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27 秋の〆月 5 大夜会2

 我が家のあとに公爵家、そして、王家が入場されます。

 陛下が壇上の玉座に腰を下ろされて、錫杖を一度鳴らしました。

 フロアの貴族達が揃って臣下の礼を取ります。


「顔を上げよ」


 陛下のお言葉に、全員の視線が陛下に集まります。


「今宵は我が夜会に良く集まってくれた。そなたらの忠誠にまず感謝を」


 言ってから陛下は全体を見渡されます。これは昨年と同じですわね。


「さて、今宵は二つ、皆に知らせたいことがある」


 殿下の声がホールに響き渡ります。


「まずは、今宵の賓客を紹介する。これへ」


 陛下が招きますと壇上に美しいドレス姿の女性が現れます。

 ああ。あの方は。

 ええ、わたくしは存じております。『輝きのソナタ』で、イングラム王太子の『婚約者』になられた方──!

 百年前の戦争の相手国にして、イルワ侯爵家が密通していた隣国──イルフニンシ王国の、王女殿下であらせられます!

 あのお仕着せの高位の侍女たちは、かの姫様のものに違いありません。

 イルフニンシの国名は、我が国イルフカンナでは口にしないことの方が多く、ただ、隣国とお呼びするのが通例です。ですが、姫君の前で国名を口にしないわけにも参りません。陛下は穏やかに続けられます。


「百年を経て、交流のために我が国に参った、隣国の『令嬢』である。名を」


 陛下が促され、姫君──令嬢はすっと美しくカーテシーをしてから姿勢を正します。


「セインゴナコマチェスカ・エルイルフと申します」


 ざわり、とホールがどよめきます。エルイルフ──その家名が、隣国の王族を示すものだと皆知っているからです。

 驚きのどよめきが戸惑いに変わり、やがて静まり返ると、陛下はまたしゃんと錫杖を鳴らされました。


「『令嬢』は隣国の『高位貴族』として、我が国に礼を尽くしに参った。丁度今宵は大夜会。『令嬢』をもてなすに相応しい夜だ。百年の溝を次の百年で埋める、その初めの日といたそうぞ」

 大夜会の日中、貴族議会が開かれていた筈です。ですが、今日のお父様とお兄様は早々に帰宅され、家で支度をして再びこの夜会で登城いたしました。そして、あの侍女たち。この令嬢。おそらく、数日前から姫君の来訪とそれに伴う準備が水面下で行われていたのでしょう。今日の議会は、つまり事実の通達のみであったということなのでしょう。

 姫君が、ここにいる。

 ですが陛下はあくまでも『隣国の高位貴族の令嬢』として紹介されております。この会場ではあくまで『令嬢』としてもてなすように、ということ。それと同時に、決して、隣国を許したわけではない、という証でもあるのです。


 わたくしは、血の気が引いていくのがわかりました。


 壇上のイングラム王太子殿下を見上げると、不意に目が合いました。穏やかな微笑みは何時ものまま。なんの感情も見えません。

 ただ。

 わたくしの、自惚れで、ないのなら。少しだけ、瞳に熱がこもったように見えて。

 気のせいでも、少しだけ、安心してしまいました。


 壇上の令嬢が一礼して下がりますと、陛下が再び口を開かれます。


「二つ目。日中、貴族議会にも公布し、この時点をもって、各地へも公示する。我が後継、王太子イングラムの婚約についてである。

 ジンカイイ侯爵、前へ!」

「はっ!」


 お父様が壇の下、陛下の前に跪きます。

 別の意味でしんと静まるホールに、陛下の声が響きます。


「そちの娘、ジンカイイ侯爵令嬢プリムを、我が子、王太子イングラムの婚約者とすることを我が冠の元に命ずる」


 王命!?

