48、崩壊の始まり−2
アシェリは今日もセンダラーハン国とムージマハル国で見聞きした事を報告書に纏めるとガーランド公爵に手渡した。そこにはステファンもいる。
「なんとう言う事だ! 人から魔力を抜き取るだと!?」
「アシェリ、魔力を抜かれた人間はどうなるの?」
「この世には魔力のない人間もいますので、魔力がなくなっただけでは生活出来ないわけではありません。ただ魔法で無理やり体内の魔力を飛躍的に増やした上で抜き取るので、虚脱感と心臓への負担が大きく視たところ何の処置もしなければ1週間程度で死に至ると思われます」
「他に使い道がないから魔法弾で使うと言うことか」
「魔力を持っていない者は奴隷にし、魔力を持っている者は…恐ろしいな」
「対処は出来そうか?」
「今までの対処では難しいです。ムージマハル国はある意味実験だったのだと思います。この状況でセンダラーハン国はムージマハル国民を束で拘束し魔力を奪う事ができます。つまり我が国民を人質に取らずとも、我が国に対しても同じ手法が取れます。空から魔法弾が無数に降り注げば、タングストン侯爵でも防ぐ事は出来ないと思われます。アシェリの持つ結界魔法も無意味に思います」
「わたくしも同じ意見です。結界魔法を国全体に張る事も難しいですし、維持する事もわたくし1人では限界がございます。それに、あの魔鉱石を何処から手に入れているのかが気になります」
「なるほど、センダラーハン国には上質な魔鉱石が採れる場所は思い当たらない」
そう、魔石はダンジョン攻略で魔物が落としたりするのだが、魔石と違い魔鉱石は長い年月強力な魔力に晒されて成長するのだ。魔石は言ってみれば1回こっきりの使い捨て電池、魔鉱石は3台同時に急速充電可能なモバイルバッテリーと言ったところだ。込められる魔力も大きいし、一度魔鉱石を手に入れれば無くなった魔力を補充することもできる、優れもののアイテムに進化する。
では何故センダラーハン国には上質な(長い年月魔力を帯びた)魔鉱石が無さそうかと言えば、戦闘民族はダンジョンが発現すると腕試しとばかりに消滅するまでアホみたいに朝から晩までひっきりなしに来るので、魔石が成長する時間を持てない為だ。それ以外だと人が踏み入れない場所、魔力を帯びた洞窟で長い年月をかけて成長するとか、魔物が棲む場所があるなどが考えられるがどれも特定は出来ない。
「はい、今問題なのは何処で手に入れたかよりも実際に手にし実用化させている事です」
「確かに、そこまでの知識を持った人間がいて、実現させる事の出来る技術力があると言う事だね?」
「違いない。そして恐らく真の目的はこの国であろうからな」
「父上、アシェリが心配です」
「ああ、そうだね。セルティスが襲われ療養中となっているから、アシェリももう暫く学園は休みなさい」
「どうかなさったのですか?」
「ムージマハル国の王太子がここまで来たのだ。情報が欲しいって言うから取り敢えずタダで渡して恩を売っておいたが、結局、父上か国に対し支援要請を直談判するだろう」
「自分の国の事なら自分たちでどうにかすればいいのに厚かましい! 国はいざとなればお義父上に丸投げでしょうに」
「…承知しました。わたくしも心労から倒れたことにしてくださいまし」
「ああ、それがいいだろう」
ムージマハル国に国外逃亡の話はどうなった!?
はぁ〜、無理じゃん!
国が亡くなったら、別の国を今から探すの?
って言うか、ムージマハル国に作った拠点と別荘はどうしてくれる!?
「アーシェ大丈夫? 顔色が悪い」
「セルティ、少し部屋で休みます。お父様、お兄様お休みなさいまし」
アシェリはいそいそと退室した。
「本当に大丈夫?」
「うん、でも本当に少し考えたい事があるから作業部屋に篭るわね」
「ん、無理しないでね」
薄く微笑んでアシェリは部屋に入って行った。
そうだわ! お兄様にも報告しなくちゃ!
