24、社交界デビュー−2
「アシェリ、用意は出来たかい? セルティスが待ってるよ?」
「ステファンったら急かさないで頂戴。さあ、いいわ これで完璧ね」
扉を開けて出てきた妹に息を呑んだ。
「セルティスに1番に見せてやらなきゃいけないのに役得だな。でも、一言だけ アシェリよく頑張ったね、すごくすごく綺麗だ、僕の天使」
「有難うございます お兄様。わたくし自分では見ていないのだけれど、おかしくない? 派手では無いかしら?」
「イヤちっとも。全てがアシェリの為にあるようだ」
そう、アシェリの部屋には相変わらず鏡の類はないのだ。それでもカンナがセットしてくれるので困ったことはない。
「さあ、お手をどうぞ? セルティスのところまで連れて行ってあげる」
「有難うお兄様。ふふ わたくしね、お兄様の腕が大好き! いつもこの腕につかまっていれば大丈夫ってわたくしに安心感をくださっていたの。頼りになるこの腕がお外ではわたくしだけの居場所、ふふ」
「ふふ 光栄だな。ぐずっああ! そんなこと言われたら寂しくなっちゃうよ!
ねえアシェリ…これからもずっとこの腕はアシェリを守っていくからね、怖くなったらいつだって戻ってきていいからね! 大好きだよ、アシェリ」
「わたくしもお兄様が大好き! こんな妹を愛してくれて有難う」
「アシェリはいつだってアシェリだったよ、何も問題ない。私たちは家族だからね」
大階段の下にはセルティスと父が待っていた。
そこへステファンにエスコートされたアシェリが登場した。見上げた者たちはほぉーっと息を漏らした。静かに2人が階段を降りてセルティスの元へ来るとステファンからセルティスに素敵なレディは引き渡された。
「アーシェなんて美しいのだ…ああ、こんなに美しいとこの世の存在では無い何かに連れて行かれてしまいそうだ、その美しい顔を見せるのが少し怖いな。ひと目見れば忽ち虜だ。夜空の星まで隠れてしまいそうだね、もっと私にアーシェの美しさを讃える言葉があればいいのに、無骨な自分が憎らしいよ」
いや、十分ですセルお兄様、顔が赤くなるのを感じる。褒められることに慣れていない日本人、その中でもアナグラ生活のオタクなんだよ、美辞麗句は にゃはは 恥ずかしいっす。
ここは出番だバーバラちゃん!
だが案外バーバラちゃんも照れて動けず。ここは頼んだアシェリちゃん!
「セルお兄様もとっても素敵! セルお兄様はいつも素敵だけど、今日は…わたくしだけの王子様見たい、見つめるのが眩しくて恥ずかしいわ。 ねえ、セルお兄様 おかしなところはないかしら? お兄様の隣に立って恥をかかせない?」
コテっと首を傾げれば皆が破顔する。そうだった、アシェリちゃんは天然の天使だった。でも、アシェリも照れ隠しに『セルお兄様』と連呼している。
「変どころか完璧だよ! 私の天使。私はアーシェの隣に立てて幸せだよ」
「うふふ 良かったぁ〜。お父様、お母様、お兄様 まだ自信がなくて上手く出来るか分からないけれど、…今日は頑張ります!」
「ああ、アシェリ 私たちがついている、そんなに気負う必要はない。デビューは1回きりなのだ、折角だ 余計なことは考えずに今日は楽しみなさい」
「はい、有難うございます!」
「アシェリ様 お手をどうぞ」
「有難うございます、セルティスお兄様」
淑女の仮面を被り、いざ戦場へ。
会場では貴族たちが噂をしている。
勿論 『陰気な幽霊令嬢』についてだ。デビュタントにどんな恰好で来るのか賭けている者までいる。今までの王家主催のお茶会でも顔を晒したことがないのだ、今日も今まで通りだろうと言う意見と、流石にデビュタントなのだからベールを被って登場するだろう、との意見で二分した。アシェリの顔は醜く傷があると信じて疑わない為、誰も顔を晒すとは思っていない。
強大な権力と財力を持つガーランド公爵家の唯一の汚点『アシェリ・ガーランド』、その無様な姿を期待する醜悪さ。何でも持っている大虎を蔑み自尊心を満足させるつもりだ。
身分の低い者から呼ばれる。
誰しも侯爵家の後半になると公爵家の名がコールされるのを、会話をしながらも目の端で入口を捉え待っていた。
だが、お目当ての人物はコールされなかった。会場が騒つく。どう言うことなのだ!?