 たとえ王族の婚約でも王命を用いることはほぼございません。王命を用いるということは、それだけ、陛下がこの婚約を強く願われているという証です。

 普通ならば単に認める、とか、求める、とかそういった言い回しになるのですから。

 王命となっては、例えばわたくしがイングラム王太子殿下を厭うていても、拒むことはできないのです。それほどの重みをもって、陛下は仰いました。

 そうならないように、と陛下は学園の間に、という制約をつけてくださっても居たはず。それが覆される、その意味。

 わたくしは、震えそうになりながら、その場で深くカーテシーをいたします。


「イングラム」


 陛下の声が頭上に響きます。


「はっ」


 殿下の声も。

 そして、足音も聞こえない柔らかなカーペットを踏み締めて、やがてわたくしのうつむいた視界の先に、良く手入れされた革靴の爪先が映り込みます。


「プリム嬢」


 イケボ。

 フルボイスゲームでしたっけ、『輝きのソナタ』って。


「はい」


 返事をして顔を上げます。

 盛装の殿下に目がつぶれそう。マブシッ!


「わたし、イングラム・ド・イルフカンナはプリム・ラ・ジンカイイ侯爵令嬢を、我妻に望む。手を」


 殿下が白い手袋の手を差し出されます。姿勢を正しながら、わたくしは、殿下の手を取り立ち上がります。


「わたくし、ジンカイイ侯爵家プリムは、イングラム王太子殿下の求婚を受け入れます」


 そして、答えます。

 殿下がわたくしの手を握る力を少しだけ強めました。きゅん、としてしまって、視線をそらしたくなります。


「ジンカイイ侯爵、どうか?」


 陛下の問いかけ。


「慎んで、承ります」


 静かにお父様が答えますと、わっと拍手が沸き立ちました。

 わたくしはイングラム王太子殿下にエスコートされながら、拍手に見送られて壇上へ。

 その時、鋭い視線が、向けられました。

 それはほんの一瞬ながら、わたくしに気付かせるためのもの。セインゴナコマチェスカ姫の眼差しでした。


「夜会の開幕である!」


 陛下がまた錫杖をならし、高らかに告げられますと、楽団が音楽を奏で始めました。

 セインゴナコマチェスカ姫はお供と共に壇を降ります。紹介のために上げられただけですから、終われば他の貴族と同じというわけです。

 わたくしは今夜はずっとイングラム殿下と一緒です。

 今夜、この瞬間から、わたくしはイングラム殿下の婚約者として、王族に準じる扱いを受けることになります。

 まずは貴族方のご挨拶を、王家の皆様と共に受けねばなりません。

 最初においでになるのはもちろん、シーサヤ公爵家。公爵と夫人、ジェニファー様とグランディニーリ様。

 いくらお知り合いとはいえ、今のわたくしは気軽にお声がけさせていただく訳にも参りません。

 カーテシーもしてはいけない、のでしたっけ?

 イングラム殿下の隣で微笑むお仕事です。

 陛下と公爵様がいくらか言葉を交わしてから、陛下からジェニファー様へ婚礼のお祝いの言葉がくだされます。それに応えて


「有り難き幸せに存じます、陛下。陛下に祝福されたわたくしたちは幸福でございます。このご恩に報いるため、シーサヤ公爵家は更なる忠誠と、ゆくゆくはプリム王太子妃殿下の後見をお誓い申し上げます」


 ふぁ?!

 急にお名前が出ましたわよ!?

 公爵家の四方がわたくしをにこにことご覧ですわよ!?


「それは心強いことだ。これからも我が国のために尽くすことを期待する」


 でも誰も触れずに、陛下がそう言って締め括られます。

 ひん!

 わたくしはきゅ、と支えてくださる殿下の服を握ってしまいます。

 少し驚いたように殿下がわたくしをご覧になってから、ふわ、と微笑まれました。

 忠誠を捧げられなれてる方々は余裕でらっしゃる!

 そしてシーサヤ公爵家の方々が礼をして去られ、続いてホエール公爵家、リードメン公爵家と続きます。

 結果として。

 三公爵家から後見宣言を受けてしまいました。

 なんで!?

