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17 秋の実り月 2


「お嬢様とご一緒ではなかったのですか!?」


 エステルの悲鳴のような叫び声が、貴族女子寮のエントランスに響いた。


「プリム様はエステルさんと一緒だったんじゃないのですか?」


 口許を被ってなお響くのはメアリーの声だ。

 二人の声に、寮監や他の令嬢たちが顔を出す。


「何事ですか」


 寮監の問いかけにエステルが応じた。


「ジンカイイ侯爵家の使用人、エステルと申します。当家のプリムお嬢様がお戻りでないのです」


 寮監はすぐに状況を理解して、顔を青ざめさせた。


「外泊の届けはこちらにも出ていません。教職員寮へ報告に行きますから、エステルさんは残っていてください」

「かしこまりました」

「コンツェルトさんは、そうですね、スノーヴィさんを呼んで、まずは、全員を食堂に集めてください」

「わかりました」


 三人が三様に動きだし、学園祭を終えて疲れて眠るだけの筈の学園はにわかに騒がしくなった。



***



 学園から夜だというのに早馬が来て、ジンカイイ侯爵家の街屋敷は騒然とした空気に包まれた。

 プリムが寮に戻らない。そちらに帰っていないか。

 そういった趣旨の手紙で、内容を改めたプリムの父である侯爵は、早馬を走らせた学園の用務員に帰っていないと伝えて学園に帰した。学園祭があったならば、外部の人間も入り込みやすかったのか。

