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22 秋の陰り月

ムジーク様のターン

短めです。

 そうして、翌月の初めには、我が家と王家の間での婚姻契約が結ばれました。

 その翌週にはお兄様とメアリー様、ジンカイイ侯爵家とコンツェルト伯爵家で。

 お兄様とメアリー様は早々に公告が為されましたが、わたくしと殿下の婚約については、大夜会まで関係外には秘されることとなりました。

 とはいえ、お兄様の婚約が公示されれば、否が応でも殿下の婚約が予想されます。そして、殿下の婚約者の候補として、ジンカイイ侯爵家の次女の名が挙がるのは、自然な流れではあったのです。

 学園では、貴族専科の皆様は、なんというかそういうもの、と弁えておられますから、特に問題はないのですが。

 問題は、食堂と自治会、なのでした。

 食堂では、不躾、というよりは、皆様興味津々、でも話し掛けられない。いっそ漏れ聞こえてこないものか、といった雰囲気ともうしましょうか。メアリー様やスノエル様、フィリィ様と、二階を使うことが増えました。

 自治会の皆様は、学園祭がありましたから凡その事情はご存知ですので、今度はその、分かっています見守っていますよ、というような空気感。

 いえ、ありがたいことなのでしょう。どちらも。

 お前なんか、と言われることもなく、興味と心配で囲まれているわけですから、居心地悪く思うのも申し訳ないのですが。

 とは、いえ。


「疲れますわね」


 ある日の食堂、二階の給仕を受けられるフロアで、いつもの四人でテーブルを囲みながら、思わず、わたくしは溢してしまいます。


「皆様、興味津々ですものね」


 食後のお茶を頂きながら、メアリー様が頷かれます。


「早く公表なさればいいのに」


 とはフィリィ様。スノエル様、フィリィ様、メアリー様の三方にも、実際のところはお話ししないはずだったのですが、夏の庭園へのお出掛けのお話はしておりましたから、むしろすぐに聞かれて白状させられていたのです。

 メアリー様はある種の関係者ですから、そもそも秘する必要も無かったとも言えますし。

 家族や王家からも、信頼のおける友人には、相談もしたかろうから、とお話しさせていただく許可は頂いております。

 とはいえ、ここは二階とはいえ、食堂ですからあまり深いお話しをするべきではありません。

 お話しを、反らさせて頂きましょう。


「フィリィ様と、スノエル様は婚約の先輩なのですからご指導くださいませね? 例えば、デートの話題、ですとか」


 そう水を向けますと、フィリィ様がぱっと顔を赤くされました。直ぐに表情に出てしまうのは、マナーの先生からは止められがちですけれど、やっぱり可愛らしいですわね。

 スノエル様は何度か目蓋を瞬かせてから、


「秘密ですわ」


 と微笑まれます。

 メアリー様はスノエル様を見詰めながら、


「クレイン侯爵様は、日々の気付きや驚きを大切になさる、と仰っておられましたよね。贈り物なども、秘密めいたり予想外だったりなさるのですか?」


 と問われます。

 あの隠れ家の食堂のように、ということでしょうか。確かに気になります。


「婚約者の方への贈り物なども聞きたいですわ」


 わたくしも畳み掛ければ、スノエル様は困ったように首をかしげて。


「では、夜にお部屋でお話いたしましょう。ここでは、不自由もありますでしょう?」


 スノエル様、流石のお気遣いです。お昼休みには限りがありますものね。


「今夜は、どなたの部屋にいたしますか?」


 席を立ちながら問えば、


「ではわたくしのお部屋へどうぞ。言い出したのはわたくしですから」


 スノエル様が応じられます。

 フィリィ様が目をキラキラさせて


「パジャマパーティーね?」


 と訪われますから、メアリー様が


「楽しみですね」


 と頷かれます。

 四人で連れ立って教室へ戻りますと、ムジーク様が、わたくしの前に立たれました。


「プリム嬢、放課後、時間を貰えないか」


 ああ。

 そう。

 そうです。

 わたくしは、意図的に目を反らしていたのです。


「二人きり、は困ります。ですから」

「わたくしがお供しますわ、プリム様」


 わたくしの言葉に続いて、メアリー様が仰いました。

 ムジーク様は一つ頷かれてから、


「構わない。では、放課後に」


 と言い置いて、席に付かれました。

 メアリー様が気遣わしげにわたくしをご覧になるのへ、微笑んで頷いて。

 わたくしも席につきました。



 そして放課後。

 わたくしとメアリー様、そしてムジーク様は、食堂の一階でお茶を囲んでおります。

 二人きりにならないこと、衆人の目があること、を考えましたら、ここになったわけですが、正直、周りの皆様、興味津々なのがまるわかりですわよ。


「イングラムから聞いたが」


 ムジーク様が口火を切られます。周りのお耳が一気にダンボになってますわよ! とはいえ、ムジーク様にイルフカンナ王族の慣わしをお話ししてあるのかわたくしは分かりかねるわけで、ここで止めるのも不自然というか、なんというか。


「まずは、おめでとう、というのだろう、こういう時は」


 直接的な表現は避けてくださっていますけれども!

 けれども!

