第75話 属性多め 後編
セリーヌはもちろん、私が明日の朝にここを出発することを知っている。…しかし、彼女が向ける瞳は、その事実を受け入れているようには見えなかった。
私にはやらなければならないことがある。この町に滞在し続けることはできない。セリーヌには申し訳ないけど、こちらの事情を優先すべきだろう…。断ることも時には必要………そう思った時、ふと、アリシアさんが寂しがる顔や、ルージュが寂しがる顔を思い浮かべてしまった。それがセリーヌの表情と重なってしまい……、はぁ…と小さく溜息をついて、椅子に座り直した。
「もうちょっとだけお喋りする?明日もさ、一緒に朝ごはん食べようよ。…出発するのはそれから」
「うんっ!」
セリーヌのとびきりの笑顔を見たら、迷いなんて吹っ飛んでしまった。寝泊まりするだけだと思っていた時間が、こうやって温まる時間になるというのも…捨てたもんじゃないかな。
私がベッドに入ったのは夜も更けた頃だった。小さく欠伸をしながら毛布を被り、体を横に向けて窓の外を眺める。暗闇の町の上には星空が広がっていた。グラツェに行けば、こんな星空は見えないんじゃないかと、なんとなく思った。
翌朝、私は少し早めに起きて調理場へと向かった。すると、セリーヌが既にエプロン姿で朝ごはんを作っていた。
「おはよーシエル!」
「おはよ〜」
セリーヌは朝から元気いっぱいだ。慣れた手つきでフライパンに卵を入れてかき混ぜている。調理台を見ると、色鮮やかな食材が並んでいた。
「もうちょっと待っててね〜。ささっと作るから!」
そう言われたけど、私は自然とそばにかけてあったエプロンを付けて、セリーヌの隣に立った。
「野菜切ろっか?」
私がまな板にパプリカを置いて包丁を手に取ると、セリーヌはボーっと私を見つめてきた。
「セリーヌ、焦げちゃうよ」
「あっ…と!危ない危ない!」
セリーヌは慌てて視線をフライパンへと戻す。そして、卵をかき混ぜながら口を開いた。
「シエルはさ、とっても優しいよね」
「…そうかな」
「シエルと話してると、心が温まるんだ。シエルは話してる時も、その優しさが溢れ出てて、あたしを包み込んでくれるんだ。…だからね、居なくなっちゃうの…すごく寂しい」
卵を焼く音に掻き消されそうな小さな声。でも、それは確かに私に届いて、私は彼女の頭を優しく撫でる。
「寂しがり屋な宿屋の主さん。また属性増やす気?私はまだここに居るよ」
すると、セリーヌは涙を拭いながらクスリと笑った。可愛らしい照れ顔を浮かべつつ、かき混ぜた卵をお皿に盛り付けていく。
会ってまだ一日も経ってないのに、セリーヌといる時間は心地よくなっていた。朝ごはんを食べながら、お喋りに花を咲かせる。刻一刻と進む時間が、少し恨めしくも思った。
…でも、時間は残酷にも私の思いを無視して、決まった速さで進んでいく。
「ごめんね。大切な用事があるのに足止めさせちゃって…」
朝ごはんを食べ終えて、一緒に並んでお皿を洗う私の耳に、セリーヌの申し訳なさそうな声が届く。
「良いの。私がもうちょっと居たいって思ったから」
その言葉に偽りはない。
「だからそんな曇った顔しないで。今この時間が大切なんだから」
「シエル…その…嫌じゃなかったらさ……、友達になろうよ」
セリーヌはお皿を洗う手を止めて、ポツリと言葉を零す。私はニコッと笑みを返した。
「もう友達でしょ?」
一瞬訪れる静かな時間。そして、セリーヌの晴れやかな笑顔が私の瞳に映った。
私たちの出会いは、たった半日程度だ。離れ離れになって、次いつ会えるだろうか。でも、会う気でいればいつか必ず会えるんだ。だから私は、この出会いを忘れない。




