29 秋の〆月 7 大夜会4
泊まり先はもちろん、メアリー様やサーエ様のお宅ではなく、お城です。
大夜会の終了を陛下が告げられ、王族たちが壇を降りる時。
わたくしもイングラム王太子殿下と共に一度王族の控えの間に招かれました。
暫くして両親も騎士に案内されて控えの間に合流します。
両親と揃って改めて臣下の礼を致しますと、陛下が
「よい、座ってくれ」
と仰せになります。
三人掛けのソファに促されるまま腰を下ろしますと、陛下は
「ジンカイイ侯爵、プリム嬢をしばし城で預かる」
そのお言葉に、お父様は目に見えて狼狽えておられました。
「不敬ながら、理由をお伺いしても宜しいでしょうか」
「隣国、と言えば、察するか?」
陛下の答えにお父様は息を詰められました。
「今宵参加していた隣国の令嬢が、わたしとの対面にプリム嬢の同席を求めている。彼女の要求から考えるに、プリム嬢を城で保護したい」
続くイングラム王太子殿下のお言葉に、お父様は力なく膝に肘をつきました。
「そこまで、危ういのですか」
お父様が絞るように低く問えば、
「大事をとったまでだ」
と陛下。
「貴族議会で話された件は、あちらにとっては本気、ということなのですね」
お父様が深く深くため息をつかれます。
おそらく、婚約の打診のことでしょう。
「発言しても宜しいでしょうか」
わたくしは意を決して声を上げます。ここでわたくしが告げるべきことは、もう決まっております。
あの場での言葉は、勿論本心。
そして、わたくしがなすべきは、報告、連絡、相談なのです。わたくしはあくまでもお父様の娘であり、陛下の臣下、臣民の一人。
わたくしの婚姻を決めるのは、このお二人以外にないのです。
「許そう」
陛下が頷き、お父様がわたくしを項垂れた下から見上げてきます。
「ありがとう存じます、では」
そしてわたくしは、くちを開きました。
「わたくしが、チェスカ様から依頼されましたのは、わたくしからイングラム王太子殿下との婚約を辞退することでございました。それはつまり、王命に逆らうことになりますから、そうお伝えしてお断り申し上げた次第です。ただ、チェスカ様が仰るに、それは、両国のためである、と。ですから、わたくしは愚考いたしました。チェスカ様がイングラム王太子殿下と結ばれることで両国の国交以外に、即効性があり、ためになることはなんなのか、と。
おそらく、隣国は、我が国との戦争を、考えておるのではないでしょうか。チェスカ様がイングラム王太子殿下との婚姻に望まれるのは、戦争の回避、ではないか。
勝手ながら、そうであるならば、と考え、わたくしはチェスカ様に『殿下との婚姻ではなく本当の望みを叶える協力はできる』とお伝えいたしました。勝手を致し、申し訳ございません。これはわたくしが、独断でいたしましたこと。咎はどうか、ジンカイイ家ではなく、わたくし個人にお願いいたします」
座したままではございますが、そうお伝えして頭を下げました。このまま首を落とされても文句はないという証です。
「よい」
低く、陛下が仰います。
「顔を上げよ、プリム嬢。あとイングラムはそう睨むな。
そちの言う通り、隣国には開戦の動きがある」
「陛下!」
お父様が悲鳴のような声を上げました。この話を、わたくしとお母様の耳に入れることに反対しておられるのでしょう。国家機密に違いないのですから。
「プリム嬢がイングラムと婚約した以上、これは避けては通れぬ。そなたらの婚姻を、ただ平穏無事に終えてやりたかったが、知らずに巻き込まれるよりは知っておった方が己の身を守れよう」
陛下はそう仰り、まるで、慈しむようにわたくしをご覧になりました。
「すまぬな。王としては謝れぬが、一人の父として、謝罪しよう」
陛下が穏やかに仰います。王妃殿下が頷いて
「わたくしたちには息子しか居ないでしょう。娘が出来るのをわたくしも、陛下も、とても楽しみにしているの。だから、辞退などしてはだめよ」
そう仰ってくださいました。
わたくしは恵まれております。戦争を回避するためならば、わたくしなど切って捨てるべきなのです。
