第13話 魔獣調査 後編
私達は小川から分岐する隠された水路を発見した。ただ、辿ろうにも幻影魔法で水路が見えないので、私が水魔法で広範囲に水を撒くことで水路の道筋を特定した。
わざわざ幻影魔法がかけられているということは、見られたくない何かが隠されている可能性が高いわけで、魔獣が増えてる原因と関係がありそう。
私が先頭に立って飛びながら、逐一杖の先から水流を放って水路の位置を特定していく。すると、アリシアさんが箒を操って私の隣に並んできた。
「わたしも手伝います」
アリシアさんも杖を構え、私と同じように水流を放ち始めた。二人分の水流が交互に地面を濡らしていく。
「ありがとうございます!」
これでさらに効率が上がり、みるみる水路の位置が特定されていく。何回かそれを繰り返しながら森の奥へと進んでいくと、木々の隙間から、何やら下の方が銀色に光っているのが見えた。
「なんか光ってますね…」
「慎重に近づいてみましょう」
私とアリシアさんは飛ぶスピードを落として、警戒しながら近づいていく。茂みを越えると、その光の正体がわかった。地面に描かれた魔法陣が光り輝いていたのだ。複雑な幾何学模様から銀色の輝きが放たれ、周囲を遮断するような空間を生み出している。
「なんじゃこれはー!」
「神秘的なのじゃ!」
サッピルさんたちは魔法陣の緻密な模様に驚愕の色を示す。魔法使いでさえ魔法陣を使ったり見たりする機会は限られるから、妖精さんが見たことないのも頷ける。
魔法陣は大きな円の中に六芒星が描かれ、それぞれの頂点と中心には紋章入りの小さな円が描かれている。私も魔法陣は描けるけど、結構疲れるのであんまり進んで描きたい代物ではない。ちょっとでも形が崩れていると発動しないし。
「これが幻影魔法の魔法陣ですね」
「でも、どうやって消します?」
私はアリシアさんに尋ねる。確かにこの魔方陣を消せば幻影魔法は解除されるけど、込められた魔力が強いと並大抵の魔法をぶつけても消えないし…。
すると、アリシアさんが冷静な表情のまま、杖を魔法陣に向けた。
「魔法陣は形を崩せば消すことができます。魔力で保護されているとは思いますが…、地面に描いているので、恐らく魔法陣の表面だけしか保護していないと思います」
アリシアさんはそう告げると、魔法陣から少し外れた位置の地面に向かって杖の先から鋭い光線を放った。光線は地面をカッターのように削り、煙を上げながらさらにそのまま地中まで抉っていく。
そして、それが魔法陣の下の部分まで到達すると、重力によって魔法陣の端の地面が崩れた。―――次の瞬間、魔法陣は消滅して、辺りが木々に囲まれた景色から一変、目の前に水路の水が流れ込んでいる池が現れたのだ。
「すごい…!幻影魔法が解かれた…!けど……」
私はアリシアさんの見事な策に感嘆するも、周囲が一変したことに動揺する。何よりもギョッとしたのが、池の奥側半分が紫色に変色していること…。まるで毒でも流し込まれたかのような光景が広がっている。その異様な光景はとても自然のものとは思えない。
「み、水が紫色に…!?」
「き、気味が悪いのじゃ…!」
サッピルさん達も冷や汗を垂らして動揺している。小さな体がガタガタと震えているのが見て取れた。
私とアリシアさんは箒から降り立って池の端を歩いてみる。紫色に変色した水をまじまじと見てみるけど……気色悪い…。
「一体誰がこんなことを…」
アリシアさんは眉を寄せ、静かな怒りを顔に浮かべていた。いつも穏やかなアリシアさんが見せる珍しい感情に、私は事態の深刻さを改めて認識する。
恐らくこれが魔獣が増えた原因…。もしかして、動物がこの池の水を飲んだことで魔獣化したとか…?それなら早くこの池をなんとかしないと…。
すると、アリシアさんが杖を池に向けた。
「手っ取り早く、池の水を凍らせましょう」
「そうですね。半分は私がやります!」
私も同意して杖を構えた。池を凍らせてしまえば、これ以上動物たちが水を飲むことはできなくなる。新たな魔獣化を防ぐための応急処置としては最適だろう。
二人で手分けして、私は入口側の透明な水の方を凍らせる。杖を水面に向け、魔力を杖の先端に集中させる。冷気が周囲の空気を白く染め、パキパキという凍結の音が響き始めた。杖を動かして、順々に凍らせていく。池は大きくないので、数秒程度で半分を完全に凍らせることができた。氷の表面が陽光を反射してキラキラと輝いている。よし…、完了!
バシャアアアア!!
次の瞬間、アリシアさんのいる方から激しい水しぶきの音が聞こえた。何事かと私はびっくりして顔を振り向ける――――
そこで目にしたのは、信じられない光景だった。
紫色の水が意志を持つかのように盛り上がり、巨大なゴーレムの腕のような形となってアリシアさんを掴み上げていたのだ。
「ア、アリシアさんっ!!」
私は目を見開いて叫び声を上げる。アリシアさんは大きな水の手の中でもがいているが、水の腕は抵抗をものともせず、ビクともしていない。
「わわわっ…!」
妖精さん達は恐怖でお互い抱き合って体を震わせている。
考えている暇はない。私はすぐさま杖を水の腕に向け、全力で氷魔法を放った。凄まじい冷気の奔流が水の腕を瞬時に凍りつかせる。そして間髪入れずに風魔法で風の刃を放ち、凍った腕を縦に勢いよく切断した。切断されたことでアリシアさんは解放され、地面に倒れ込んだ。
「げほっ…!げほっ…!」
「アリシアさん!!大丈夫ですか!?」
私はアリシアさんのもとへ駆け寄り、容態を窺う。
「大丈夫です…。ありがとうございますシエルさん。助かりました…」
アリシアさんは苦しそうに息をしながらも、私にお礼を言う。
「一体何が…?」
私はアリシアさんに肩を貸して抱えつつ、池の方に目を向ける。紫色の水は再び静かになったが、いつまた動き出すかわからない。
「恐らく…、池に魔法陣が仕組まれていて、わたしが氷魔法を発動したことがトリガーとなったのかと…」
そんな……。まさか罠が仕組まれていたなんて…。池の中に魔法陣を隠して、さらに氷魔法に反応するようにしていたなんて、そこらの魔法使いのしわざじゃない。犯人は相当な実力者のはず…。
私は冷や汗を垂らす。否が応でも緊迫感が増していく。犯人は他にも罠を仕掛けているかもしれない…。
…でも、このままじゃいけない。池の水をなんとかしないと、森の動物たちが次々と魔獣化してしまう。
――――しかし、事態はさらに悪化の一途を辿った。
グルルルル…!
低い唸り声が、まるで私達を包囲するように四方から聞こえてきた。その声は一つや二つではない。森全体が唸っているかのような不気味な合唱だった。
そして、池の周りの茂みがガサガサと激しく揺れ始め、そこから何頭もの魔獣が姿を現したのだ。狼型、猪型、熊型、鹿型……とあらゆる種類の魔獣達が血走った目で口から牙を剥き出し、私達を獲物として見定めていた。




