49 冬の寒月 4
アンドン先生のターン
なんとか、めでたく落第は免れ、あとは卒業を待つばかりとなりました。
卒業式は二部構成で、午前中に式典。前世でもよくあったスタイルの、今年卒業する学生全員に対して卒業証明書の授与とお祝いの言葉をいただく場。夕方から、これは貴族専科のみですが卒業記念パーティーが開かれます。卒業式の後一度家に戻り、あるいは婚約者と各家を巡ってから、また学園に集まるのです。今度は制服を脱いで、それぞれが着飾った姿です。
そのため、試験が終わった後も、作法の練習は続きます。むしろ、作法、マナーに関しては卒業記念パーティーこそが本試験なのではないかと思われるほどです。貴族にとって社交能力はある意味最も必要とされる能力の一つですから、完成披露の場ということかも知れません。
このころのわたくしと言えば、それらダンスとマナーの授業のほかは、アンドン先生のもとで魔力について実験? 検査? をしておりました。もちろん、メアリー様、ローズマリー様が一緒です。
同じ授業を受けていながら仲間外れなナハトには申し訳ありませんけれど、わたくしの魔力の話となりますと、ついてきてくださると言ってくださっているお二人以外に知られるわけにもまいりません。
そんなわけで今、先生とわたくしたち三人は、魔力学の実習室におりました。
実習机の上に、先生が春にわたくしたちに触れさせた大盆が水を湛えて置かれております。
「コンツェルト、触ってみろ」
先に指示されたメアリー様がそっと水に指を触れました。
途端に。まばゆいばかりの光が、湯気のように湧き上がり、ゆらゆらと漂って広がってゆきます。それは前世で見たステージ演出か、あるいは、冬の夜空のオーロラのように美しく輝いております。なんというか、春より芸風が凝っている、と申しましょうか。
「ほお。この色は例の癒しの力も含むんだろう。興味深い」
ふんふんと頷くアンドン先生。大盆で魔力を測るのは春以来でございます。これは成果確認のようなものでしょうか。わたくしの実技テストの代わり、などでしょうか。
「よし、ジンカイイ、お前の番だ」
先生が満足するまで堪能されたのでしょうか。瓶底眼鏡をこちらに向けて招かれます。メアリー様と入れ替わって、今度はわたくしが大盆に張られた水に手を近づけます。
春はこれが、触れるか触れないかでばしゃんと弾けておりました。
今度は。
わたくしの指は確かに水に触れて。
大盆の水はぼっと沸き立ち沸騰して、蒸気の熱さに手を引くほかありませんでした。
「プリム様!」
慌ててメアリー様が駆け寄って来て、わたくしの手をためつすがめつ火傷がないか確認してくださっています。
確かに熱さには驚いたのですけれど、沸騰させた指先も、湯気を浴びた手も、どちらも傷も火傷も何一つありませんでした。
方や、瓶底眼鏡を真っ白に曇らせたアンドン先生は
「あっははははは! 素晴らしい! なるほどこうなるのか! ジンカイイ! やはりお前は面白いぞ!」
と爆笑です。テンション爆上げ、ってこういう状態を言うのではないでしょうか。
「アンドン先生、しっかりしてくださいまし」
ローズマリー様が冷たい声でおっしゃいますが、アンドン先生はどこ吹く風。朗々と持論を唄い始められました。
「素晴らしい。火か雷と言っていたがまさか火ではなく、なるほどこれは『太陽』と呼ぶべきだろう! 彼の神の加護というならば、まさに!」
ムジーク様がおっしゃっていた『太陽神の加護』のことでしょうか。
「魔力、と言うが魔力も神の加護もどちらも言うなれば『世界の向こう側』の力だ。類似して当たり前のもので、その上感知できるならば神官共のいう『神の奇跡』とやらも信じてやらんでもないな!」
なんだか不信心と言われそうなことまで口走り始めましたわよ。このままではずっと一人でブツブツ言っていそうですけれど、止められないこともわかっておりますし。
ローズマリー様が肩をすくめて居られます。花の魔力の訓練で、わたくしとメアリー様よりも更に長く居られた分、反応の重さというか、諦め方が違いますわね。
「プリム様、アンドン先生は満足するまであのままですから、お話を伺わせていただけますか」
「ええ、どうぞ」
ローズマリー様が仰るので、ひとまず隣の机に移って腰を下ろします。
「太陽神の加護、のことなのですが――」
ローズマリー様がおっしゃるに、クアクゴス男爵はイルワ元侯爵派であることもあり、隣国よりの宗教教育がされていたそうです。つまり、隣国が精霊の加護厚い国であり、我が国はいずれ隣国により統一される側である、というような。