アシェリはこっそりタングストン侯爵の元へ転移して現況を話した。
「ところでお兄様は何故この地にいるの?」
この地とはムージマハル国との国境ではなく、王都と国境の間にある宿屋にいたからだ。アシェリは兄の気配を探って転移したので思わぬ場所での再会だったのだ。タングストン侯爵家は代々魔力が強いので探しやすいのだ。
「あー、よく分からないが陛下から戻ってくるよう要請があったのだ。恐らく今後についての話なのだろうが、バーバラの話ではこれまでのやり方が通用しないな。であれば別の対策を取る必要がある、その点も陛下に了承を得る必要があるから丁度良かった」
「お兄様、お兄様が心配です。お兄様だけならばどうにかやり様もあるかも知れませんが、味方を庇いながらではお兄様の負担が!」
「落ち着きなさいバーバラ…、私はこれまで十分に生きた。戦場で死ねるなら本望だよ? だが、私が失敗してバーバラの身に何かあるとなれば死んでも死にきれない、お前だけでも守る事が出来ればいいのだが」
「お兄様! やっとお会い出来たのに置いていかないでくださいまし! うぅぅ」
「あー、よしよし泣かないでおくれ」
「スンスン お兄様、これは結界玉です。きっとお兄様をお救いします、だからどうかお持ちになってくださいまし。お願いでございます!!」
「バーバラ…、分かったよ、有難う 有難うバーバラ。必ず生きて戻るから心配しないでおくれ。いいね? 無理をしないで今度こそ幸せに長生きするのだ、その為なら私はどんな事でもする。だから…必ず戻ってくるよ」
「お兄様〜〜〜!!」
バーバラをバーバラとして受け入れてくれるのは、この兄ただ1人なのだ、つい甘えてしまう。
「閣下! 入っても宜しいでしょうか?」
「さあ、バーバラもう帰りなさい。いいね、無理をしてはならないよ?」
「はい、お兄様も!」
アシェリは転移して元の作業部屋に戻った。
心を落ち着かせると、ある作品を描く事に没頭した。
アシェリは三日三晩部屋から出て来なかった。
勿論セルティスは心配して入室していたが、集中していたアシェリは全然気づかなかった。だけど気配と匂いは安心出来るものとして認識しており、セルティスが何をしても拒まれる事はなかった。セルティスは寝食を忘れ没頭するアシェリに水分を取らせサンドイッチを口に運び食べさせた。シリウスに頼んで浄化魔法で清めて貰ったり回復魔法をかけて貰って睡眠不足を補ったり…、セルティスが陰でつきっきりのサポートしていた。懐かしの従者職務。
「出来たー!! 完全新作!! オリジナル!!!」
この世界に来て数々の漫画を世に送り出してきたがそれらは全て楓の世界の漫画家たちが心血を注ぎ作り上げたもの。だけど今回は完全なオリジナル?ストーリーを描き上げたのだ! 凄く描きたいネタだったけど色々と難しくてずっと後回しにしてきたけど今回その機会に恵まれた、とうとう出来上がった!! 嬉しいー!! なんだこの爽快感! 睡眠不足でハイテンション! 今なら魔法で花火も打ち上げたい気分!! やりきった!!
「出来上がったの?」
「セルにーに はぁ、終わったよぉー」
私以外には今までの作品と今回の作品がどう違うかなんて誰も理解出来ない。でもいいの。私自身がすごく満足してるから!! 脳内でリンボーダンスでお祝いだーい!
