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16、王妃様のお茶会−2

彼女が示した『違和感』であるアシェリを見れば、相変わらずパートナーの腕にしがみつき誰とも会話しない。そして幼い頃見た可愛かった彼女の顔は今では『醜い傷がある陰気な幽霊令嬢』と呼ばれその顔を見せることはない。己の過ちに胸が痛くなる。

もう10年だ…未だに人前に出られないほどの傷を王子である自分たちがつけたのだ。もし王子でなかったならば国内最大の権力を持つガーランド公爵にどんな目に遭っていたかは…考えるのも恐ろしいほどだ。


今考えると何故あの時あんな事をしてしまったのか。いや、あの事件があったからこそ自分たちは変わる事ができた。もしあのまま傍若無人に権力と暴力を履き違えていたならば、父に廃嫡されたのは間違いないだろう。今こうしてこの場に立てているのはあの事件のお陰だ。だが『有難う』と言うわけにもいかない。

まあ、『有難う』は言わないが一言あの時の謝罪をしたい。この重くのしかかる蟠りを早く解消したい、そう願っている。そして今日こそ果たすつもりだ。


「彼女のことを知らない?」

「はい、あまりお茶会などではお見かけしませんし」

「そうだね、こう言う王家主催など欠席できないもの以外は出席しないからね」

「どなたなのですか?」

「…ガーランド公爵家のアシェリ嬢だよ」

「公爵家!? 他の公爵家や貴族の方たちと随分印象が違うのですね。顔を隠されて…何か問題があるのでしょうか? 周りの方に先程も『陰気な幽霊令嬢』と馬鹿にされててお気の毒でしたわ」

明け透けな物言いが貴族らしくない、責めているわけではないがストレートな意見が罪を浮き上がらせる。


『小さい頃 私が醜いと言ったせいなのだ、王族の過失を明らかにする事はできない、だから本当の事を皆は知らない。彼女の今の姿は お前は醜い頭が悪い、そう言った私の罪なのだ。

考えてみれば同じだ、私が王子故に周りは悪童と言えなかった…本当に私はどうしようもない悪童であったのに、権力を傘にきて自分より幼い子を傷つけ人生を台無しにしてしまった。私は最低だ』


「彼女は気の毒だね。何を言われても言い返したりしない、ただ怯えるだけだ」

「私たちお友達になれるかしら?」


彼女の発言にアレクシスは目を見張った。

自分には決してなる事ができない友人関係、それをいとも簡単の望む。だが驚いたのはそこではない、公爵令嬢の彼女と男爵令嬢のマリアでは雲泥の差がある。男爵令嬢のマリアが『お友達になりましょう?』なんて言ったら常識がないと罵られるだけだ。アレクシスとマリアの関係もアレクシスが許容しているから成り立っているものなのだ。


「マリア、マナーは習ったよね?覚えている? 貴族同士は気軽に声もかけられない。彼女は最高権力者の元に生まれている、よって彼女が許容しなければマリアからは声はかけられないんだよ? 分かってる?」

「あっ、そうでしたね…残念」

でも少しだけアシェリがどう反応するか見てみたい気もした。


「マリア、きっかけをあげようか?」

「えっ? どう言う意味ですか?」

「彼女がくっついている男は私の側近なのだ、だから近くに行くことは出来るよ?

行ってみたい?」

「はい!」

周りの令嬢がアレクシス王子殿下とマリアを注視している中、マリアを伴いアシェリのところへ歩き出した。


「やあ、セルティス! それにアシェリ嬢 久しぶりだね」

アシェリの体が強張るのが分かった。

ああ、未だ私を許していないのだ。


アシェリはセルティスの腕から離れ、ドレスを摘み美しい淑女の礼をとった。流石腐っても公爵令嬢と言ったところか。

「殿下、ご挨拶が遅れ申し訳ありません」

「んー、仕方ないよ これだけ人が集まると挨拶の人がなかなか切れないからね。

そうだ紹介するよ、巷では『聖女』と呼ばれているマリア・ダラス男爵令嬢だ。今ね勉強のために王宮に住んでいるのだ。アシェリ嬢を紹介してもいい?」

アレクシス王子殿下は最大限気を遣ってアシェリにお伺いを立てた形だ。


アシェリはマリア・ダラス男爵令嬢に対し淑女の礼をとり、丁寧に挨拶をした。

「聖女マリア・ダラス様 お初にお目にかかります、ガーランド公爵家 アシェリと申します、以後お見知り置きくださいませ」

あまりに美しい礼で暫し見惚れてしまった。

その姿にマリアはつい顔が見えないのが勿体無い、と手を伸ばした。それに驚いたアシェリは小さな悲鳴をあげてセルティスの胸の中に飛び込んだ。その体は見て分かるほど震えていた。

「大丈夫、大丈夫だよアーシェ、大丈夫 問題ない」

そっと抱きしめ落ち着かせる。

だがアシェリの口からはカタカタ歯が当たる音までする。

「あっ! ごめんなさい! 私…とっても美しい淑女の礼を…あ、あの! 王宮の先生よりすごく綺麗な淑女の礼だって思ったんです! だから 顔が見えたらいいのにって…ごめんなさい」