まさかデビューさせないつもりなのか!? もう、ペトローシス王子殿下がコールされてしまった。訳がわからない、だが会場にいるガーランド公爵家の人々は目頭を熱くさせ穏やかに微笑んでいる。それはデビュタントたちが踊るダンスフロアを見つめていた。
確かにアシェリ・ガーランドの名前はなかった!?
どよめきが聞こえる。デビュタントの中にいる美しい少女に皆釘付けだった。
今はそれどころではない、そう思いながらも人々の視線の先を目が追ってしまう。
そしてその眩く光り輝く様はまるで航海する者たちの灯台、イヤ静寂と暗闇に現れた太陽のように神々しくさえあった。その身なりからして高位貴族である事はすぐに分かった。どれをとってもそこらの貴族が手に出来るものではなかったし、全てが流行の最先端で高価と言うだけではなく、今 ドースン商会の工房は半年待ちの状態なのだ。それを惜しげもなくたっぷりと使っている。ネックレス一つにしても手の届く金額ではない、だが今までにない華奢でいてゴージャスな代物は、デビュタントの瑞々しい令嬢の胸元を艶やかに飾り、確かに素晴らしかった。だが、それよりも更に美しく輝いている本人こそが、宝石より何よりも輝いている。身に付けているものは最高級品 実に軽やかで美しいがアシェリはそれ以上に光り輝く妖精のようで、それらすら引き立て役でしかなかった。
あの少女の正体は誰なのだ!? 今まで見た覚えがない!
波紋が広がるように驚愕の声を上げていく。
次に注目したのは、あの美少女の隣に立つ男、それはガーランド公爵家が後ろ盾となっているスタッド伯爵! セルティスだと気づいた。
では、あの美少女が!? まさか!! アシェリ・ガーランド!!!
そしてダンスが終わると2人は両親の元へ戻っていき、アシェリは淑女の礼をとり挨拶をする。
それを見てやはり間違いではないと知る。あんなに陰鬱で薄らボケた印象だったのが、流石公爵令嬢という見事な美しい淑女の礼をする。
あの『陰気な幽霊令嬢』の正体がとんでもない美少女だと知って各方面 驚愕の声をあげている。中にはコールをした者のところへ確認に急ぐ人物もいる。
「アシェリ、立派だったよ!」
「ええ、あなたを誇りに思うわ。よく頑張ったわね!」
ケンスレット公爵夫人は涙ぐんでいる。
「セルお兄様やお父様、お母様、お兄様がいてくださったから心強かったです。
不甲斐ない娘で申し訳ありません、これからも側にいてくださいね?」
そう言うと父親に抱きついてハグをし、次は母に次に兄にハグをした。
「折角の社交界デビューだ。アシェリ この父とも踊ってくれるかい?」
「はい、喜んでお願い申し上げます」
礼をして応えるとダンスフロアに戻っていった。
14歳の美少女に皆それぞれの思惑を持ってねっとりとした視線を飛ばす。
ある者はアシェリが婚約していると言っても所詮は伯爵、その身分を持って割り込む気満々。またある者は自分の婚約者と比べ現実に打ちのめされる。またある者は後妻にと望み、またある者は美しい花を愛でるようにアシェリを見つめていた。
そんな中 絶叫のような言葉が会場に割って響いた。
「そんな馬鹿な!?」
一同がその者の方へ視線をやった。そして何にそう驚いたのか耳だけはそちらに集中していた。
「まさか、そんな……」
呆然としながら戻っていく男を追いかけ何に驚いたか確認に行った。その驚愕の内容はまたも波紋のように広がっていった。
『アシェリ・ガーランドは既に結婚しアシェリ・スタッド伯爵夫人となっている!?』
驚愕と落胆がその場を支配していた。
アレクシス王子殿下は伯爵家がコールされた時にセルティスと共に挨拶に来たのでその時に知った。
嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!