「よく頑張ったね、これ読んでもいい?」
「ええ、…でも嫌いにならないでね?」
「ん? 何で私がアーシェを嫌いになるの? あり得ないよ。さて疲れたでしょう? お風呂に入ってサッパリして食事して寝ようね」
「…一緒に入ってくれる?」
「ふふ 甘えただね。でも私もずっとアーシェに触れられなくて寂しかったから、嬉しい。なら、一緒にお風呂に入って洗ってあげるね?」
「うふふ、お願い…ちゅ。もう眠くて限界なの」
「もう、…覚悟してね」
セルティスは優しい泡で丁寧に包み込むように洗い上げる。その手にビクンビクンと反応してしまう。温かい湯でほぐれた体をエステティシャンのように巧みな指捌きで洗うセルティス。「ん!んん、はぁ〜ん」甘い吐息が漏れ、セルティスにも火がつく。濃密に交わった後、アシェリが作ったパイル地のバスローブを羽織りベッドへ行ってもう1ラウンド。アシェリは最後 達したまま気絶してしまった。セルティスはやり過ぎたと反省したが満足してベッド寝かせると、早速アシェリが徹夜で描き上げた漫画を読み始めた。
嫌な予感とはよく当たるものだ。
王宮からガーランド公爵とアシェリに登城するよう要請が来た。
一度は体調不良で断ったものの、王宮の魔術師に回復魔法をかけさせると再度要請が来た。アシェリは三日間の徹夜明けハイでエッチまでしてとってもおねむなのに、やっとベッドに入り爆睡中に起こされて、王宮へ上がる事となった。ムカつくから準備にはたっぷりと時間をかけた。目の下のクマは敢えて隠さずに向かう。
「セルティスの看病疲れとなっている。恐らく結界魔法をあてにしてのことだろう。ギリギリまで何も喋るな、何も約束する必要もない。我が家としては戦争している国にお前1人向かわせることなどしない、いいね?」
「はい、お父様」
「それから、お前がやりたくない事を無理やりする必要はない。お前が背負う必要もない」
「はい、いざとなれば何処からでも転移出来ますから、あまりご心配にならないでくださいまし」
「そうか、それを聞いて少し気が楽になった」
「ふふ、お父様の方が緊張されているみたい」
「それはそうだ。お前は昔から王宮に上がる度に酷い仕打ちを受けて苦しんできた。これ以上は我慢できないかもしれん」
「有難うございます、お父様…でもご無理なさらないでくださいまし」
謁見の間に着くと事前に掴んでいた情報通り、陛下の他にムージマハル国のブリースト王太子殿下も既に並んでいた。
「よく来たガーランド公爵、そしてアシェリ嬢…、随分と顔色が悪いな。体調が良くないところ呼び立ててすまなかった」
アシェリは淑女の礼の後 儚げに微笑むだけだった。
「ガーランド公爵、ムージマハル国の現況を把握しているか?」
事前に報告もしているのにわざわざここで報告させるあたりがイヤらしい。
「国土の2/3以上は壊滅状態の上、センダラーハン国に対抗する手段を持ち合わせていない。センダラーハン国は引き続き攻撃する準備をしております、あと2〜3週間でムージマハル国は滅亡する、と言った状況です。既に国としての機能は停止しており、センダラーハン国の攻撃から逃れるために逃げ惑い、現在王家の存続も確認できておりません」
そこに居合わせた者たちは絶句した。ステファンがブリースト王太子殿下に情報を提供した時より更に戦況は悪化し絶望的となっていた。
ブリースト王太子殿下は拳を震わせジッと耐えていた。
「なんとその様な状況とは!!」
「我が国にも影響があるのでは!?」
不穏な気配が波紋の様に広がっていく。
2〜3週間後には、この国にもセンダラーハン国の奴らが来るのでは? ここにいた貴族の多くは今後どの様に動くべきか頭をフル回転させる。
「ガーランド公爵! 我々にはセンダラーハン国に対抗する手段を持ち合わせているのですか!?」
「我々もムージマハル国のように滅亡させられるのですか!?」
ここにいた貴族たちは陛下ではなくガーランド公爵に答えを求めた。それを面白く思わないグランシス国王陛下は、咳払いの後こう切り出した。
「ガーランド公爵、ムージマハル国から支援要請を受けている。
ムージマハル国が滅亡すれば、我が国にセンダラーハン国が進軍するは明白。そこでだ、アシェリ嬢をムージマハル国へ送り結界魔法でムージマハル軍を援護させてはどうかと思うのだが、行ってくれるか?」
これに会場は騒ついた。
まさか一公爵令嬢に滅亡寸前の戦争している国に向かえと言うのだから。しかも、以前アシェリ嬢が人前に出られなくしたのは王家の過失と認めた上でこの恥知らずな要望をしたのだ。
ガーランド公爵から怒りの波動が伝わる。
「お断り致します」
「断るだと? では王命とするが良いか?」
グランシス国王陛下の強硬な姿勢に驚きを隠せなかった。
「失礼ながら、アシェリはまだ15歳です。陛下はアシェリの結界魔法の範囲がどれほどかご存知なのですか? この国を覆えるとでも思っているのですか? 1人で攻撃を防御して魔力を使い果たし死ねと仰るのですか?
