51 冬の明け月 1
そして、卒業式がやってきます。
入学式と同じ講堂に、1年で卒業する貴族専科をはじめ、それぞれの専科の卒業年次の皆様方が集まります。学園の制服に袖を通すのも、今日が最後です。
中央の演台の上で、学園長を始め、来賓の方々が祝辞を述べられ、そして。
最後に、イングラム様が入学式と同じように演台に立たれました。
全員を見渡されてから、祝辞を述べられます。今日までの学びに敬意を表する。これからは社会で国のために働いてほしい、という内容をおっしゃって。
最後に各専科の代表が卒業証明書を学園長から受け取って、式典は終わりです。
貴族専科の代表はスノエル様でらっしゃいました。聞いたところですと、学園としては筆頭侯爵家であるわたくしを代表にしたかったそうなのですが、大夜会からのゴタゴタもあり、わたくしへの連絡や根回しが間に合わなかったのだとか。わたくしは、スノエル様で良かったと思います。大夜会以来、皆様の視線を否が応でも感じますし、『平等に学ぶ』学園の理念を思えば、成績優秀者でもあるスノエル様は適任でしょう。
ぶっちゃけ、あまり目立つことはしたくありませんし。
分かっておりますイングラム様の婚約者になった時点で目立つのは重々承知しておりますが! 穏やかに過ごせる間は、穏やかに過ごしていたいというか。
いえ。分かっていますこのあと一番の悪目立ちイベントがあることは――!
式典の後、教室で全員がブリーム先生から卒業証明書をいただいて、ひとり、またひとりとソワソワと教室を離れていきます。
婚約者が迎えに来る――『輝きのソナタ』第二部のエンディングです。
わたくしも、スノエル様、フィリィ様、メアリー様と連れ立って、正門へ向かいます。寮の部屋の荷物は、各家の使用人が回収することになっておりますので、わたくしたちは一度それぞれの町屋敷へ帰るのです。
正門前には貴族専科だけでなく各専科の卒業生のご家族が、順番に迎えに来ておられます。
わたくしどもの中で最初にお迎えがあったのは、なんと、フィリィ様でらっしゃいました。
パカラッと軽やかな馬の足音とともに、黒い大きな軍馬が現れます。騎乗しているのは色黒の騎士です。
「フィリィ。迎えに来た」
ひらりと馬から降り立った騎士に、フィリィ様は全力――で駆け寄ろうとして、はた、と気づいて、それから令嬢として許される最大戦速ですすす、と寄っていかれました。
「お待ちしておりました、フォルバレイ様」
「どうかエーフェスと」
「……エーフェス様」
「はい。フィリィ。僕に攫われてください。馬車も用意できない騎士爵で、貴女は本当に後悔しませんか?」
「後悔なんていたしません。わたし、裸馬にも乗れましてよ」
えっ!? そこまでサバイバルスキルを磨いてらしたのですかフィリィ様?
漏れ聞こえた言葉に周囲の令嬢令息のみならず、他専科の皆様からも少し驚いた視線が向けられております。
「それは頼もしい。では、遠慮なく」
眩しそうに微笑みながらフォルバレイ騎士爵が差し伸べた手を、フィリィ様が取られます。そのまますっと軽やかに抱えあげて、フィリィ様は馬上の鞍へ。その後ろにフォルバレイ騎士爵が颯爽と跨って、手綱を握りました。
「ご令嬢がた、こちらのファルファッラ令嬢は頂いてまいります」
一声。わたくしたちを見渡しておっしゃると、フォルバレイ騎士爵は馬に合図を送って文字通り、フィリィ様を連れ去ってしまわれました。
皆様、呆気にとられてしまいます。
「これは出遅れたかな」
それを見送るように現れたのは、雪のように美しくきらめくプラチナヘアーの美丈夫。
「スノエル・ラ・スノーヴィ侯爵令嬢。グルー・ラ・クレインがお迎えに上がった」
ばちーん! と音がしそうなほど爽やかにウィンクされるの初めて見ました! ただしイケメンに限る、ってテロップが見える気が致します。
これが噂のクレイン侯爵!