何故だ! 婚約ではなく結婚!? あんまりだ!
すぐにアシェリが王家から逃げる為にとった処置だと分かった。
自分だって婚約破棄できないパトリシアと婚約しているけど、心のどこかでまだセルティスとは婚約しているだけだ。パトリシアに何かあった場合、自分とアシェリの未来もあるのではないか、そんな淡い期待を抱いていた。それが完全に打ち砕かれた。あの日髪の隙間から僅かに見えた顔は、今は前髪もしっかり結わわれ美しい顔を晒している。あの妖精のような人は永遠に手が届かない存在となってしまった。
何故? 何故こんなにも結婚を急いだ? そんなにも私が嫌い?
「へぇー、アシェリってあんな顔してたんだ。アレなら貰ってやっても良かったのに」
隣から聞こえた声に油の切れたブリキのオモチャのようにギギギギギと首が動いて横に座る弟の顔を見た。
コイツのせいだ!
そうだ、パトロシスはまだ婚約していない。私が婚約しても母上はアシェリを諦めない、そうなればパトロシスの婚約者となるのは必然、実際に私の婚約も正直言えばアシェリが婚約したから仕方なく、その次でいい条件の娘をあてがわれたのだ。
コイツと縁を結びたくないばかりに結婚を急いだのだ!
コイツのせいだ! コイツのせいだ! 私の初恋を踏み躙ったのはこの弟、コイツのせいだ!
「残念ね アシェリがこんなにも早く結婚するだなんて。陛下お聞きだったのならパトロシスを薦めてくだされば良かったのに」
「仕方ないのだ、アシェリには婚約してもなお、他国の王侯貴族からもひっきりなしに縁談が届いていたと言う。婚約者のセルティスには護衛を増やしたと言う話だ。これ以上伸ばせなかったのだ」
「まあ、そうだったのですね。惜しいことをしたわ。 そう言えば もう、顔は出せるようになったのかしら?」
「まだ駄目みたいですよ。婚約の時と今回以外は相変わらず髪で隠しているそうです」
「ええー!? そうなの?」
「何でも…小さい頃にブス 不細工と言われて美醜の基準が狂ってしまったらしく、鏡などは一切撤去して無いそうなのです、醜いから見たくないと。その上、お茶会などでも周りからはブス・不細工 陰気な幽霊と揶揄われていた為、未だに自分は不細工だと信じて疑わないらしいのです」
「そう、さっさと顔を晒していれば修正できたかもしれないのに残念ね」
チラリとアレクシスとパトロシスを見た。
「アイツ馬鹿なんだな」
アレクシスは隣にいるパトロシスに殺意が湧いた。
「お前はあの牢で反省したはずなのにまた繰り返すのか? 馬鹿はお前だ」
「はぁ?何だよそれ!」
「アレクシスの言う通りです。自分の発言がどう言う結果を齎すか考えてから口にしなさい。あなたはいつまで経っても未熟ね」
「くっ!」
パトロシスは小さい頃からアレクシスにくっついて悪さをしていたが、兄弟揃って牢に入れられたあの事件で反省しまともな王子になった、と思っていた。だが、根底のところでパトロシスは歪んでいる気がする。あの事件で確かに反省したはずだ。
元来パトロシスは口も悪いが意に沿わないとすぐに手が出ていた、それがあの事件以来グッと止まるようになったのだ、それだけでも十分な進歩を感じた。
アレクシスと違ってところ構わず感情が口にも手にも出ていた…よく言えば素直だった。アレクシスは人が見ていないことを確認して悪戯していた分、知能犯だった。つまり悪事と分かって犯行を行う、ある意味タチが悪かった。
パトロシスは本当に反省していたのだろうか? もしや表ではなく裏でやるようになっただけなのかも知れない、弟の本質は何なのだろうか?
