31、イベント−2
頼んでもいないのにパーマシーは勝手に話し始めた。
「先程 食堂でですね、聖女マリアが食事をしていると女性2人が近づいていき揉めているようだった。どうやら聖女様が座る席を間違えていたのを咎められていたようなのだ。だがそれを見ていた周りの者は席を間違えた聖女様ではなく、それを注意した女性2人を責め始めたのだ。そしていつの間にかその2人を仕向けたのはアシェリ・スタッドだと言い始めた。 おっとー、そんな目で見ないで欲しいな私たちが言ったのではないのですから。すると何故か皆『やはりあの悪女か!』そう言い始めたのです。
おかしいのです、最初の2人も聖女様もアシェリ夫人の話などこれっぽっちもしていなかったのにです! 不思議でしょう? これは一体どういう事なのでしょう?」
「はぁ、ご丁寧にどうも感謝します」
セルティスの横でアシェリがガタガタと顔を青くして震えていた。
アシェリはセルティスの服を握りしめて今にも気を失いそうだ。
「ふーん、コホン。 とても裏で画策しているようには見えないが何故アシェリ夫人の仕業と噂されるのですか?」
「さあ…。 まあ調べればわかる事ですが、アシェリは小さい頃から家に篭っていましたので親しい友人も取り巻きも派閥も持っていません。ですからアシェリが人を使って何かをさせるなんて事は決してない。聖女マリアが休学前に何故かアシェリを悪役令嬢だの黒幕だの言い始めてこちらも困惑しています。聖女マリアはアレクシス王子殿下にご執心のようでしたが それこそ私の妻がアレクシス王子殿下の婚約者と思い込んでいて…、凡人には理解し難い。
すっかり怯えて魔法のコントロールが不安定になる事を懸念して王宮から魔術師まで派遣されている。何故そんな妄想に取り憑かれているのか…こちらが聞きたいくらいです」
「そうでしたか…。 不躾ではありますが、ガーランド公爵家の力を使えばあの程度の事すぐに黙らせることができるのでは?」
「そうですね、アシェリ望めば容易でしょう。ですがそれを望んだことはない、それだけの事です」
「夫として守ってやりたいとは思わないのですか?」
はぁ〜、面倒だな。
「私にできることであれば何でもしますよ? 私はアシェリを愛していますから。
でも、アシェリはそれを望まない、争いも望まない、ただ私といたいと望んでくれる…。だから妻の望む通りにしています」
「なるほど…、そこにスタッド伯爵の意思はないって事ですね? 何でも夫人のいいなりとは…意外ですね ふふ」
この2人はセルティスとアシェリを煽ってくる、だが思ったような反応をしないので不満に思っていた。全然この2人の本心に触れることができない。
「そろそろ午後の授業が始まるな。2人もお戻りになられては?」
「あ?ああ、そうですね」
「ええ、失礼致します」
「アーシェ 大丈夫? 教室に戻れる? それとも帰る?」
「セルティ…もう少し傍にいて?」
「うん、分かった。大丈夫、大丈夫だよ」
その様子を見ながら2人は教室を出て行った。
「はーーー、アレではまるでただの人形だな」
「どうするのだダリウス? アレを連れて帰るつもりか?」
「あんなにもつまらない人形では傍に置いても…優しくは出来ないな、壊してしまうかも ははは」
「ふー、歳の近い女なら手っ取り早く妻にして仕舞えばガーランド公爵家の力も金も使えたのにな〜、他の手段を探るか?」
「ああ、必要なアイテムだから諦めることは出来ない。まあ、女なんて優しくしてやればいいのだから簡単だ。んー、取り敢えすハニートラップでも仕掛けてみるか? 興味のあるお年頃だろ?」
「なるほどね、傷つき弱ったところにダリウス君の登場か…。これもさして面白いゲームではなさそうだな」
「まあね、でも自分から女を落とすなんて初めてのことだから折角なら楽しめるといいな」
「無茶はするなよ、ご機嫌でいて貰わないといけないんだからな」
「はははは この年で人形遊びか、夢中になれたら面白いのに」
「馬鹿言ってるな!」
「ふふふ」
2人が去ってからまた結界を張った。
「小声だったのに聞こえていたな」
「本当ね…魔法が使えるのかしら? クラウン卿どうだった?」
「あれ? いつの間に?」
「実はハルクに呼んできてもらったの、それで観察して貰っていたのよ」