 まずホエール公爵家からは、公爵夫妻とラーシュ様。ラーシュ様はイングラム殿下の護衛もなさっていますから、自然な流れなのでしょうか、公爵閣下から


「プリム嬢の専属護衛も我が旗下からお出しいたしたく、お許し願いたい」


 と言われてしまいました。

 ラーシュ様は


「殿下は自衛できるしな。俺が護衛隊長に立候補しても良い」


 なんてフランクに仰います。


「わ、わたくしこそ、殿下の盾の最後の一枚となる所存ですわ。ですから、ラーシュ様は何卒殿下を」


 思わずそう言ってしまいますと、ラーシュ様は楽しげに笑われ、イングラム殿下は嬉しそうにされて。

 陛下もにこにこと目尻を下げて


「女性騎士の推薦を命ずる。任せたぞ」


 と仰いました。

 もちろん、公爵家のお三方は深々と頭を下げて、かしこまりましたとお答えになったのです。

 まだ婚約段階なのに、わたくしの護衛の選抜が決まってしまいました。ほわい。


 三公爵家最後はリードメン公爵家です。リードメン公爵夫妻とセマニ様。本当はここにミノルカオル様がおいでの筈なのですが。

 陛下とのご挨拶を終えた公爵がまた深々と頭を下げて。


「娘の件に関しましては寛大なご処置をいただき、誠に有り難く存じます」


 と仰せになりました。

 やはり、噂は本当だったのです。ミノルカオル様が公爵家を出て、公爵家配下の子爵家の次男と一緒になられた、というのは。

 恐らく、それを陛下はお許しになったのでしょう。イルワ侯爵家の件から始まったのが、ミノルカオル様の婚約解消ですから、王家として度量を見せた、という形でしょうか。


「今夜はミノルカオル嬢はお出でにならないの?」


 と問い掛けるのは王妃様です。

 公爵はいいえ、と答えます。


「あれらは生き物をもって糧とすることにしたのです。生き物を飼っていく以上、領地を離れることなどできますまい」


「そう。では、目の届く範囲に娘がいて、安心したわね、公爵」


 王妃様のお言葉に、公爵は苦笑を浮かべました。


「つきましては、リードメン公爵家は、王家へのより一層の忠誠を誓います。加えて、イングラム王太子殿下とプリム・ラジンカイイ令嬢の婚約を支持し、後見を致します」


 言って、リードメン公爵家三方が深く臣下の礼を取られました。

 陛下が許す、と仰ってこれで三公爵家全てが、この婚約を支持した形になったのでした。


 そして。

 わたくしの実家である、ジンカイイ侯爵家の番です。

 両親と、行きは一緒でなかったお兄様。本当はここにわたくしも交ざって、四人で臣下の礼を取るべきだと思うのですが、イングラム殿下が許してくれそうにありません。腰をがっちりキープされております。


「ジンカイイ侯爵には、感謝してもし足りぬな」

「勿体なきお言葉です」


 陛下とお父様が恐らく、自意識過剰でなければ、わたくしのお話をされております。

 いくらか会話を交わしてからジンカイイ侯爵家も御前を去りました。

 そう。

 去るのです。

 わたくしは、見送る側に立っております。

 急に寂しさに襲われて、震えそうになったとき、腰に回されたイングラム殿下の腕に、力が籠りました。


「わたしがいる」


 わたくしにだけ聞こえるような、小さな囁きは、けれど確かに、わたくしの耳に届きました。

 じんわりと、その言葉が胸に染みます。目を閉じて、染み込ませるように頷きました。


「はい、殿下」



 スノエル様のスノーヴィ家などの九侯爵家、ステラお姉様とイオート辺境伯様。お知り合いの方、お名前のみだった方、この国の中枢の貴族の皆様と言葉を交わして行きます。

 とはいえ、お話しされるのは陛下と妃殿下。ご令嬢が例えばスノエル様やサーエ様なら、少しお話を振っていただくこともございますが、基本的にはイングラム殿下とそこにたってお話を伺うばかり。メアリー様の、コンツェルト伯爵家もそうです。すこし、寂しいですわね。


 壇の下では挨拶を終えた貴族たちが踊り始めておられます。

 今宵のファーストダンスは、殿下とわたくし、などが務めればよろしかったのでしょうが、まずは顔見せが大事ということで、省略されております。

 イルフカンナの夜会や舞踏会でのファーストダンス省略は珍しいことではございません。ダンスタイムの切っ掛けとしては良いのですが、今回のようにお顔を合わせることを目的とした上でファーストダンスをしてしまうと、ダンスタイムもお顔合わせも半端になってしまうのです。

