45、狙われたニコル−3
男の名はバベル、魔術には自信があった。
バベルはこの現状を風魔法か水魔法を使って何かをしたと踏んだ。そこで風魔法を無効化させる魔道具で魔法陣を展開させた。
「オラオラオラ! どこの誰だか知らないがなー、お前たち程度の魔術師なんか俺の敵じゃねー!俺たちはお前たちの国の事なんてとっくに研究済み、対策してきてんだよ!」
だが何も変わらない。
「ああん? 風じゃねーのか? じゃあ、次で終わりだな はっはっは」
そう言うと今度は水魔法を無効にさせる魔法陣を発動させた。
「ふはははは!! はっはっぁ? おい、何で何も変わらねーんだよ!
そんな訳 そんな訳ねー! おい! 隠れてんだろう? 出て来いよ!! ビビってんのか? おら来いよ! コソコソ影に隠れて見てんじゃねー!」
シーーーーーーン
「へーそうか! ならこうしたら出てくるか?」
持っていた刃物を勢いよくルイス(ニコル)に突き立てた!
しかし突き立てたナイフはルイス(ニコル)に刺さることはなかった。
「おい、なんだよ!なんなんだよ 何で刺さらねーんだよ!」
ナイフを持った手が大きく振りかぶった、その時スパッとナイフを持った手首から先が吹っ飛んだ。
血飛沫がルイス(ニコル)にも飛び散った。だが血がつくことはなかった、ルイス(ニコル)には見えない膜が張られておりそれを伝って血が落ちていく。バベルは手がなくなり痛みに発狂しそうだったが、それよりもルイス(ニコル)に張られた膜の正体が分からず混乱していた、そしてその膜の中でルイス(ニコル)はみるみる回復していく。腫れ上がり血塗れの顔は傷が逆再生しているかのように傷口が塞がっていく、赤黒かった皮膚は何もなかったように元に戻っていく、腕も足も折った、歪に飛び出した骨も自然とズズズと元に戻っていく、そして怪我も回復していく、ルイス・レーベンは首を軽く回し一つ深呼吸をした。
「あーあ、時間切れみたいだな」
ルイス(ニコル)はバベルの腹に蹴りを入れた。
「ぐほっ!」
バベルの手首からは血が滴り 散々甚振った男が目の前でピンピンしている、どんどん血の気が引いていく、混乱していると
「ぎゃーーー!」
血の滴る手首が炎で焼かれていく。止血のため焼いたのだが、麻酔があるわけではないので激痛が走り自分の肉体が焼かれる嫌な臭いがして吐き気をもよおす。
気付けば周りは全員死んでいる。だが敵の姿はまだ一度も見ていない。
「お前はどこの国の者だ?」
「ああん? うるせー! いい気になってんじゃねー!! くそっ、痛てーな」
虚勢を張ってみせるが内心は今にも発狂しそうなほど恐怖に苛まれていた。手のある方の手で殴ろうとするがルイス(ニコル)の膜に阻まれ殴ることも蹴ることも出来ない。
だがバベルの頬に痛みが走る、次の瞬間には右頬が打たれた、左頬も蹴る殴る、暴行が続いた。
「あははは、先程までの私の顔と同じですね。これは仕返し…いやお返しかな? ふふ。
さあ、時間が勿体ない。質問に答えて欲しいな。
お前はどこの国の者で、雇い主は誰か? 私の店の薬をどこへやったか? 目的は何か?」
「知るか!」
「へぇ〜、やっぱりセンダラーハン国の者か…」
「な、何を言ってる!? ち、違う! 訳分からねーことを」
な、何でコイツ分かったんだ!?
「ほら、次の質問ですよ? お前たちの雇い主は誰だ? お前たちみたいなゴロツキを雇ったのは誰か聞いているのですよ?」
さっきは偶々当たっただけだ、偶然だ!
雇い主…俺たちを雇ったのはクラバル伯爵だが、恐らく背後にはバトラス…軍事参謀あたりがいるのだろう。どうせバトラス軍事参謀に気に入られたくてクラバル伯爵が名乗りを挙げたってとこだ。俺たちやクラバル伯爵が失敗してもバトラス軍事参謀は切り捨てれば痛くも痒くもない。つまり俺らからバトラス軍事参謀に辿り着く可能性はないってことだ。俺らもクラバル伯爵には恩がある、名前を出すわけにはいかない、ふっ。
「ふーん、直接の雇い主はクラバル伯爵で、そのバックにはバトラス軍事参謀がついてるって? ムージマハル国の戦争にうちが加担されたら困るって事ですか? ああ、うちの薬がムージマハル国に流れたら困るって事か! そのクラバル伯爵って方も大した人間ではありませんね。それで重要なことは私の薬をどこにやったのですか?」
「な、何で!? はぁー? くそっ!」
バベルは魔道具で魔法陣を展開させた、それは煙を焚いて一時的に視界を奪い認識障害でその場から逃げ出す魔法だ。
魔法陣が発動するのを待った。だが、一向に発動される気配がない。
おい、まてよ! 何でだよ、おお落ち着け! 落ち着け!! もう一度だ!
