31 秋の〆月 9 その翌日1
フカフカのベッドで目覚めると、見知らぬ天蓋が見えました。
昨夜のことを思い出して、気が滅入ってまいります。
コンコンとちょうどよくノックの音が響き、
「お嬢様、お目覚めでらっしゃいますか。エステルでございます」
と続きの間から声がします。
「ええ。起きているわ」
答えてベッドの上に起き上がると、続き部屋からエステルが紅茶を持って入ってきてくれました。どうやら、続きの間にはちょっとしたキッチンスペースもあるようです。確かに、主のモーニングティーはお付きの勤めなのかもしれませんが、客間に暖炉以外の火気って良いのでしょうか。暖炉があるのですからそう変わらないのかもしれませんけれども。
サイドチェストの上に用意されたのは、いつもの香りの紅茶です。
私が驚いてエステルを見上げれば、微笑んで頷かれました。
「昨日、着替えなどと一緒に、飲み慣れたものですとか、使い慣れたものも一式お持ちしております。騎士様から伺いましたところ、場合によっては数日の滞在になられるかもしれないとのことでしたので」
えっ、そうなの?
「そうなんですの?」
「聞いておられないのですか?」
「ええ。安全のため、ということでしたから。一晩だけかと思っておりましたの、困りましたわね」
「長引くようであれば、ポリィとオルトが順番に荷物をお運びする手はずでございます」
「学園は全寮制でしょう。流石に戻らなければならないと思うのよ」
「それは加味されるのではないでしょうか。お嬢様は公表された王太子殿下の婚約者であらせられますから」
エステルが気遣わしげにそう言ってくれますが、やっぱり王城に泊まってるって外聞が良くないと思いますのよね。公表即お泊り、は流石にどうかと思うと申しますか。
飲み慣れた紅茶を口にしてからほうとため息。とはいえ、これからもうひと勝負――セインゴナコマチェスカ様との面会がございます。わたくしは顔を上げて、エステルに伝えます。
「着替えます。身支度を手伝って頂戴」
「畏まりました、お嬢様」
朝食はお部屋で一人で食べるのだろうと思っておりましたら、お誘いがありました。ええ、陛下、妃殿下、イングラム殿下、アストラナガン殿下方、王家の朝食に、です。
早めに身支度しておいてよかった。わたくしのノミの心臓は只今全力疾走中です。死んでしまいます。
無言の朝食のあと、食後のコーヒーが供されてから――王家はコーヒー派のご様子です――陛下が口を開かれました。
「イングラム、今日はプリム嬢を同席させるのだろう」
「そのつもりです」
わたくしもそのつもりでございましたので、お二人の言葉に耳を傾けます。
そう言えば、本来のお立場で言えば国賓であるところのセインゴナコマチェスカ嬢を誘わず、わたくしを朝食の席に呼ばれた、というのも、そういった意図なのでしょう。
いわば、これから作戦会議です。
「どう対応するつもりだ」
「まずは食糧支援の道を考えたいところですが、あちらは施されることを良しとしないでしょう。あくまで、目的は我が国です。
セインゴナコマチェスカ嬢だけに限って言えば、我々はなにかの土産とともにお断り申し上げお帰りいただくだけでいい」
陛下はふむと頷きます。
おそらく、チェスカ様はイングラム殿下との婚姻とともに和平を結ぶおつもりなのでしょうが、そもそもそれ自体が、隣国にとってはチェスカ様の暴走のようなもの。チェスカ様の有無で状況が変わることはほぼ無いのでしょう。
「戦は避けられんか」
「……おそらくは」
重く、お二人が口にされます。
隣国の望みは、この国の大地と王権を表す宝物の残り二つ。王冠と、王の錫杖です。隣国が持ち出したのは、王の剣と伝えられております。
その王の剣の在処、わたくし知ってますとは申せない雰囲気。なんで知っているのかと聞かれたら答えられませんものね。ええ、お兄様ルートの大冒険がこの王の剣探しなので存じております。つまりメアリー様大活躍ルートではあるのですが、回避したい。ものすごく回避したいのです。だって、危険には代わりありませんもの。
……あの男爵令嬢が本当に転生、あるいは転移だったとして、日本の記憶をお持ち、かつ、『輝きのソナタ』プレイ済みであれば、行けるのでは? こう、天のお告げ的な感じで、在り処を伝えられるのでは。
いえ、だめですね。仮定が多すぎます。これならローズマリー様とメアリー様とエステルを連れてわたくしが突撃したほうが不確定要素が少なくて済みますがそれはそれで隣国へ令嬢たちで突撃という事態になってしまいますし。
わたくしがひとり思い悩むからでしょうか、妃殿下が
「プリム嬢、大丈夫?」
と気を使ってくださいます。
わたくしはハッと顔を上げて、
「問題ございません。申し訳ありません、ご心配をおかけしてしまいましたか」
「いいのよ。せっかくの婚約なのに、こんなことになってしまったのだもの。考えたいことはたくさんあるわよね」
「……はい」
「破棄はしないでね?」
「えっ」
「隣国がなんと言おうと、あなたはイングラムのそばにいてあげてね」
母親の表情、というのでしょうか。
妃殿下は縋るような眼差しでわたくしをご覧でした。
「母上、プリム嬢が困っておられます」
と助け舟を出してくださったのはアストラナガン殿下です。殿下も渦中といえば渦中の方ですのに、落ち着いておられます。
「いいえ。ご心配を頂いて、ありがたく思っても困るなんて」
わたくしが答えれば、アストラナガン殿下は薄く微笑まれました。
「よく出来た婚約者を得られて、兄は幸いでしょう。勿体ないほどだ」
「本当にそうよね。前から目をつけていたかいがあったわ」
妃殿下の言葉に、わたくし、目を丸くしてしまいます。
妃殿下はうふふ、と微笑まれてから、
「優秀な令嬢が居ると聞いていたから。ジンカイイに行っていた家庭教師の何人かは城にもいたことのある者たちよ。彼らに、貴女への教育について少しお願いをしていたの」
「お願い、ですか」
「ええ。貴女の歴史と地理の知識は特に、と聞いていたから、王子妃教育や王妃教育に連なる部分もお願いしてあるわ」
ぱーどぅん?