 ですから、楽団の音楽に合わせて、思い思いに踊り始め、フロアの片隅の料理のスペースではまた思い思いに食事を取られておいでです。

 わたくしも、食べたくなってきました。


 伯爵家以降はお声がけもまれですから、ひたすらお顔を覚えるべく頑張ります。

 ファルファッラ伯爵家の番では、フィリィ様が少し残念そうにされておられますが、ステイですわよ。ステイ。何事もなく礼をして、壇を降りられるフィリィ様たちを見送ります。

 

 子爵に男爵と続けば、ローズマリー様とクアクゴス男爵夫妻。今夜のローズマリー様は、流石に貸衣装は難しかったのでしょう。胸元を強調し、腰を引き締める、蠱惑的な──一歩間違えれば下品とも取られる──ドレス姿です。なんとか、胸元はストールで隠せたようですが。

 クアクゴス男爵は名乗りをあげ、頭を下げるとさっさと去っていかれました。わたくしはその背中を見つめます。

 少しだけ振り返ったローズマリー様と視線が合って、そして別れます。ローズマリー様の視線は、クアクゴス男爵家の後の皆様に向いていました。


 ああ、この方々ですのね。


 男爵家と、養女にされた元庶民のご令嬢。そして──前世の記憶があるような言動をされている、という方。


 わたくしはそのご令嬢を不自然にならない程度に観察することにいたします。

 黒髪ストレート。黒い目。シンプルなプリンセスラインの赤いドレス。

 臣下の礼から顔を上げた彼女の視線が、陛下ではなくわたくしに向けられました。

 じいと見詰められて、気持ち良いものではありませんが、かといって何か口にするものでもないので、微笑みを浮かべておきます。

 なんだか、ムッとされたご様子。

 イングラム殿下が腰に回した手に力を込めました。あらら?

 こちらは、メープル男爵家というそうです。

 跡取りが居なかったため、遠縁を辿って養子を探したのだけれど、跡取りにできる年齢は彼女だけだったそうです。養子縁組を承認いただき感謝していると仰せでした。

 跡取りにできる年齢の人間が遠縁を辿っても彼女のみって、そもそも血族として詰んでいるのではないでしょうか。あるいは、この男爵には渡せない、と親戚内で話されたのか。それは邪推が過ぎますわね。

 男爵自身は、年相応、という体格です。太すぎず、かといって痩せすぎず。強いて言えば筋肉はなさそう、というところでしょうか。

 対する令嬢はひょろり、としていると、申しますか、か弱い、というよりはやせっぽち、のような。健康よりは不健康な痩せ方に見えます。

 急激に痩せたのでしょうか、ドレスも大きなリボンで後ろに寄せてあるようです。

 その令嬢、男爵の紹介ではカエデ様と仰るそうですが、ずっとわたくしをご覧になっており、やがて男爵に


「カエデ、失礼だぞ」


 と窘められて壇を降りました。どうやら、カエデ様とおっしゃるようです。

 見られていただけなのに、疲れましたわ。そうこうして、顔見せとご挨拶が終わりました。

 二人で壇を降りますと、殿下が気遣わしげに


「お疲れ様だったね」


 と声を掛けてくださって、何か答えようとするのに喉がひりついて答えられませんでしたの。お恥ずかしいですわ。

 すると殿下はすぐに給仕に飲み物を頼んでくださって、喉を潤して、ようやく口を開くことができました。


「ありがとう存じますわ、殿下」

「いや、私もあの時間は辛くてね」

「そうなのですか?」

「今は理解ができているから耐えられるが、子どもの頃は意味もわからないからなおさら苦痛だった。アストラなど泣き叫んだこともあったぞ」


 今は穏やかに佇んでおられるアストラナガン殿下が、泣き叫ぶ?


「想像できません」

「だろう? さて、今夜は食事の時間を用意できないかもしれないが、許してくれ」

「わたくしが食いしん坊みたいな仰りようですわね。大丈夫です。軽食は屋敷で済ませておりますから」

「一口も口をつけないのはむしろ失礼、なのだろう? 今夜は目を瞑ってくれ。我が婚約者殿には、いつも助けられているよ」

「……食い意地については認めますわ」

「はは。では、行こうか」


 グラスを給仕に返し、差し出された殿下の肘に手を掛けます。

 まずは両親のところでしょう。

 改めて、当人達から婚約の挨拶を挨拶をするのです。

 ここまでが一連の流れですから、これが済むと直接挨拶ラッシュですわね。

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