50 冬の寒月 5
説明回です
精霊に憎まれる、とおっしゃいましたか。
「考えても見るがいい。自分たちの母と、その敵しか居なかったところに降って湧いた間男! しかもその間男が母をたぶらかし自分たちの天下を終わらせてしまったとなれば、面白いわけがない。まあ、人間よりの感覚だから、それが真とは限らないが、悪くない筋だろう。
自分たちの天下を終わらせた、という事実だけは変わらんからな」
アンドン先生はとても楽しげです。
「おそらく百年前に立ち会った神と魔と精霊でいう神も、太陽の神だろう。かの神以外関わる理由がない。だからこそ、お前が百年目の番に選ばれるのさ。逆かもしれないが」
先生の中ではおそらくもう筋が通って居られるのでしょうが、わたくしにはさっぱりわかりません!
「もう少し簡単に言っていただけますか」
情けないのですがこうお願いする他なく!
「簡単に? そうだな――お前はこの世界に、なにがしか種を蒔く運命のようなものを持っているんだろう、ということだ」
これ、まだセクハラに入りますでしょうか。
「つまり?」
先を促すのはローズマリー様でございました。
アンドン先生はようやく落ち着いてこられたのか、一つ息を吐いて、それでも早口でおっしゃいます。
「ジンカイイは、太陽の神にとって、この世界に打ち込んだ種または楔のようなものなのだろう。100年目の番は単純にそのための目印としての役割なのだろうな。精霊に近い亜人に選ばせるあたり、そこが太陽の神と他の女神たちにとっての落とし所だったんだろうさ。
神々はおそらく、細かい指示も啓示も、何もしないはずだ。お前はこの世界に意味を持ってもたらされた。お前がもたらすものこそが、神々が願ったものだろう」
なんかものすごく壮大な話をされている気が致しますが、要するに。
「要約すると、わたくしはいるだけで良い、ということでよろしいでしょうか」
問い直せば、アンドン先生はきょとんとしてから声を上げて笑い出しました。
「そのとおりだジンカイイ! あっははは! そこで己が聖女だの愛子だの、選ばれしものだの言い出せば罵倒してやるところだったが! 良いぞ。特に良い! そのとおり!
お前はただいるだけでいいただの目印だ。何か成さねばならんということもない。何も気負うことはなにもない!」
これ、励まされているのでしょうか。
思わず半眼になりそうなところをこらえておりますと、ローズマリー様はそれはもうじっとりと軽蔑するような眼差しでアンドン先生を見据えて居られます。
「それが、どうして精霊に憎まれる話になるのですか」
アンドン先生は笑いすぎて涙目になりながらも
「当り前だ。これは言わば、太陽の神と創生の女神の勝利宣言にほかならない。精霊たちは、もともとが大地の女神、海の女神の直系の子らで、自分たちとその母神こそ世界の覇者であると争っていたんだから。
その精霊と魔と神が立ち会って戦争を終わらせて、百年目の娘が生まれ、太陽の神の加護を持つのなら――姉二人の喧嘩はお終い、と、そういうことなのさ」
同じ言葉を繰り返されたようにも思いますが、精霊の方々(でいいのでしょうか?)にとってそれは――確かに、憎まれる最先鋒がわたくしなのでしょう。あまり納得したくはありませんが。自分がなしたことで憎まれるならともかく、勝手に定めておいてなんですかその決めつけは。
「おそらくは、百年前の戦争が、最後の代理戦争だったんだろう。だからこそ、たかだか人の戦争の終局に、あれらは立ち会い、取り決めた。この世界はもう人のもので、精霊たちにとっては終わったことだ」
まるで見てきたように先生はおっしゃいます。
あとわたくしの設定が盛られすぎてもうネット小説もかくやというレベルです。前世知識の設定資料集なんてもう役に立ちそうもありません。
「終わったこと、なのに、憎まれるのですか」
ぽつり、わたくしは口にします。
「そればっかりは諦めろ。お前のせいではない。強いて言えば神々の都合だ。軽率に口にしたのは謝罪する」
知らなければ、憎まれているなんて悩みませんのに、こういうところ気遣いがないと申せましょうか、先生。
「――ムジーク様は、精霊も魔も、もう居ないとおっしゃっていました。向こう岸へ、帰ったと」
居ないはずなのに憎しみがあることだけ教えられるとか、むしろ嫌がらせではないかとすら邪推してしまいますが。
わたくしの弁に、アンドン先生は目を丸くしてから頷かれました。
「だろうな。人の国が百年続く。太陽の神の蒔いた種の繁栄だ。海にも陸にも、もはや『夜の明けない地はない』からな」
夜明けとともに目覚め、日没とともに眠る。夜行性ならその逆を。確かに、あらゆる生き物は、太陽の動きで時を判断して――つまり太陽の神の定める通りに生きている、ということでしょうか。
考え込むわたくしを、アンドン先生はじいと見つめられ、そして
「ともあれ、だ。精霊も魔も居ない世界で、お前はただ一人、太陽の神の加護を持った。精霊たちにとっても、今後はお前がこの世界の目印になるだろう。この世界の計測、観測の基点だな。彼らが、この世界に干渉しようと思うならば。だが、実際、ムジークの弁のとおりならば、その可能性は低い。気にするな。精霊たちはお前を憎んでもお前を害さない」
先生が断言されて
「必ずわたくしがお守りします!」
「わたくしもです」
とメアリー様とローズマリー様が頷いてくださって。
じゃあ加護って何? と聞きたくなるわたくしは、やっぱりまだ、納得はできていないのですけれど、だからといって、何が出来るわけでもなく。
「ありがとう、存じます」
心ここにあらずなお礼を申してしまいました。はっと我に返って顔をあげますと、心配そうな顔をしてくださったお二人と、面白そうに笑う先生の姿。
「理解も納得もできないだろう。僕にとって面白いが、当事者には――当事者とすら言えない巻き込まれた側だろうお前には、迷惑な話だろう。お前にとっては思いも寄らない事情で、自分の身の及ばぬ話をされているわけだしな。
好きなだけ悩め。その時間は、僕が稼ごう」
どういう意味でしょう?
わたくしがじいと先生を見つめ返しても、先生はいたずらっぽく笑うだけでした。