 慣わしはどこまで有効なのでしょうか。わたくしにはもう判断が付きかねます。


「ありがとう、存じます。ですが、何のことかは伺っても?」


 お礼を言ってから中身を聞くのはもはや失礼に当たる気がしますけれど、ここですれ違ったままと言うのも、ムジーク様にとっては一生を左右することのはずで、それはとても、わたくしが不誠実だと思うのです。


「うん? ああ、プリム嬢の婚約のことだ」


 ああーーやっぱりぃーーー。

 頭を抱えたくなりますがこらえます。

 そして周りの皆様はガッツポーズするのお止めください!?


「発言してもよろしいですか?」


 メアリー様が口を開きますと、ムジーク様が鷹揚に頷かれます。


「許す」

「ありがとう存じます。ムジーク様は、イルフカンナの王族、貴族間の慣わしをご存知ですか?」

「一通りはな」

「では、秘すべき話、については」

「知っている。だが、お前たちから見て他国である俺に知らされたのだから公示されたも同義だろうと俺は考えるが」


 仰ることには、一理あります。ありますが、ムジーク様に関しては恐らく、イングラム殿下が誠意としてお伝えになったのではないかと思うのですが。


「まあ。プリム嬢の立場については、俺の話の本義ではないが」


 ムジーク様は、今までにないほど、穏やかに微笑んでおられます。


「俺は、お前に幸せであってほしい」


 わたくしを見詰めて、そのように仰います。


「あ、ありがとう、存じます」

「竜の亜人の寿命は長くてな。だから、次のお前を、俺にくれ」

「……次の、わたくし?」


 それは、わたくしが、生まれ変わりで、その記憶があることをご存知ということ、ですか?

 そして、わたくしにまだ、次があるのだと?

 それを知っていて、今まで?

 わたくしが、どうあがいても、ゲームの強制力等とは申しませんが、運命、のようなものは、もう決まっていると?

 そう、仰って、いるのでしょうか。

 わたくしが、プリムとしてここにいられるのは、そのように、誰かが、何かが、分かりやすく呼ぶのなら神様が、決めていたから、なのですか。誰かの書いた物語の上に、わたくしが。


「それは──」


 わたくしは、どう答えていいのか分かりません。

 血の気が引いていくのが分かります。

 わたくしが選んだと思ったこと。わたくしが、為してきたと思ったこと。わたくしが、奪っていたかも知れないと、悩んだこと。その全てが、予め、決められて、いたと、そういう、ことなのですか?

 わたくしが何も言わなくなったからでしょうか。ムジーク様の目に、戸惑いが浮かびます。

 きっと知っていたくせに。わたくしが、どうして悩むのか、知っていて、今まで。


「わた、くし」


 このままだと、毒にしかならない言葉を言ってしまいそうです。

 もう、どうしていいのか。どう答えていいのか。『どの選択肢が正解なのか』わたくしには分かりません。最初から分かっていないのに!


「次のプリム様、とはなんですか?」


 わたくしが言葉を発さないからでしょう。メアリー様が静かに問い掛けられます。

 ムジーク様は、目に見えてほっとされたように、頷きました。


「うむ。少なくとも、竜の亜人は──」


 そうして語られたのは、竜の亜人の所謂『失恋』のお話。異なる種族との場合、『番』は一方的になり、失恋することもあり得る、と。その場合に、先程の言葉を、言うのだと。

 わたくしの、早合点、だったようです。結果的には。

 ですが。この世界には。


 ──魂の輪廻が、あり得る


 それが、分かってしまいました。

 ええ、わたくしが生まれ変わりであるのですから、それはあるのでしょうが、この世界ではそれが『事象』、あり得ることとして、認識されているのだと。

 わたくしが、この世界でやがて死んだとして。

 ならばわたくしの魂の行き先は、どこになるのでしょう。

 この世界に、あるのでしょうか。


「そうですね。……そうであるなら。

 もし、『次』のわたくしの『魂』を、ムジーク様が『この世界』の何処かで見付けてくださるなら。その時は、確約できることではございませんが、わたくしも、ムジーク様の手を取れるかもしれません。何せ、恋は落ちるもの、と申しますから」


 わたくしは、できる限りの誠実さと、僅かばかりの強がりを添えて答えます。

 その答えに、ムジーク様は一つ、頷かれたのでした。


「もちろん、今のお前が選び直すならば、いつでも受け入れるぞ」


 にやりと笑ってから、ムジーク様は己のカップに入ったお茶を飲み干されました。

 ムジーク様の気遣いに、胸がつまります。今は何もお応えできないし、何も差し出せないことが心苦しい。だからといって、軽率に先を約束することも、したくない。

 わたくしの一番の誠意が、なにもしない、ことなのです。


「ありがとう存じます」


 ですから、一言だけ、お礼を申し上げました。

 ムジーク様はまるで憑き物が落ちたように微笑まれて、


「ああ。幸せになれ。俺を待たせるのだから、誰よりもな」


 と。

 穏やかに、仰ったのでした。

 まるで嫁に出す父か兄のようです。

 わたくしは申し訳なさと有り難さにぎゅっと手を握りました。


「俺が言いたかったことと聞きたかったことは済んだが、お前には何かあるか」


 ムジーク様の問い掛けに、わたくしは言葉なく首を左右に振りました。そうか、と小さく応えられて、ムジーク様が席を立たれます。

 きっと、これが。

 ムジーク様と、わたくしの道の終わりなのです。

 わたくしは結局。選んだことで零れるものを、どうすることも、できないのです。


お読みいただきありがとうございます。

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