悲しそうに目を潤ませるマリアは 自分が支えてあげたいと思わせるほど儚げで庇護欲をそそられた。こうしているとまるでマリアを虐めているのはアシェリのようだった。


ずっと動向を窺っていた周りの者たちはアシェリに対し、

「確かに公爵令嬢の髪に手を伸ばすのは無礼だが、あそこまでいくとわざとらしいな」

「ああ、殿下の前だから気をひきたいんだろうけどやり過ぎだよな」

悪意が広がっていく。


アレクシス王子殿下にはどうにも出来なかった。

アシェリの味方もマリアの味方も立場的に出来ない。

「殿下、アシェリ嬢は気分が悪いようです。失礼しても宜しいですか?」

「ああ? ああ、そうみたいだ、連れて行ってやってくれセルティス」

「はい、失礼致します」

セルティスはアシェリを伴って温室の方へ歩いて行った。


「ゴホン、 マリア嬢は美しい淑女の礼をしたアシェリ嬢を見習いたい意志が強すぎたんだね。でもマリア嬢 親しい間柄でも勝手に髪に触れるのはマナー違反だよ。アシェリ嬢は何も言わなかったけど今後ああいったことをしてはいけないよ」

「はっはい、すみません」

アレクシスは少し大きな声で周囲に聞かせるように言った。

これ以上アシェリを傷つけたくなかった。



それも少し離れたところで王妃陛下が見ていた。

ああ、相変わらずあの娘はうちの子が苦手なのね…。残念だわ、本当に残念。



アシェリは必死にセルティスにしがみついている。それを優しく抱えエスコートし温室へ連れてきた。

「アーシェ、大丈夫? ここには私たち2人しかいないよ? もう大丈夫だよ」

「はっ! ご、ごめんなさい お兄様の服が皺に…ごめんなさい」

「服の皺くらいどうって事もない、もう平気?」

アシェリの頬に手を伸ばし優しく撫でる。その手にアシェリも擦り寄り不安げな目を覗かせる。

「怖かった…」

「うん、そうだね。あんなにも近づかせてごめん、でも全く接触しないわけにはいかないから」

「そうではないの。さっき突然髪に触られそうになって驚いてしまったでしょう? 普通、男爵令嬢が公爵令嬢の髪に許可もなく触れようとすれば罰せられる事だわ。だけど、周りは失態を犯したマリア様ではなく、私が悪いと言い始めた。覚えてる? 私が見せた漫画。あの通りになってしまいそうで怖いの」

「ああ、そうか…そうだったのだね。もっと早く私が気づいていれば…ごめんね」

「ううん、お兄様がいたからあの場にいられたの。いつもありがとう」

その後暫く肩を寄せて言葉もなくそこで佇んでいた。


少し経ってからアレクシスとパトロシスは様子を見に来た。どうしてもケジメを一度つけたかった。

そっと近寄っていき、声をかけた。

「すまない、少しだけ話をさせて貰えないだろうか?」

「ああ、心配しなくてもこれ以上は近寄らない」


「…………はい」

「良かった…、我々はあの時のことをずっと謝罪しなければと思っていたのだ。

幼かったと言い訳できないほど我らは醜悪だった。そして今なお人前に出る事を怖がるほど傷つけてしまった。すまなかった、この通り謝罪する」

「私も何をしても許されると勘違いし、心無い言葉と暴力で傷つけた 申し訳なかった」


「アシェリ、殿下がたが謝罪しておられる、何か言わねば…」

「…………、不敬を承知で申し上げます。

ふぅーーーー、殿下がたの謝罪は受け入れます。ただ………、あれ以来わたくしは人が怖い、それに顔を晒す事も恐ろしい、出来れば貴族の職務を放棄し、どこか山奥に篭りたいと思うほどに。ですからわたくしの行動に干渉なさらないで頂きたいのです。

わたくしも貴族の令嬢としてもっとちゃんとせねばとは思っているのです。ですが…その一歩が踏み出せないままここまで来てしまいました。公爵家の娘としての責務も分かってはいても、部屋から出ることが恐ろしい。

これは殿下たちに対する当てつけでもなんでもないのです。ですからもうお気遣い頂かずとも結構ですので、どうかもう暫くこのままでいる事をお許しください。どうしても駄目であれば修道院にでも入り二度遠目にかかる事も煩わせる事もございませんので、どうかどうかこのまま捨て置きくださいませ」

その懇願に胸が詰まった。

その様子に2人を責めていないことは分かった、完全なる拒絶。


周りは私たちが成長するにつれ顔色を伺い見返りを求める者たちが多い、私との婚姻を望む令嬢さえも私の愛ではなく、私の持つ権力や権威を欲している事が透けて見えている。そして互いに蹴落とす事に夢中だ。