弟には私が王位に立った時補佐して欲しい、そう思っていたのだが 今の発言を受けて弟に国政を任せるのは危険だと感じた。
いつも一緒にいて仲の良い可愛い弟だと思ってきた、だが彼女に対する態度一つで私の心が冷めていくのを感じている。
彼女を傷つけるようなことをしたら弟と言えど許さない。
ダンスフロアで踊る彼女の表情は固いが時折りセルティスに笑顔を向ける、それを見るたびに胸の奥がジリリと焼けるのを感じた。
私も彼女と共に踊りたかった。彼女は私に対してあの笑顔を向ける事はないだろうが、それでも手を取り誰よりも近くで見つめていたかった。
「どれ、では私があの娘と踊ってやるとしますか!」
「止めろ!」
「そうね、やめなさい」
「何故ですか? たかがダンスですよ? 王子と踊れるのです、栄誉な事でしょう?」
「我々は無闇に近づかないと約束したではないか、忘れたのか?」
「あんなの別に…。私は謝るつもりなんてなかったのに、どうしても謝れって仰るからあの場に付き合ったに過ぎません。子供の頃の話をいつまでも、大袈裟なんですよ!」
パトロシスとはこんなに馬鹿な男だっただろうか?
「私があの娘の悪行を世間に知らしめてやります!」
「何を言っている?」
「私はマリアから聞いたのです! あの女が陰でどんな事をしてるのか! 身分を笠にきてとんでもない女だった!」
「お前こそ 何を言っている! マリアみたいな虚言癖のある女の言う事を間に受けるなんてどうかしているぞ!」
「マリアを悪く言うな!!」
「お黙りなさい! ここをどこだと思っているの!」
「だから私があの女に立場をわからせてやるのだ!」
「待て! お前たちパトロシスを止めろ!」
内輪で揉めていると、アシェリは驚くべき人物にダンスに誘われていた。
それはタングストン侯爵だった。アシェリは手を出しフロアへと進んでいった。その光景に騒ついた。
タングストン侯爵家と言えば、当時のウィリアム王子殿下が無実のバーバラを学園の卒業パーティーの場で断罪した上、皆が見ている前で階段から突き飛ばし出血し大怪我を負っている彼女を牢屋に入れて殺害した……。その事件以来、王家とは微妙な関係なのだ。当時の陛下は謝罪し、ウィリアム王子の過失を認め廃嫡し身分も剥奪した。そこまでしたのはタングストン侯爵は強大な魔力を保有し、多くの貴族を纏めている派閥の長でもあり、当時国務大臣の任にあり国政にも深く関わっていた、反旗を翻されれば簡単にクーデターは成功するだろうと言われていた陰の実力者だったからだ。だから陛下は実の息子を処分した、その上で何か約束事をしているらしい、それはタングストン侯爵家三代後までの有効の特別補償のようなものらしいが、今のところ王家に対し何かを要求はしていない。その内容が明かされていない為、タングストン侯爵家に楯突く者はいない。元より楯突けば返り討ちに会うことが明白だからだ。
そのタングストン侯爵は息子に代替わりをしても沈黙を守り必要以上に政治にも関わりを持とうとしなかった。その眠れる獅子が今 1番ホットな話題の人物とダンスをにこやかに踊っている。これは何かが動くかもしれないと、冷や汗をかきながらその動向を見守っていた。