 侯爵は、リバートと妻を呼んで書斎に入った。

 プリムの母は顔を青ざめさせている。リバートは眉間に皺を寄せている。侯爵は、一つ、息を吐いた。


「リバート」

「はっ」

「お前はすぐに登城して、夜分ではあるが殿下に報告しなさい」


 父親の言葉に、リバートは息を飲む。つまり、それは。


「もしも、プリムに『何か』あれば、殿下にも関わることだ」


 その何かは、生き死にだけではない。それを暗に示されて、そして、その可能性を突き付けられて。リバートは口の中に苦いものが広がるのを感じた。


「明日の朝まで、待てませんか」


 リバートが問う。

 侯爵は、首を左右に振った。


「誘拐にしろ失踪にしろ、人が消えた、という事件はとにかく時間との戦いだ。分かるな?」


 逃がさないこと。逃げさせないこと。一刻も早く見つけること。それが全てだ。リバートにも分かっている。

 妹に醜聞を負わせかねないのに。

 苦さを誤魔化しながらリバートは是と答え屋敷を出た。



***



 それは夜の闇だった。

 それは帳の閉じた壇上だった。

 それは閉じた目蓋の裏だった。



***



 翌朝になっても、プリムは見付からなかった。

 学園ではプリムは病欠とされたけれど、貴族女子寮の面々は事情を凡そ知っていたし、女子たちの空気から男子も何となく事情を察しつつあった。

 学園は貴族専科を午前で放課とし、集団で寮へ戻るように指示した。

 プリムが行方知れずになったタイミングからおそらく、内部犯による誘拐だろう、と目されたため、単独行動をさせないためだ。

 貴族専科が放課されたあと、メアリーとローズマリーは、アンドンの教員準備室に来ていた。

 ジト目のアンドンの前に、女子二人が仁王立ち。なかなか異様な光景である。


「帰れ」

「帰りません!」


 吼えたのはメアリーだった。


「アンドン先生、どうか、プリム様を探していただけませんか」


 ローズマリーが縋るように告げた。花の香りに、アンドンは顔をしかめる。


「そういうことに力を使うな」

「ですが」

「そもそも、協力していない訳がないだろう。僕は教師だぞ。一応は」


 二人の沈黙に、アンドンは顔を顰める。


「信頼度は、さておいて、だ。

 魔力も魔法も、そんなに何でも奇跡が叶うものじゃない。それはお前たちが一番知っている筈だな?」


 アンドンの問い掛けに、二人は渋々といった様子で頷いた。

 杖を一振りで願いが全て叶うような、そんな魔法は存在しない。少なくとも、今現在は。

 それは、魔力学で繰り返し語られてきたことだった。

 アンドンは髪をがしがしと掻いてから溜め息を吐いた。


「おそらく内部犯なら、まだ学園にいる。僕としては、目処もついている」


 二人の視線が、アンドンに集まる。


「とりあえず、クアクゴス」

「はい」

「お前に頼ってきたやつが犯人だ」


 アンドンの言葉に、ローズマリーは首を傾げる。


「わたくしを頼る?」


 クアクゴスは男爵家だ。貴族専科の中ではむしろ頼る側だろう。そんな自分を頼るようなことがあるなら、それは。


「花の、魔力」


 呆然とローズマリーが呟くのへ、メアリーが目を見開いた。

 精神に作用する花の魔力を求めて、ローズマリーの前に現れるなら、それを知っている者だけだ。

 魔力学を共に受けた相手、あるいは。


「まさか、先生が」

「何故そうなる」


 アンドンが溜め息を吐く。

 ローズマリーが震える手を胸の前で祈るように組んだ。


「仮に、そうだったとして、どうして」


 溢すような問いに、答えるものは居なかった。



***



 どうして。どうして。どうしてだ。どうして。だって、ずっと。ずっと。

 ずっと、自分の物だと、思ってたのに。


***



 王太子の執務室では、ラーシュがイングラムを力ずくで押し止めている。

 一方、セマニとリバートは淡々と書類を仕分けてはイングラムの机に上げていく。

 今朝からずっとその状態だ。

 昨夜、リバートから一報を受けたイングラムは、直ぐ様己の護衛騎士数名を派遣しようとして、リバートに、止められた。

 まだ『なんの関係もない』令嬢の捜索に、王太子が自分の騎士を動かすなどあってらならないからだ。

 また、大々的な捜索は憶測を呼びあり得ぬ噂を呼びかねない。

 無事に戻れたとして例えば『汚されていた』などと言われることになれば。それが事実無根であったとしても、イングラムと関係を続けるのは幾分難しくなるだろう。

 王太子、とはそういう立場である。

 イングラムもそれは分かっている。分かっていて、急く心を止められなかった。

 止められないまま、今に至って、自分で探しに出ると言うのを、ラーシュに止められている。

 いよいよラーシュが面倒になったらしく、イングラムはラーシュに抱え上げられてそのまま椅子に運ばれた。


「ラーシュ!」


 イングラムの声にラーシュはどこ吹く風だ。


「殿下、頭を冷やしな」


 ラーシュはいつもの飄々とした口調で応える。

 イングラムは深く息を吐いて柔らかながら豪華な仕立ての執務椅子に沈み込んだ。指を組んで、何処ともなく机を見つめる。


「殿下」


 穏やかに声をかけるのはセマニだ。彼の手には、イングラムの決を待つ書類が乗っている。


「貴方は、殿下なのですから」


 セマニが言う。

 イングラムは彼を見上げた。


「ままならんな」


 そして呟く。


「お辞めになりますか」

「……いや」


 イングラムは姿勢を正し、ペンをとる。

 継承権を放棄し、弟のアストラナガンに王太子を譲ることもできるだろう。しかし。


 ──私は、彼女の実らせる国がみたい


 プリムが自分を実りとするといった、その国を、隣で見ていたい。ならば、この地位にしがみつくしかない。この地位が邪魔になるのなら、いくらでも捨て去るけれど、彼女が選んでくれる要素の一つであるのならば、それは手放さずにいるほかない。まだ。

 イングラムは顔を上げてリバートに告げた。


「リバート、妹が心配だろう。落ち着くまで登城は免ずる。その代わり逐一知らせて欲しい」


 リバートは目を丸くしてから、深く頭を下げた。


「御意に」



***



 そういえば。

『本当の』プリムは、どんな人生を歩んだのだろう。

『輝きのソナタ』において、攻略対象リバートについては設定もシナリオも山盛りだけど、その家族、こと妹となっては、ゲーム中には名前もない。鈍器攻略設定資料集には名前と主人公=プレイヤーと同い年で学園で同級生であることが記されているだけ。

 乙女ゲームのライバル役なら、ヒーローの妹は鉄板といっていいけれど、そもそもザマァはないし学園パートがほぼステータス上げであるという仕様のため、出番がない。

 モブの中のモブ。リバートとのシナリオでも家族の話題は少なかった。

 主人公が選ばなかったヒーローたちにも、婚約者は選ばれ、幸せに暮らした未来が設定されている。

 そこに、『プリム』の姿はない。

 ゲームにおいて、プリムはヒーローの誰とも結ばれることはない。

 だからこそ、プリムは、シナリオにいない誰かと婚約したり、何か、筋道があったのだろう。

 シナリオにないのだから、何もなかったと言うことは簡単だろう。

 けれど、『わたし』は、プリムになってしまった。

 ゲームでほぼ語られないプリムに。

 ゲームには存在しない『わたし』が。

 ほぼ語られなくても、人生があった人に、この世界に人生のなかった『わたし』が。

 それでもいい。ここに生きたなら、『わたくし』として生きようと思ったけれど。

 プリムの未来のほかに、他の誰かの未来も、変えてしまっているなら。

『わたし』は、背負っていけるのだろうか。

『わたくし』は。

 それを、背負っていいのでしょうか。



***



 更に一晩開けた。

 変わらず、プリムの行方は知れないままだ。

 貴族専科は全員寮に待機するようにと指示が出たため、スノエル、フィリィ、メアリー、ローズマリーは朝食の席で示し合わせて、スノエルの部屋に集まった。シトラスを連れてきているスノエルの部屋が一番広かったからだ。