何度も術式を唱えるが望む通りにはならない。
仕方なく走り出したが何かにぶつかって弾き飛ばされた。
恐怖に体が震え出した。
ゴロツキたちのリーダーとして勘は良い方だった、このままここにいる事はヤバい、そう思っても逃げ出す手段もなければ、体が動かないのだ。
「体力と時間の無駄です。私の大切な薬はどこですか?」
「ヒィィィィィィィ!! た、助けてくれー!!」
ルイス(ニコル)から逃れようと尻餅をついたまま後退りしている、だがルイス(ニコル)は何も手を出していない。
アシェリの髪飾りが突然黒い靄となりバベルの前にゆらゆらと佇む。
今のバベルにしてみれば何もかもが恐怖で思考が停止していた。
『時間が勿体無いと言ったのが聞こえなかったのか? 手間のかかる事だ』
黒い靄はバベル全体を覆うと、あらゆる恐怖や苦痛を脳に刻み込んだ。その結果精神が壊れてしまい、バベルは座り込み口をパクパクさせ涙を流すことしかできなかった。
『薬は既に別動体によってセンダラーハン国へ向かっている。男の映像は手に入れた』
えっと…誰?と アシェリとセルティス以外が疑問に思っていると、
「ヨミ! 有難う助かったわ!」
「アシェリ この男はどうする?」
「ニコルに手を出したのですもの…許せないわ」
「アシェリはこの後センダラーハン国へ行くんだろう? 使えるかも知れないから俺が持っておくよ」
「有難うヨミ」
「僕にも何かさせてよ! 僕も役に立ちたい!!」
「シリウスったら十分役に立っているわ! 魔法陣を無効化させてくれたでしょう?」
「アシェリが望めばもっとやってあげたのに!」
「もうシリウスったらわたくしを甘やかしすぎよ? ふふ 有難う ちゅ」
「ずるい! 僕にも!!」
「有難うヨミ ちゅ」
「へへへ どういたしまして!」
ヨミとは魔王様の眷属。精霊王様がアシェリに眷属シリウスをつけた時魔族は…と断ったのだが精霊王の眷属だけつけるのは差別だと態とらしくゴネるので仕方なくシリウスとヨミを傍に置いている。因みに初めて会った時シリウスはアンゴラ兎でヨミはもふもふ狼だった。恐らくシリウスをモフるのを見てもふもふにすれば断るまい、と判断しもふもふ黒狼に擬態したのだろう。そして思惑通りアシェリはヨミにも我を忘れてモフり続け側にいることに成功した、普段は目立たない様に髪留めになっている。
バベルが片付くと
「ニコル! ニコル大丈夫!?」
「お嬢様、不覚を取られこの様なところまで お嬢様自ら足を運ばせる様な事になり申し訳ございません」
「そんな事より怪我は? どこか痛いところはない?」
「お嬢様のお陰を持ちましてこの通りピンピンしております」
「危険な目に合わせてしまいごめんなさい」
「良いのですよ、お嬢様をお守りする為に何かできるのであればそれ以上の喜びはございません。それよりセンダラーハン国にまで薬の効果が伝わっていると言う事ですね、これからはもっと慎重を期します」
「ううん、違うわ。わたくしのせいでニコルが危険な目にあったの…ごめんなさい、ごめんなさい」
涙を流すアシェリの肩をセルティスがそっと抱く。
「お嬢様、この程度なんて事ありません! それに今回は油断してしまいました。薬の管理はもっと厳重にする様徹底いたします」
「ニコル、薬なんてまた作れば良いの、あなた達の命には代えられないわ。無理しないでね」
「はい、お嬢様の憂にならない様努力申し上げます」
「さて、アシェリが丹精込めて作った薬を捨てられるのも、アシェリを害する者の手に渡るのもあまり良い気分ではないから、サッサと奪い返しに行こっか!」
「皆は屋敷に戻すね、向かうのはアシェリとセルティスだけで良いでしょう?」
確かに今回も何の役にも立てなかった、余計な手間を増やすだけだ。
「はい、そのように致します」
「ほら、セルティスは療養中だしアリバイ作ってあげないとね!」
「承知致しました」
シリウスはサッサとアシェリの手の者を送り届け次の目的地に向かった。
マリアは孤立したまま空虚な毎日を送っていた。
そんな中、王宮から使者が来ていた。
マリアは王宮へ向かう事になった。マリアにすれば針の筵のような学園にいるより他に行けるのであればそちらの方が有り難かった。ガタゴトと揺れる馬車の中でここ最近自分の身に起きていた事を考えていた。
何でだろう? アレクシス王子殿下はカッコいいし素敵だけど、私を好きになるって言うあの絶対的な自信はどこから来てたんだろう? いつから自分のものみたいに思い始めたんだろう?
