるくるとよく変わる表情は、ロレナの能面とは天と地ほどに差があった。母親譲りの灰色の髪も、紫の目も、アデルと比べれば「陰気で暗い」と笑われるばかりである。
「私に先に言ってどうなるのですか。貴族同士の婚姻が家と家の結びつきを強くするために必要だと知っているでしょう……」
「わたしはテオ様が好きなんだもん! おねえさまと違って!」
「……否定はしません。けど、家同士の約束を破るなんて――」
「君は! 泣いているアデルを前にどうしてそんなに冷たい声とを言えるんだい!?」
(泣いてるって……嘘泣きでしょう、それは)
喉元まで出かかった言葉は、重い鉛のように腹の中に落ちていった。
テオドールがアデルを抱き締め、責めるようなきつい視線をロレナに向ける。――婚約者に向ける目ではない。
「ロレナ、君はずっとそうだ……口を開けば貴族だの家だのと……。
俺達は貴族である前に人間だ! 人間としてもっと大切なことがあるだろう?!」
「……。……婚約者を蔑ろにして、あろうことか妹と子供を作ってしまうことが、人間として大切……?」
事実を淡々と口にすると、テオドールが一瞬だけ怯んだ。
しかし、それも本当に一瞬のこと。すぐさま、大げさに首を振って溜息をついた。
「そうやってすぐ揚げ足を取る! 君といる時の俺がどれだけ安らげなかったか……!」
「ああ、可哀想なテオ様! わたしなら思う存分安らぎを与えられますぅ!」
「愛らしいアデル。俺の心が休まるのは君の傍だけだよ……」
あっという間にロレナは二人の敵になる。
先程までは手が震えるほどの屈辱と怒りがあったのに、もう既に消え失せていた。
――澄んだ青空も灰色に見える。ロレナの髪の毛と同じ色だ。
世界の何もかもが色褪せて見えてしまう。
実母が病気でこの世を去り、父がアデルとアデルの母・エルネスタを連れてきた日から――。
ロレナの世界はどんどん薄暗く、灰色に染まっていった。
平民上がりのエルネスタが我が物顔で屋敷内を仕切り、ロレナとアデルを差別した。実父もアデルを猫可愛がりして何でも買い与えるが、ロレナにはほとんど何も買い与えなかった。
メイドたちは風見鶏のように三人の顔色ばかりを伺い、ロレナは屋敷内で孤立した。
貴族向けの学校に入学し、テオドールとの婚約が決まった時は心底安堵した。
これでこの家から抜け出せる――。
そう思って耐えてきたのだ。
暗く長い闇の中をようやく抜け出せるはずだったのに、見えてきた出口は一瞬で崩落してしまった。
ロレナのものを何でも欲しがるアデルが、まさか婚約者まで欲しがるなんて思いもしなかった。
許されぬ恋とやらに酔いしれる目の前の二人を他人事のように見つめる。
確かについさっきまでは怒りがあったが、今あるのは諦めだった。
「……両家には、二人からきちんと報告をお願いします。私はこれで失礼しますわ」
そう言ってゆっくりと立ち上がる。
二人の顔を見ないようにしながら、美しく整えられた庭園を後にした。
部屋に戻るまでの短い間、メイドたちがロレナを見てクスクスと醜く笑う。何があったのか知っているようだ。
テオドールと結婚さえしてしまえば家を出ていける――。
救いだと思っていた婚約さえもアデルに壊されてしまった。
このまま永遠にアデルに全てを奪われ続けるのだと思ったら、未来に希望など持てなくなってしまった。
がらんどうの自室。
アデルがあれもこれもと欲しがるものだから、あっという間に部屋は空っぽになった。
流行遅れのドレスにアクセサリー。部屋の隅に溜まった埃。
ロレナはベッドに倒れ込み、静かに涙を零した。
(……私の人生、何だったのかしら。本当に馬鹿馬鹿しいわ……何もかも)
泣き疲れて眠ってしまったようで、目を覚ましたら既に夜だった。
不思議と頭はすっきりしている。
ゆっくりと立ち上がり、クロゼットに前に立つと、中から古いドレスをいくつか取り出した。
心ここにあらずと言う顔で、ドレスをビリビリと破いていく。それをロープを作る要領で編んで繋げていった。
ある程度の長さになるとそれが簡単には千切れないことを確認する。
ガタつく椅子をずるずると引きずり、窓際に置く。
椅子の上に上がると、古臭く、重苦しいカーテンを全て外した。代わりにドレスで作ったロープを括り付ける。頭が入る程度の輪を作った。
ゆっくりとロープに首をかける。
恐怖も、未練も何もない。
(……どうでもいいわ、もう……何もかも……。
お母様、ごめんなさい。天国には……行けないかも知れないわ……)
先に天国に旅立った母に謝罪し、目を閉じる。
ロレナは躊躇いなく椅子を蹴倒した。
足がバタつき――やがて動かなくなる。
カーテンレールが、ぎい、と軋んだ。
新作の投稿開始です。5/24までは毎日投稿です、よろしくお願いします!