「まず前提として、たとえイングラムとセインゴナコマチェスカ嬢が結ばれたところで、戦争が回避されるなどということは、ない。戦争をしたがっているのはあちら側で、それゆえに娘一人に止まることはあるまい」
「自ら人質に来た、ということはないのでしょうか」
「人質、というのは、弱者を従わせるために強者が弱者に求めるものだ。我が国は人質を求めておらんし、人質をやるから手を出すな、と隣国から言われたわけでもない。良くて人身の盾、と言ったところか。前線の兵士なら躊躇うやもしれん」
陛下はわたくしの問いかけに躊躇わず答えてくださいます。これ、もしかして帝王学の実地研修でしょうか。
「隣国としては、姫君……令嬢が勝手に出国し、勝手に他国に嫁ごうとした、という認識でしょうか。であるなら、むしろ隣国からは我が国の間諜として命を狙われそうではあります。また一方で戦争が始まれば、チェスカ様は今度は隣国の間諜ではないか、と我が国の民から疑いの目を向けられる……ということでしょうか」
「その通りだ。現状、あの娘は『ただの令嬢』でなければならぬ」
これが姫君だとなればどちらのスパイか、あるいは拐っただの拐わないだの、とにかく火種以外の何者でもありません。
お父様が頭を抱えて項垂れております。
「しかし何故、この時期だったのでしょうか」
「冬が来るからだ」
わたくしの問いに答えたのは、意外にもアストラナガン王子殿下でした。
「隣国はここ数年、作物の出来がよくない。昨年は飢饉でほぼ民を失った村もあったと聞く。国境のイルワ侯爵領とイオート辺境伯領には難民もある」
お姉さまはそのようなこと、一言も仰っていませんでした!
昨年は隣国との関係が緊張しているから、と、お姉さまだけが大夜会に参加していたわけですが。そんな、裏事情があったなんて。
「元々、隣国の土地は北の山脈に近くあまり肥えた大地ではなかった。それを、なんとか土壌を改良しつつ開墾していた場所だったんだ。近年はかつて定めた土地を痩せさせ過ぎない規定量を超えて作物を植えていたと聞いている。限られたものを絞りきれば、大地が疲弊するのは道理だ」
二毛作とか三毛作などでしょうか。あるいは焼き畑?
「冬が来る。だから、餓えさせぬためか、間引きのためか、その両方か、だろう。
もしかすると、令嬢は実は、我が国からの支援を引き出すために来ているのかもしれない」
民が減れば税収入や、労働力が減り、国は衰えます。そして、国が衰えればまた民は減るのです。
国が力を得るには、まず民に力強くあって貰わねばなりません。それは戦力だけでなく、経済や生活における強さです。生きる力、と言えばよいのでしょうか。
わたくしはアストラナガン王子殿下の言葉を理解すべく噛み締めます。
「昨年のイルワの件は、この準備だったのだろう。先に掴めて僥倖であった」
頷きながら答えるのは陛下です。
わたくしは王家の皆々様のお言葉を考えながら、己の浅慮を悔いています。あの時簡単に協力できると言ってしまったのは軽率でした。
わたくしは、ゲーム知識に引き摺られて、現状を正しく理解できていなかったのです。ゲーム設定の知識のままなら、わたくしは簡単に食糧支援を申したことでしょう。ですが、それは根本の解決になりません。
隣国は、生き延びるために我が国を獲物として狩りにくるのです。
前世日本から見て近代あたりの設定でしたから、そんなこと、考えもしませんでした。
きっと理由は、それだけではないのです。
「恐れながら陛下、食糧のためだけに、交渉もなく開戦をすることなど、あるのでしょうか」
そう。戦争とは、最後の『交渉』なのです。話し合って決着がつかないので殴り合いになります。
話し合う前に拳を構えるなんて。
地の繋がった隣国でそんなこと……と考え始めて気付きます。前世でもありましたわね。そういえば。『テロ』と名を変えておりましたけれど。
陛下は深々と息を吐かれます。
「隣国の悲願だろう。百年の執念、なのだろうな。もはや事情を知るものも絶えておろうに、隣国は今なお、『奪還』を目的にしておる」
百年前の戦争が終わったとき、隣国は形としては『追い出された』のです。
百年前の戦争は、簡単に言えば王家の分裂でした。