陛下はセンダラーハン国の攻撃の源をご存知ですか? 人々から抜き取った魔力を魔鉱石に貯め、強大な魔法陣で攻撃しているのです。それは魔法弾となり空から無数に降り注ぐ。
アシェリがムージマハル国で死んだ場合、結局陛下をお守りする者は誰もいなくなりますが宜しいですか?」
「そなた不敬であるぞ!」
「不敬? 不敬、これまでアシェリは陛下や殿下たちのせいでどれほどの痛みを抱えてきたことか! 今までは臣下として我慢もして参りましたが、娘の命を無駄に差し出せと言う国王に従うつもりはございません!!」
「ええい! これは謀反ととるが良いか!? ガーランド公爵を捕らえよ!」
騒つくがイマイチ誰も前には出なかった。
「何をしておるのだ! 捕らえよと言っておるのだ! 王命であるぞ!!」
皆 ガーランド公爵の話に感じ入るものがあった。それは希少な結界魔法保有者を滅亡寸前の他国に追いやって自分たちを護る盾をむざむざ捨てる様な真似、良策とはとても思えなかった。それにこの国を政策でも資金でも支えてきたのはガーランド公爵家だと言う事は紛れもない事実、王家がガーランド公爵家の財産を全て取り上げられれば多少は保つだろうが、王家には生産力はない。しかもガーランド公爵家が長年支援してきた人間は今やあちこちで活躍している、その者たちが一斉に反旗を翻せば、どちらに軍配が上がるかは火を見るよりも明らかだった。今の王家はガーランド公爵家のお情けで存続させてもらっているのだ、それを聡い者たちは理解していた。
「お待ち下さい!」
声の主の方に視線を送るとタングストン侯爵だった。
「タングストン侯爵か、どうしたのだ!? おお、丁度いい其方があそこにいるガーランド公爵とアシェリ嬢を捕らえよ!」
「その前にこちらをご覧ください」
国王である自分の意見を流された事に苛ついてはいたが、ここでタングストン侯爵まで敵に回すわけにはいかなかった。
タングストン侯爵は一通の書類をグランシス国王陛下に渡した。
「なん、何だこれは! どう言う事なのだ!!」
「それは前陛下から私の父 クラウス・タングストン侯爵に授けられたものです。
陛下の兄上であったウィリアム王子殿下が 我が妹を謂れの無い罪で断罪し 階段の上から突き飛ばし 転落させ死に至らしめた 謝罪の証です。そこには! 我が侯爵家が望めば独立を認める!と言うものです!
私はたった今!その権利を行使致します!!」
「そ、それは王家に叛意の意思ありと捉えられるが、間違いないか?」
「陛下、これはクーデターではない、何故ならばその書類を作ったのは前陛下ですから。
では何故 前陛下はその権利を我々に与えたか…、お分かりになりますか?」
タングストン侯爵の仄暗い瞳がスターチス国 国王陛下を刺すような視線で捕らえていた。