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40 秋の〆月 18 大夜会のから5日

「信じよう」


 昼下がりにお見舞いに来てくださったイングラム様に、わたくしは、わたくしの記憶についてお話しました。

 物心ついた頃からこの国を、この世界を、まるで物語のように思っていたことを。自分はその読者のつもりだったこと。世界の『あらすじ』を知っていると信じていたことを。


 イングラム様はただ一言お答えになって、頷かれました。

 とても、あっさりと頷かれて、むしろちょっと心配になります。


「実際、プリムの知識について母上に上がっていた評価をわたしも見たよ。公開されていない情報にも精通しているようだったから、なにか事情があるのだろうとは予測できたからね」

「世迷い言と思われないのですか」


 信じていただけるのは嬉しいのですが、今度は不安になってしまいます。全くブレッブレですわね、わたくしときたら。


「筋は通っている、と思えるが、君の思い込みを否定できる材料もない。ただ、話してくれたのだから、まずは信じて、一緒に確かめていけたら良いと、わたしは思うよ。異なる二人の考えをすり合わせることと、根本は同じだ」


 穏やかにおっしゃるイングラム様に、わたくしはベッドの上で深く頭を下げました。

 今日もエステルからはベッドの上での安静を言い渡されてしまっていたのです。


「それで、プリム。君がこれを、わたしに話したということは、この先があるんだね?」


 イングラム様が視線でエステルを指し、わたくしは


「はい」


 と答えます。

 記憶のことは、午前の間にエステルにだけ話してあるのですが、


「お嬢様はお嬢様です」


 とだけ答えてくれたのです。

 エステルがそう答えてくれていたから、今こうして落ち着いてお話できているのです。


 そして。

 ここから先のことは、まだエステルにも話していません。


 王の剣の、在り処のことは。


「エステル、ドアを開けておいていいから、席を外してくれる?」


 声をかけると、エステルは少し驚いた顔をして、それから、通路側のドアを開いて


「すぐ外に居ります。何かあればすぐにお声がけくださいませ」


 と外へ出てくれました。

 イングラム様に視線を戻せば驚いたお顔をなさって。

 まさかベッドの上の人間が人払いするとはお思いにならないでしょうね。わたくしもそう思いますし、エステルに話さないという選択を、自分でしたことも驚いております。


 ですが、聞かせて良い話ではないともわかるのです。


「――よかったのかい?」


 イングラム様が気遣わしげに尋ねられるのへ、私は頷いて。

 それから、口を開きました。


「王の剣の在り処を、わたくしは存じております」


 イングラム様が、小さく息を呑まれました。


「それは、君の知るあらすじにあるのかな」

「左様です」

「知らないふりを続けることも出来ただろう。あるいは、もっと早くに、伝えることも」

「おっしゃるとおりです」


 何を言われても仕方のないことです。

 読者のままでいることも出来ました。でも、それでは足りないと思ったのです。


 わたくしがここで、この世界で生きるのに、何を差し出せるのかと考えるのなら。


「わたくしの知っているあらすじと、今こうしてわたくしが対面する世界の事実は、少しずつ異なっておりますわ。例えば――わたくしは、イングラム様とこうしてお話することなど、ないと思っておりましたし、そう『知って』いました」

「結果は違ったわけだ」

「ええ。ですから、闇雲に知っていることを全てお伝えしても良いわけではないと思いました。むしろ、あらすじこそが正しい世界の形で、あらすじの通りにするためには、わたくしは何もしてはいけなかったのです。そう、信じておりました」


 じっと見つめれば、イングラム様は、そうだね、と頷かれました。


「何よりプリム自身が、信じられなかったことだろうね」


 自分がここに生きていることすら、実感として思えなかったわたくしは、エステルに出会わなかったらもっとおとなしかったとも思うのですが。それはまあ、せんのないことです。


「はい――ですが、わたくしは、なんというか、きちんとこの世界で、生きていこうと思ったのです。ならば、わたくしの知るあらすじは、わたくしがこの世界で持つ唯一無二の武器です。ですから――」


 話そうと、決めました。


 そう続けると、イングラム様は、わたくしが掛け布団の上で重ねた両の手を、そっと握ってくださいます。


「感謝する」


 そして一言、おっしゃいます。


「光栄です、イングラム様。

 それで、その、王の剣のありか、なのですが」

「ああ」


 王の剣のありかと、それをムジーク様に探し出していただくという案をイングラム様にお伝えしました。

 イングラム様は少し悩んだそぶりを見せられ、それから一つ頷きます。


「セインゴナコマチェスカ嬢の、出立の日が決まった」


 そして口にされたのは、チェスカ様のことでした。


「つまり、ムジーク殿の出立の日が決まったということだ」


 確かに。ムジーク様を使者として立てるならばそういうことになります。


「三日後の朝に経つ予定だ。この時期なら、雪の降る前に隣国にたどり着ける」


 イングラム様の言葉に、わたくしは目を丸くしました。

 いくらなんでも早すぎませんでしょうか! チェスカ様はともかく、ムジーク様は年越しも隣国で迎えることになるはずです。


「これ以上セインゴナコマチェスカ嬢をとどめ置く利点がない。あちらは、雪が降る前に、まだ体力のあるうちに、攻め入ることを考えるだろう。そうなっては間に合わない」

「ですが、積荷などの準備もお有りでしょう」

「城の備蓄のうち、緊急に搬出するために常に備えてある分を付けることになった。追加支援については春を待ってもらおう。まずは彼女を送り返すことが第一だ」


 確かに、これはスピード勝負なのは間違いありません。

 ただ、残り日数でどこまでムジーク様にお伝えできるのか。


 考えこもうとして、つん、と眉間を指で突かれました。


 顔を上げれば、勿論そこにあるのはヒーローイケメンのイングラム様のお顔です眩しい。


「あまり、一人で背負い込もうとするな」


 イングラム様がそのイケメンフェイスで心配そうな顔をされています。心配されているのは、多分、わたくしですね。


「――明日にはベッドを降りても良いと侍医が申しておりました。イングラム様、どうか()()()ムジーク様にお話しいただけませんでしょうか」


 一人で背負い込むなと言われながらこう頼むのは、ずるいやり方だと分かっております。

 ですが、スピード勝負だというからには、イングラム様も、承知してくださるはず。変わっていたとしても根本にあるのは完璧王子なんですから! 利益になる機会をふいにすることはなさらないはず。

 わたくしの視線に、イングラム様はじっと目を合わせられて溜息を一つ。


「自分が会うと言われなかっただけマシと思ったほうが良いか」


 それ、どういう意味ですか。

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