えっ。つまり?
「外堀から埋められていた、ということですね」
とアストラナガン殿下。
ええー。わたくし、言葉を失ってしまいます。
なんということでしょう。
頭の中で匠のナレーターさんが響きます。
「貴女以外にも何人か居たのよ? だけど、最後まで付いてきたのは貴女だけだったわ」
うふふと微笑みながら妃殿下がおっしゃいますが。こっわ! 王家の調査こっわ!
わたくし、流石に前世のことは口にしませんでしたがとはいえ学べることが楽しすぎて、その方面ではつまり注目を受けてしまっていたということですのね。衝撃の事実でしたわ。
わたくしがそんなことでうち震えている中、イングラム殿下と陛下の話題も凡そまとまったご様子です。
口を挟むのを控えておりましたし、妃殿下とお話をさせていただいておりましたからか、イングラム殿下と陛下がわたくしをじいとご覧になっておられました。
「な、なにか?」
すこし怯えながら尋ねますと、陛下は相好を崩されます。
「こういうと嫌われるかもしれないが、女の子がいるというのは、いいね」
急にフランクな陛下。
王妃殿下が冷めた様子で目を細められました。
「……あなた」
「許せヴィレッタ。余は嘘は好かんし、愛するのはお前のみだ」
真顔のお答えに王妃殿下の表情がぱっと赤らみ、息子である殿下がたは食傷気味のお顔です。
そういうご家庭なのですね。ラブラブで宜しいと思います。
「仲がよろしいのですね」
思わず呟くと、王妃殿下が
「ごめんなさいね、こんなところを見せて。プリスケン、貴方のせいですよ」
「これでプリム嬢が気楽に過ごしてくれるなら易いものだろう我らの惚気など」
「プリスケン!」
王妃殿下、お怒りと言うより羞恥というご様子です。ちらり、とイングラム王太子殿下を見やりますと、微笑みながら仰いました。
「わたしたちも、あのように、とは言わないが、気安い間柄でありたいと思うよ」
アストラナガン王子殿下の視線が痛いのですが、イングラム王太子殿下。
「わたしも婚約者を探すべきかな」
小さく、アストラナガン王子殿下が呟かれました。
***
緊張と緩和の繰り返された朝食を終えて、一度部屋に戻りますと、エステルのほかにポリィとオルトが待っておりました。
「決戦に備えて身支度をいたしましょう!」
と握り拳姿なのはエステルです。
決戦?
「決戦?」
「恋敵でございましょう?」
こっ、恋敵とかちがいますー! ちがいますー!
「違うと思うわ。チェスカ様は、チェスカ様なりに両国のことをお考えなのだと思うもの」
「では、身を引かれるのですか?」
「まさか! チェスカ様が手段として婚姻を求められるのは分かります。ですが、わたくしだって、その、あの、意地があります」
意地、とも違う気がするのです。物語としての正しさはきっと、チェスカ様におありでしょう。
両国を救いたいという願いは、きっと偽りではありません。
ですが、その手段では目的を果たせない、と陛下たちはお考えで。
なおかつ、そうでなかったとしても、イングラム殿下とわたくしの気持ちを、優先してくださると仰せなのです。
それを、わたくしが否定するのは違うと、わたくしは思うのです。
わたくしは、この世界に記憶を持って生まれました。大好きなゲームの世界です。愛さぬわけがありませんでした。
どうしてここにと思いました。
どうしてわたくしがとも思いました。
それでも、わたくしは、この世界が好きで、この世界で『生きたい』と思ったのです。ならば、わたくしは。
わたくしの願う通りに選ぶのです。
「だから、エステル、あの香水を持ってきているかしら」
わたくしの問い掛けに、エステルは力強く頷いてくれました。
「お任せください。装いで品のあるお嬢様のご様子を見せつけて差し上げましょう!」
エステルが頼れる微笑みを浮かべてくれます。
「わたくしどももお手伝いするためにお屋敷から参りました」
「ドレスも追加でお持ちしております。どうぞお任せくださいませ」
ポリィとオルトも頷いてくれます。
こんなに頼りがいのある二人がいるのです。
少なくとも、心では絶対に引くわけには参りません。
わたくしたちは、早速支度をはじめました。
次回、直接対決




