第12話 魔獣調査 中編
森の中で出くわした大蛇の魔獣。紫色の鱗は不気味な光沢を放ち、口から細長い舌を素早い動きで出し入れしている。
次の瞬間、大蛇の魔獣は地面を抉るような勢いでこちらに突進してきた。縦長の鋭い瞳孔でこちらを睨み、口から飛び出す鋭利な牙をギラリと光らせる。
「こっち来ないでぇぇぇええ!!」
私は絶叫しながら杖を魔獣に向け、杖の先から顔くらいの大きさの火球を連続で数発放った。
勢いよく放たれた灼熱の火球が魔獣に次々と直撃し、激しく爆ぜる。爆風で周囲の木々がざわめき、煙が立ち込めて一瞬視界が遮られる。
やがて立ち込める煙が晴れると――魔獣は真っ黒焦げになって地面に横たわっていた。……ふう。危なかった…。
「おぬし強いのじゃ!」
「一撃で倒したのじゃ!」
私の魔法を見てサッピルさんとナッピルさんが称賛の声を上げる。いや~~照れるなぁ~~。
その後、私とアリシアさんはサッピルさんたちについて行く形で小川へと向かった。木々の合間を縫うように、箒で蛇行しながら飛んでいく。いつどこで魔獣が出てくるかわからないので、周囲への警戒は怠らない。
程なくして木々が途切れ、視界が急に開けた。目の前に、陽の光を受けてキラキラと輝く小川が現れる。川幅は三メートルほどで、水の流れは穏やか。見た感じ、普通に水は流れているけれど…。
私は小川の真上から水面を覗きこむ。水は透明で泳ぐ魚の姿も見える。知らない人が見たら、これが異常だなんて到底思わないだろう。
「サッピルさん、どのくらい水の量が減ったんですか?」
私が疑問を投げかけると、サッピルさんは川の水面近くに寄っていき、小さな指で川縁を指差した。
「十センチ低いんじゃ」
「じゅ、十センチ…?」
私は思わず聞き返してしまった。川の水量ってずっと一定ではないよね…?雨の日が多いか少ないかで左右されるだろうし…。十センチくらい余裕で変わるんじゃ…。
私は困惑の表情を浮かべてサッピルさんたちを見るが、サッピルさんは自信満々な表情を浮かべている。
「おぬし、十センチくらい変動するじゃろと思っとるじゃろ?ノンノンノン!」
サッピルさんは得意げに人差し指を左右に振りながら話を続ける。
「わしはこの森にもう十年以上住んでるんじゃ。この川のことは熟知してるんじゃ。この時期の川は水量が安定しておるのじゃ。雨の量も例年通り、こんなに少ないはずがないのじゃ!」
…めっちゃ分析してた。すみません、侮ってました…。
「上流へ行ってみましょう」
アリシアさんがそう提案する。上流へ行けば必ずどこかで手がかりが見つかるだろう。…ということで、私達は小川の上を飛んでいく。
飛びながら川の様子を注意深く観察するけど、今のところ特に変化なし。…というか、この川ってどこから流れてきてるんだろう?さすがに川幅も狭いし、実は凄く遠くから流れてきてるとか無いよね…?
私は変わらない風景に一抹の不安を感じるが、とりあえず上流に向かうしかないと思い飛び続ける。―――と、その時、水面を眺めながら飛んでいた私の視界に、水面を流れる一枚の葉っぱが映った。
「…ん?」
次の瞬間、私は奇妙な光景を目にした。なんと、その葉っぱは川縁の土手に当たると、まるで土の中にめり込むように消えてしまったのだ。
「みんな待って!なんかここおかしい!」
私は前を行くアリシアさんたちに慌てて声をかけ、箒を急停止させた。そして、再び水面に目を向ける。
よく見ると、ここだけ水の流れが妙だった。川の形自体はまっすぐ続いているのに、水の流れだけが二股に分かれている。まるで見えない分岐点があるかのように、一部の水が不自然に川縁に向かって流れていっている。
「た、確かにおかしいのじゃ…!水の流れだけ分岐してるのじゃ!」
サッピルさんが水面に近付いて流れを観察する。そして、試しに川縁の土手に手を当てようとしたら―――
「わわっ!地面が透けてるのじゃ!」
サッピルさんの小さな手が地面にめり込んだような光景になったのだ。
「これは……幻影魔法がかかっていますね…」
アリシアさんが驚いた表情を浮かべながら告げる。幻影魔法…、それは高度な魔法の一つで、範囲や期間などの程度にもよるけど、発動させるには複雑で精巧な魔法陣が必要になる。杖を向けただけでは発動できない代物。
「…ということは、ここから見えていない隠れた水路があるってことですね」
私はその先に目を向ける。視界には周りと何ら変わらない木々の立ち並ぶ風景が見えるけど…、幻映魔法で隠している水路がどこかに通じているわけか。そこに行けば魔獣の増えている理由がわかるかも。
「でも、どうやって辿るのじゃ?」
ナッピルさんが首を傾げる。確かに、このままだと水路が見えていないので辿るのは非常に困難。
…でも、私にひとつ考えがある。
私は右手に杖を発現させると、茂みの方に杖を向けた。
「ちょっと乱暴ですけど、多分こうすればわかると思います」
私はそう告げると、杖の先から勢いよく水流を放った。透明な水の奔流が、音を立てながら地面に降り注ぐ。放つ方向を万遍なく変えて、至る所に水を放っていく。
――すると、ある一部分だけ、水たまりにならない箇所があるのがわかった。それは一本の道のように奥まで続いている。
「そこの部分だけ水たまりになってないですね。多分そこが隠れた水路のあるところです」
私は指差してそう告げる。幻影魔法はあくまで見えないようにしているだけなので、広範囲に水をかければ、水路がある部分だけは水が川に流されて水たまりにならないというわけ。
私の即興の奇策にサッピルさん達は目を丸くして感嘆の声を上げた。
「おぉ!すごいのじゃ!おぬし頭いいのじゃ!」
「すごいのじゃ!すごいのじゃ!」
サッピルさん達が私の周りを飛び回りながら褒め称える。…いや~~また褒められちゃった~~。
褒められ耐性の弱い私は照れ笑いを浮かべて手で後頭部をさする。
「シエルさんお手柄です」
アリシアさんもニッコリと笑みを浮かべて褒めてくれた。…う、嬉しい…!
私の心は、小さな達成感と喜びで満たされていった。