隣にいるのにイチャラブしてたアシェリちゃん。
「いえ、魔法は使っていませんね。魔力は殆ど感じませんでした。アレは地獄耳って言うやつですね、耳がいいレベルです」
おぉぅ地獄耳!! 真面目な顔で言うクラウン卿がお茶目。
「クスクス」
「ふーん、 恐らくアシェリの事を諦めるつもりはないだろうな」
『セルティス様にハニートラップかけるってさ!』
「ハルクそれは本当か!? あー、面倒だ。 ん? いや、一体いつ私を引っ掛けるって言うのだ?」
『あはは、確かに。でもまあ、密偵を6人放っているよ』
「まあ、想定内だ。アーシェはあの2人をどうしたい?」
「そうですね、必要以上に近づきたくはないけど…、あちらの国で商売をしている以上 親しくなる事にメリットは感じています。でも、まだ知られるわけにはいきません」
「ハルク、彼らのアシェリの印象は?」
『つまらないお人形だって。妻にして持ち帰ってもアレではすぐに飽きちゃう、壊しちゃうかもってさ』
殺気が充満する。
「落ち着いてください、予定通りです」
「そうだったね」
『作戦はセルティス様にハニートラップかけて傷心のお嬢様に優しく近づくんだって。優しく接して落す…でも少しは手応えがあるといいな だってさ、馬鹿にしてくれる』
ハルクの口調も気やすいが怒気を含んでいた。
「セルティに振られなかったら成り立たない作戦ね」
ふっと気が緩んだ。
「本当だ、この作戦は私がアシェリから目移りする事を前提にしているが、叶わなかった場合どうするんだ? 間抜けな奴らだ」
「失礼致します」
バーナム卿が戻ってきた。
バーナム卿には密かに今回のイベントについての詳細を知るために食堂に行ってもらっていた。どうやら席を注意したのはパトリシア公爵令嬢の取り巻きの2人だった。
これまた微妙な配役…、てっきり漫画の登場人物 アシェリの取り巻きが注意し、差し向けたのはアシェリだろう、と言う事になると思っていたのに、アシェリとは関係のない令嬢が注意し、パトリシアの取り巻きをアシェリの手先と広まってしまったのだ。
これはかなり微妙な展開。
下手すると注意した2人がパトリシア・クーゲル公爵令嬢を裏切ってアシェリ・スタッド伯爵夫人についたのでは?と勘繰られる可能性も、もっと酷いとパトリシアがアシェリの下に見られる可能性もある。はー、余計な事をしてくれる。
まあ、これは下手に突かない事にする。問題が起きたらその時に対処すると言う事で終了。
「お嬢様、各国に建てた別荘の人選が済み機能し始めたのでいつでも入居可能となりました」
「本当? 嬉しい! いつも遠くまで足を運ばさせてしまってごめんなさい、それと有難うニコル…頼りっきりでごめんなさい、 許してね」
「勿体ないお言葉です」
このニコル・アンバーはお父様が人材育成で育てていた人物でかなりの切れ者。
アシェリの作る薬関係はドースン商会と一緒にするには危険すぎると判断し、分野も違うことから分離した。その代表者に据えたのがこのニコル・アンバーだ。
『薬屋セレニテ』として各領だけに留まらず今や世界各国でも商売している。その伝手で移住するなら何処がいいか聞いたきっかけで拠点やアシェリが国外逃亡時に住む家などをコーディネートして貰った。薬の要望も重要性などから新しい薬の効果や改善点など密に話し合っていた(万能薬と違い 人によって効果が変わってきたり、合わなかったり、副作用があったり…こればっかりは膨大なデータを元に地道に調べていくしかない。何故 万能薬をコピーしないかって? 万能薬があると知られれば命の危険があるからだ、だから所持を知られるわけにはいかない。万能薬はあくまでも保険だ。だからここにあるもので作る必要があったのだ)
まあ、そんな訳で細かい打ち合わせをしているうちにいつの間にか…確信犯的にニコルをアシェリの秘書? 側近にしてしまったのだ。アシェリもセルティスも子供だし実際に別の人に動いて貰わないと難しいことが多くある。でもそれも織り込み済みだったのだろう、ニコルは変装を得意としておりアシェリの前では素顔だが、それ以外では色々顔を使い分けている、それにセレニテでは偽名のルイス・レーベンと名乗り年齢も随分上に見える。それにいつもいつの間にか傍にいる…忍者か!?と言うほど気配もなく近づいている、密偵能力もある…万能秘書である。恐らくこれらもアシェリを守るためなのだろう、本当にお父様を味方につけて良かった。