なので、そもそも太陽神の加護と言うとき、どういう神話体系からそういうお話になるのか、簡単に教えて貰いたい、という趣旨でございました。もちろん、学園で勉強するにあたり、図書室などの書物も読まれたそうなのですが、
「書物で読んでも、家々の実感のようなものがわからない、と申しますか。書物で神話やしきたりを読むと『正しいのはこうです』と書かれているわけですよね。ただ、全てを全てやりきれるとは思えません。例えばある書物では年越しの前後十日間は大地の女神に感謝して野菜を口にしてはならない、などと書かれておりましたけれど、そんなことはもちろんございませんし」
なるほど。加減がわからない、というのは分かる気が致します。前世で本来海外での扱いはお盆のようなものであるはずのハロウィンが、日本ではただの仮装パーティになってしまっているような、知らない文化の独自発展みたいな。
かといって、なんというか、当り前のことをきちんと説明する、というのは難しゅうございますわね。きっと一つ一つに意味があったのでしょうが、それが飲み込まれて生活の一分になっているものなどは、なおのこと。
ですので、わたくしはメアリー様と顔を見合わせて、
「ではまず、教本ではなく、寝物語で子どもが聞くような、神話のお話をいたしましょうか」
「ええ。お願いいたします」
傍らではまだアンドン先生がエキサイト。
メアリー様とローズマリー様が聞く体制。え、語り部わたくしですか。そうすると設定資料集情報と混ぜないように気をつけなければ!
「では、お耳汚し失礼いたします」
そうして、わたくしは口にします。かつて母が、そしてエステルが語ってくれた物語を。
この世界の始まりは、創生の女神様です。
創生の女神様はまず、二人の娘を作り、海の女神、大地の女神として、世界を2つに分けました。すると二柱はどちらが姉か、競うようになりました。広いほうが姉、と取り決めて、二柱はずっと争いました。二柱の女神の子――つまり大地の生き物、海の生き物たちはお互いに自分たちの女神のために、命をぶつけて殺し合いました。その時、世界は女神たちの闘いの舞台でした。
その争いを止めるため、創生の女神様は空に太陽の男神を作られました。煌々と照らし、ジリジリと熱し、大地の生き物、海の生き物たちを区別なく焼き殺し、飢え殺して行きました。光しかない世界で、休むことも眠ることもできず、命はどんどん減っていきます。
――争うばかりでは、子らをすべて燃やしてしまうぞ。
太陽の男神は、そう言って姉たちの争いを無理やり止めました。
姉たち二柱は母神である創生の女神に訴えました。争わない。子らを大切にするから、弟の横暴を止めてくれ、と。
創生の女神はそれを受け入れ、世界に夜をもたらしました。
こうして、大地と海、太陽と月が生まれ、命めぐるこの世界が成り立ちました。
「そのお話は聞いたことがございますわ。初めに生まれた女神の子らが精霊となり、太陽の男神以降が今の生き物である、でしたかしら」
「たしか初めの子らが精霊と魔になった、だったかと思います」
ローズマリー様の問いかけにメアリー様がお答えになられます。
「今の人の世のきっかけが太陽の神ですから、我が国では太陽の神を始めとした三神への信仰が多いですわね。隣国では確か、始まりの命として精霊を尊んだのではなかったでしょうか。神々よりも我らの兄姉にこそ導かれるべきである、でしたかしら」
イルフカンナの神殿では創生の女神たち4柱をそれぞれに祀ることが一般的です。精霊と魔は百年前の戦争に居たとされておりますから、祀るよりは隣人としてそばにあるものの扱い、前世でいう神様と妖精や妖怪の扱いに近いと思います。
隣国では、目に見えない居ないものよりも、目に見えた居たもの、を尊んだ、ということでしょう。
それが悪いわけでもなく、あくまで心、信仰のもち方の違いですわね。
「そうだ!」
そしてそこへ割り込むアンドン先生。
「太陽の男神はその属性から農作物や『種を蒔く神』とも目されている。下世話な話をすれば、単為生殖だった姉二人を孕ませて多様な命を作った、とも考えられるだろう! その加護の女子生徒! なんとも面白い!」
シモネタ! セクハラ! ダメゼッタイ!!!!
「アンドン先生!!!」
怒声を上げたのはローズマリー様。
「何を怒る。いいか、生殖による命の繁栄、すなわち魂の循環を生み出した神。そして、姉神とその子らの命を裁いた神だ。その加護だ。精霊に憎まれるのにぴったりだろう!」
え?