たくさんの犠牲があり、精霊や魔、ムジーク様の先祖である竜の亜人たち、ありとあらゆる種族が関わった、大きな戦争でした。
そうして、イルフカンナの歴史では、イルフカンナが勝利し、隣国側に立った王族、貴族を追放したとされています。
他方、これは、わたくしの攻略本知識ですが、隣国では、自分達こそが正統である、としています。イルフカンナは簒奪により成った国である、と。その理由は、イルフカンナは王を示す三つの宝物のうち、二つしか持っていないから。
最後の一つは、かつて戦争の際に隣国を興すこととなる王族が、イルフカンナから持ち逃げしたのです。隣国はそれをもって、本来継ぐ筈だった王位をイルフカンナが簒奪し、残りの宝物を奪った、としています。
ただ。その最後の一つの行方は、今は隣国の王家のかたにすらわかっていません。公にはされておりませんが。それもあって、隣国はなんとしても王の宝物が欲しいのです。
隣国は国としての『道理』を成り立たせるために、なんとしても我が国が欲しいのです。ずっと、ずっと。
そして、そう考えれば、安易に戦争だと言える理由がわかります。
そもそも、彼らにとっては安易な考えでもなく、ずっと願ってきたことなのですから。
今回の飢饉や食糧難は一つのきっかけではありましょうが、根底にあるのは自分達の『正しさ』の証明なのです。
「正義の反対にあるのは、別の正義、でしたわね」
わたくしが思わず溢すと、陛下は満足そうに頷かれます。
「プリム嬢は、まこと、聡明だな。イングラム、良い縁だ、大事にせよ」
「勿論です」
「さて、明日の面談だが、イングラムとプリム嬢、護衛の騎士、あちらは令嬢と侍女たちだが、勝算はあるか?」
陛下はじっとイングラム王太子殿下を見据えます。
「わたしが、プリム嬢以外を選ばぬことを見せつけましょう」
イングラム王太子殿下は真顔のままそう答えられました。
なななにいってますのー!?
そして満足そうにまた頷かないでください陛下妃殿下ー!!!
「そもそも協力を口にしたのはわたくしです。殿下のお手を煩わせる訳には」
「そもそもそれは、あれがわたしと君の婚約に口を出したからだ。気にしなくていい」
イングラム王太子殿下はにっこりと、余所行き満面の笑みを浮かべられました。背後に火を吐くドラゴンが見える気がいたします。
「婚約者に良いところを見せたいんだ。わたしに任せてくれるね?」
重ねてそういわれれば否やはありません。顔が熱くなりそうです。お母様はにやにやし始めましたし!
「もう遅いな。夫妻には騎士の護衛を付けよう。プリム嬢は客室へ」
陛下がそう仰ればこの場はお開きでございます。
そんなわけで、わたくしはお城にお泊まりと相成ったのでした。
ちなみに、両親を送って行った騎士の皆様は、そのまま我が家の馬車を護衛して戻ってこられました。
馬車に乗ってきたのは、わたくしの着替えなどを一揃えと
「お嬢様!」
駆け寄るエステルでございました。
お城の侍女の皆様方もとても良くしてくださるのですが――実際、エステルが来るまでの間に、私は湯浴みを済まさせてもらっています――やはり気心の知れた侍女がいるのは安心感が違います。それに、エステルがいれば髪を乾かすのに魔法が使えますし。
お城の侍女を下げて、客室でエステルに髪を梳かしてもらいながら温風の魔法で髪を乾かしていきます。時折エステルが香油を揉み込んでくれるので、石鹸で洗い、果実酢リンスをした髪でもツルツルとなめらかに乾いていきます。石鹸で洗った時は酸で〆ろ、は、前世知識でございます。たしかリン酢、と呼ばれていたような。さておき。
乾いた髪を、エステルが眠りやすいように髪をゆるく三編みにしてくれると、休む準備が整います。
「お嬢様、何かあればすぐにお呼びくださいませ」
賓客の宿泊は迎賓館が主体とはいえ、お城の客室もとても広々として豪華です。侍女や侍従を控えさせる小さな部屋もついていて、そちらにも魔石のランプとりっぱな寝台が備えられておりました。
主寝室のベッドサイドにあるベルを鳴らすと、エステルの部屋の呼び鈴が連動するように魔石が中の鳴らし石に使われているのです。いたれりつくせりとはまさにこのこと。
そうして、長い大夜会の夜は、ふけていったのでした。