蛇足だが、魔術室に来客が多いため、魔術室の部屋を分割しそこをアシェリの執務室にしてしまった。他の生徒にはそこに幻影のアシェリがいるように見えているが実際は衝立の隣にいる、そこで結界を張って関係者が集まっているのだ。
「アーシェ、それでこの後はどうするの? 帰る?」
「ええ、そうします。実は試したいこともあって…」
「そう、では学園側には私から言っておくよ」
「有難うございます。ではまた後で」
「ああ、気をつけて」
そういうとアシェリはニコルたちを伴って帰って行った。
それを見たトラガルトたちはショックを受けて帰ったと勘違いした。
アシェリのお付きの者たちはそれを愉快そうに見ていた。
帰ってきたアシェリは箱から1枚取り出すと一口食んだ。
「うん、美味しい!」
実は高級漫画喫茶でだけ売っていた商品をどうしても販売して欲しいとずっと言われ続けていた。漫画喫茶ではそれを売りにしているところもあって、ずっと保留にしていたのだが、とうとう着手したのだ。
と言うのも現在アシェリ15歳、18歳で断罪されるとなると何かと時間がない。
自分で開発した商品が自分の手が届かなくなる可能性がある、そこで商品化すれば、取り寄せが楽なんじゃね?と方向転換し、商品劣化の問題を試行錯誤しやっと出来上がったのだ。
ラインナップは スリー『ポ』
ポテトチップス(塩、のり塩、コンソメ、塩胡椒)
ポップコーン(塩、キャラメル、バター、チョコ)
ポッキーぽいヤツ(チョコレート)
そう、チョコレートよ! 意地でも探して今回作った!
それから炭酸コーラァ シュワシュワが恋しかった。
映画館じゃないけど、本にのめり込みついつい手を伸ばす。あれが無性に懐かしくなったりする。ああ、いつの間にかやっちまったなぁー!な禁断の食べ物。
ご飯の作るの面倒だし、ま、いっかって袋に手を伸ばし本に没頭…気付けばモノが取り辛くなり皿に入れて…あわ! 全部食べちゃったよ、ブツブツができるー!って反省するのに同じ事を繰り返してしまうアレ。
まあ、お店で出す時もかなり研究していたので、満足いく商品が出来上がった。
よし、これなら他国へ行ってもお取り寄せで食べられる! 空間収納を使えばかなり保存が効くしね。
『ただ売るには付加価値が欲しいか…』
「これ、『一日限定30個 お一人様2つまで』で売りましょう。価格もこれでお願い」
「お嬢様、何故こんなに少ない数でしか売らないのですか? これらの商品は店頭に出せば即時完売できるものですよ?」
「いいの。人間て『限定商品』って言葉に弱い生き物だから ふふ」
そう、何を隠そう私も中身は同じだって分かっているのに幾度となくパッケージ違いを購入するために大枚叩いた。コレクターのサガとでも言うべきか…3種類有れば3種類揃えたくなる、そういうものなのです!! まあ、食べ物は味比べ程度の興味しかないが、『限定』と言われると手にして優越感に浸るそういうものなのです。 ふっ
「炭酸コーラァも限定ですか?」
「いいえ、これは店頭販売はコップで売るから販売用の容量がなくなるまで売って…、ねえ、1タンク何杯飲めるのだったかしら?」
「店の在庫表から見ると恐らく80杯程度はイケると思われます」
「そう、では『1日80杯限定 なくなり次第終了』としておいて」
「これも意図があるのですよね?」
「ふふ 店としてみれば同じ事なんだけど買う側からするとその特別に入れたって言う『ラッキー』がつくの、これで『お客様ついていますね、これが最後の1杯です』なんて言われたらちょっとだけ幸せになれると思わない?」
「はぁ、なるほど…」
顎に手をやり考える。
「お嬢様はとても15歳には見えませんね、成熟した大人、人間心理学の大家のようです!」
「ゲホゴホ い、いやだ そんな事ないわよ…。失敗するかもしれないし おほほほ」
あ、危ない 中身はアラサー 商売にドギツイイメージがアシェリちゃんにつくと不味いなぁー、はは。
「これからはどうなさるので?」
「薬草園に行ってくるわ」
「お供しますか?」
「いいえ、ハルクとグレンがいるから大丈夫」
「お気をつけて 行ってらっしゃいませ」
「ええ、有難う」