王宮に着くと魔術指導教官ローハンと共に魔術師団長などがいる審議室に通された。
「マリア・ダラス男爵令嬢 今日ここへ呼んだのはここ最近君の行動の異常さについて調べる為だ」
死刑判決を受けたような気分がした。
元々、ただの平民だったマリアは村の人たちが次々死んでいく状況を助けて欲しくて祈っただけなのだ。家族を助けたい、隣のおじさんを助けたい、皆を助けたい。別に聖女になりたいわけではなかった。結果 回復魔法が使える事によって聖女と持ち上げられて、母さんと無理やり離された、父親なんて生まれてから一度もいなかったのにいきなり父親が出来て綺麗な格好して勉強させられて王宮に閉じ込められて、学園に行って…恋?をしてこんな事になって…。途方に暮れた。
正直 毎日言われるまま激流に身を任せ逆らう事なんて出来なかった。
文字の読み書きも出来ないのに、王宮で朝から晩まで勉強ばかりさせられて、心の拠り所だったのは偶然出会った同じ年のアレクシス王子殿下だけ、だけど学園に入ったら昔みたいに気安く話してもくれない。
訳も分からないうちに母さんと離されて男爵令嬢になって、侯爵令嬢になって、男爵令嬢に
戻って、やはり厚顔無恥な平民と蔑まれる。何がどうなっているのか…自分の置かれた状況についていけなかった。
小さい頃から貴族として生きてきた人の中にいきなり付け焼き刃の偽物の令嬢が押し込めらても馴染めるはずもなかった。心細い知り合いもいない環境にいきなり置かれたのだ、知り合いであるアレクシスに頼ってしまうのは仕方のない事だった。だが面白がってくれたのは最初だけで距離を取られるようになって、優しかった時を知っているだけに余計執着してしまった。でもそれだけじゃない、ここ数ヶ月…カミラと親しくなってから頭に靄がかかって自分で何も考えられなくなった気がする。カミラは何でも知っていて、知らない人ばかりの中で凄く優しくしてくれた、右も左も分からない私にとって方向を指し示してくれるカミラは安心できる存在だった、だけど何となくカミラの予言に齟齬が出始めて、『カミラの予言は絶対』ではないと気づいてしまった。でも彼女を否定すればきっと彼女も自分の側を離れてしまう…1人ぼっちは寂しい、居場所が欲しい! そう思うと『カミラの間違い』を口に出来なかった、もう1人になりたくなくて、次第に『違和感』なんて気にならなくなった、周りの子たちも優しくなった。このままカミラの言う幸せを享受できると思っていた。
だけど、カミラが近くに居なくなってからまた『違和感』を持ち始め、疎外感を感じていた。
魔術師団の方の意見を聞くうちにマリアは驚きを隠せなかった。
ここ最近の自分の身に起きた事、それは魔法によるものだと言うのだ。
説明は非常に分かり易く、ストンと腑に落ちた。
ああ、私は他人に…カミラに操られてたんだ。
学園に入学した悪役令嬢アシェリ・ガーランドはアシェリ・スタッドになっていた。
考えてみれば最初からおかしかったのに…。考えないようにしてた。
マリアは聞かれるままにカミラとの事を全て話した。
その後マリアは今後について尋ねられた。これからどうしたいか? それに対するマリアの返答は「母さんとまた暮らしたい、平民でいいから普通に幸せに暮らしたい」と言った。
「学園を卒業して試験に合格すれば魔術師団で働くことも出来るが、それでも平民となり元の生活に戻りたいか? 今後自分の人生をどう生きたいか?」
今度は母の元に帰りたいと即答はしなかった。
「一度母の元へ帰って相談してもいいですか? それから結論を出したいと思います」
「それはどうして?」
「私はダラス男爵を父とは思っていません。今の生活はとても苦しい…、友達もいない、愛する家族もいない、信じられる人もいない。こんな事になるならこんな力要らなかった! 貴族になんてならなければ良かった! でもこの力がある事によって母さんを助けられるならもう一度頑張りたいです」
「そう、マリア・ダラス男爵令嬢 今の君には明確な意志を感じる。いい表情になりましたね、貴女の人生はまだ始まったばかりだ、自分で考え自分の人生を生きなさい」
「はい、そうします」
魔術師団はカミラ・グラハム男爵令嬢を召喚することとした。