アシェリはこの国 最高権力者 筆頭公爵家の令嬢、私たちと同じで自由を許される立場ではない、恐らく小さい頃に私たちが引き合わされたのも自然に仲良くさせ婚姻を結ぶためだったのだろう。だが私たちはあの事件を引き起こした、そして硬い殻に閉じ込めさせてしまった。彼女はたった4歳で結界魔法を発現までさせて私たちに恐怖を感じ拒絶した。だがこの事で王家は彼女を手放せなくなってしまった、であれば関係を修復させ、より良い条件を引き出させるべきだ。それがガーランド公爵の意志のはずだ。それなのにあの様に自分のことは放っておいてほしいなどと言う、そんな事許されるものではないのに。ガーランド公爵をもってしても矯正できないほど、苦しんでいるのだろう。

いつもはもっと地味な装いで目立たないように気を配る彼女が今回は年相応に華やかな装いでこの場に来たのはきっと…部屋に閉じこもり 隔絶した世界で生きていく事を許されなかった結果だろう。

今更ながらに自分たちの愚かさを思い知った。


「誤解があるようだ。私たちは本当に謝罪したかっただけなのだ。

私たちの言葉にどこまで効力があるかは分からないが、なるべく君を怖らがせないようにするよ。心配しないで」

「はい、そのお言葉を頼りにさせて頂きます」

アレクシス王子殿下とパトロシス王子殿下は温室を後にした。



「さて、もう少しここにいる?」

「ええ、少し時間を置きましょう」

セルティスに近づき小声で話す。

「両殿下はこのお茶会で婚約者を発表するかもしれない、と言われていたの」

「そうなんだ。お相手は知ってる?」

「アレクシス王子殿下はまだ決めかねているみたい、でもパトロシス王子殿下はほぼ決まりみたいね」

「どう言う事?」

「今日のお茶会で最終的な結論に至ったのはパトロシス王子殿下はマリア様を考えていらっしゃるみたい。アレクシス王子殿下の候補は3人、ゼウストリア国のスーフォニア第1王女殿下、クーゲル公爵家のパトリシア様、そして本命の私ね。

私が本命の理由はガーランド公爵家の者だから それが一番ね」

国内の最大権力と言うだけではなく、このスターチス国の財政を司っているのはガーランド公爵家だ。やろうと思えばいつでも国王を傀儡に出来る、ただやらないだけなのだ。

ガーランド公爵家が王家を取り込もうとした場合の抑止力に娘をある意味人質として王家に入れておきたい。そしてその娘を使って力も金を引き出し、名実共にガーランド公爵家から実権を奪いたいのだ。その付属にアシェリが持つ結界魔法を手に入れる。そしてそれはガーランド公爵家に対する結界にもなると言うわけだ。


「なるほどね、それで?」

「私との婚約は難しそうだと王妃陛下は思ったと思うわ。そこで今のところゼウストリア国のスーフォニア王女殿下が最有力候補に上がったと言うところね、やはり王太子になるには確かな後ろ盾が欲しい、だからガーランド公爵家が無理ならゼウストリア国を選んだのだけれど…、クーゲル公爵家も捨てがたい。それはクーゲル公爵は元々、王妃陛下を後援してきた王妃陛下にとっての忠臣、ここで切り捨てるのは後が怖いわ」

「確かにね。王妃陛下が表立って慈善事業や公共事業を後押しして実質金を出してきたのはクーゲル公爵だからね、手を引かれてしまったら王妃然としていられなくなる事態になるのか…」


そう、スーフォニア王女殿下は肩書きこそはあるが、実際に自国から金を引っ張り出せるかと言えば、他国のために金を出す事はないだろう。そうなると国内の財布をみすみす捨てられない。

因みにアシェリと結婚してクーゲル公爵が手を引いたとしても何の痛手にもならない、何故ならクーゲル公爵より強大なガーランド公爵がバックにつくのだから。


「そうなると…クーゲル公爵で決まりじゃないか?」

「ええ、そうね…結局は…、私もそう思うわ」

「でも何故聖女様じゃないの?」

「それは簡単、マリア様は善人であっても貴族の上に立つ素養も素質もない方だからよ。

人と相対する時、善人とは美徳ではあるけれど、それだけでは王妃の職務は全うできないわ。1人の犠牲で100人が助かるとなった時、きっとマリア様はそのたった1人を諦められないけれど、時にはそう言った残酷な判断もしなければいけないでしょう? マリア様を説得している間に101人が死亡なんて事になりかねないわ。そしてそうなった時の責任も取れない、ご自分を責めるかもしれないけれど、解決する能力はない。そんなところよ」

「分かる気がするな。王妃と言う立場はそんなに軽いものではないからね」


「お兄様 少し肩をお借りしてもいい?」

「ああ 勿論だよ。あと少し…もう少し こうして嵐が過ぎ去るのを待っていよう」

「有難うお兄様。  ………お兄様、どうしても…どうしてもこれ以上は無理となった時 お兄様にご迷惑をお掛けしてもいいかしら?」

「ん? ふふ 頼ってくれたら嬉しい 素直にそう思うよ。

だから安心して無理でも無謀でも我儘でも何でも言って? 全力でアーシェの味方になるから」

「嬉しい お兄様」

2人は暫し目を閉じて今後起こりうる事態を想定し傾向と対策を考えていたが、側から見ると身を寄せて眠っているように見えた。

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