見ればスノエル様のお顔が真っ赤です。元が色白でらっしゃいますから、ますます赤みが引き立つと申せましょう。
「く、クレイン侯爵様、お気遣い感謝いたします」
口上はお二人共伝統通りではあるのですが、その様子は華やかの一言。
クレイン侯爵の後ろには、汚れなく真っ白な地に金の装飾が施された、クレイン侯爵家の紋章の馬車がございます。2頭立てで、栗毛の大きな馬がつぶらな瞳で主を待っているようです。
「では、お手を」
クレイン侯爵が手を差し出され、スノエル様がその手を取りました。
まるで舞踏会のようになめらかなエスコートで、お二人は馬車に乗り込みます。
馬車の窓から、スノエル様が僅かに顔を出されて
「皆様、ではまた後ほど」
この後の記念舞踏会での再会を約束して。
クレイン侯爵の馬車は走り出しました。
残されたのは、わたくしとメアリー様。それから――
「お二人はお迎えがあったのですね」
そっと合流されるローズマリー様。
「ローズマリー様は、その、お父上からの『お迎え』は?」
無理矢理に婚約、なんてことになったとはご本人からもエステルを始めとした使用人ホットラインからも聞いてはいませんけれども。
「父からの『迎え』はない予定ですわ。ただ――」
ローズマリー様が少し視線を彷徨わせますと
「クアクゴス、迎えに来た」
焦げ茶のくせっ毛は撫でつけられ、瓶底眼鏡は取り払われて、銀色のフレームのいわゆる薄型レンズ眼鏡に。猫背を隠すようだったブカブカのローブも今はなく。卒業式典に参加されていたのでしょう、正装姿の。
「アンドン、先生」
思わず呟いてしまいます。
ローズマリー様はそ、っとアンドン先生の隣に移動されます。
「我が君、ご報告が遅くなったのですが」
「え、あ、はい」
「ヒルティス・アンドン先生を、わたくしの『婚約者候補』とさせていただきたく、お許しいただけませんでしょうか」
ローズマリー様がしっかりと私をご覧になっておっしゃいます。
クアクゴス男爵家は、ローズマリー様が一人娘でらっしゃいます。ですから、もし家を継ぐのならば、婿取り、ということになろうかと思うのですが。
「ローズマリー様の個人の忠誠を預かる身として、わたくしは、祝福し認めたいと思います。ですが、貴女はまだクアクゴス男爵令嬢です。クアクゴス男爵を説得するすべを、わたくしは持ち合わせておりません」
クアクゴス男爵の忠誠がわたくしにあるならば、この言葉には意味があるでしょうけれど、彼女を家から逃せるほど、わたくしには力がありません。
「構いません、我が君。そう言って頂けるだけで」
「それは、どうして?」
「我が君が王太子妃になられれば、『王太子妃の推挙あって』と言っていただけますでしょう?」
「――それまでに、お父君が何もなさらないとお考えですの?」
問いかけに、ローズマリー様は目を細められました。
「ええ。父は、『候補』ならばと頷きました。わたくしが城に女官として上がることも『好機』と考えているようです」
「好機」
「父はわたくしに、城の動きを間諜として伝える働きを求めているのです。己が貴族議会議員にも、城使えにもなれないものですから。あわよくば、高位の方のお手つきにでもなればとすら考えているでしょう」
「まあ――」
メアリー様が口元を覆って、言葉を失っておられます。
クアクゴス男爵の考えが、私にはわかりません。
「なので、城に上がる僕が候補としてうってつけだ。僕も、クアクゴスを好きにさせる気はないしね」
アンドン先生が普段になくマッドを隠しておっしゃいます。これ、もしかして本当に?
「失礼ながら、先生は、本当に、ローズマリー様と結婚するとお考えということですか? いくら、クアクゴス男爵からローズマリー様を庇うためとは言え、いつまでと期限を切れるものでもございませんでしょう。
わたくしは、わたくしに忠義を誓ってくださったローズマリー様を、個人の忠誠を受けたものとして、守る責務がございます」
「僕もそう器用ではない――大事なものは、もう決めている」
穏やかにローズマリー様を見つめるアンドン先生。
ならば、わたくしから言えることは、もう。
「ヒルティス・アンドン。わたくしのローズマリー・ラ・クアクゴス男爵令嬢を、頼みます」