 エステルは、プリムの部屋に留まっている。時折、捜査員に事情や状況を説明しているらしい。

 メアリーたちも、一人ずつ話を聞かれたが、何を答えられるでもなかった。

 思い沈黙の中、シトラスが四人の冷めた紅茶を入れ直す音だけが響いている。

 思い詰めた表情のローズマリーが、顔を上げた。


「皆様は、プリム様のご無事を信じておられますよね」


 ローズマリーの言葉に、三人は深く頷く。


「わたくし、先手を、打ちたく思います」


 三人を見渡して、ローズマリーは胸元で手を組んだ。祈るように。縋るように。


「何を?」


 問い返したのはフィリィである。折に触れ涙が出てしまうので、目元は少し赤くなっている。


「わたくしは、プリム様やメアリー様と同じく魔力学を取っております。魔力は花。人の精神に作用します。ですから」


 一度、覚悟を決めるように深呼吸をして、ローズマリーは言った。


「学園全体に、『プリム様の居場所を言ってしまいたくなる』ような魔法を使います」

「無理です!」


 声を上げたのはメアリーだった。


「そこまで細かい指定なんて、そんな。それに、学園全体なんて、魔力がいくらあっても足りません」


 二人がアンドンにあしらわれたのも、それが理由だ。魔法は万能ではない。アンドンの予想通りならば、ローズマリーは待つだけで良い筈だった。


「存じております。ですから、学園全体を、少しずつ、です」

「少しずつ?」


 首をかしげてスノエルが問い掛ける。ローズマリーはメアリーの手を取って答えた。


「わたくしとメアリー様ならば、寮一つずつ、なら香りで満たせると思います」

「それぞれの寮に、『正直に話して』ってしに行くの?」


 フィリィの問い掛けに、ローズマリーが頷く。

 メアリーは歯痒さと、ローズマリーの考えに言葉を失った。個人の忠誠を捧げているのに、守れなかった。その上、解決の糸口も掴めていない。

 ローズマリーのやり方は、無謀かも知れなくても、動かないで居るよりは幾分心が軽くなる気がした。自分は、貴女を探しています、とプリムに胸を張って居たいがために。

 そう思って、メアリーは、顔を歪める。


「メアリー様? どうなさったの?」


 フィリィがメアリーの変化に気付いて、心配そうに声をかけた。


「いえ……わたくし、プリム様に、貴女をちゃんと探しています、と、胸をはって答えたいだけなのではないかと、自己嫌悪をしておりました。プリム様を探す自分の忠誠心に酔いたがっているともうしますか、それに、気付いてしまいましたの」


 メアリーが、重く低く答えると、ローズマリーは彼女の手をそっと放した。メアリーは放された自分の手で、自分自身を掻き抱く。


「わたくしは……」


 メアリーは暫く俯いて、それから、打って変わって力強く立ち上がった。


「わたくし、貴族男子寮に行って参ります!」


 その言葉に、三人に加えてシトラスも目を白黒させてしまう。


「なんで?」


 素直に訊ねたフィリィに、メアリーは一度頷いた。


「ナハト様に、お会いしたいのです」


 ぎゅっと拳を握って、メアリーが答えると、スノエルはまるで場違いなほど落ち着いてお茶の口にしてから、


「お一人では、はしたないとされるのではないですか? メアリー様もナハト様も、婚約者はおられませんから、むしろ邪推されてしまいますわ」

「それは、そうかもしれませんが」

「ナハト様にお会いになるのは、何故ですか?」


 スノエルは更に重ねて問いかける。


「ナハト様を、わたくしは疑っています」


 メアリーの言葉に、全員の視線が集まった。


「それは──」


 ローズマリーが重ねようとして、スノエルは微笑む。


「魔法を使う、魔力を持つのが、魔力学受講生だけとは限りませんわ」


 スノエル自身も魔力があることを思い出して、メアリーとローズマリー、フィリィは彼女を見つめた。

 スノエルは微笑みながら紅茶を飲んでいる。


「魔法とも、限りませんし」


 スノエルが穏やかに告げるのへ、フィリィは涙を溜めながら問い掛けた。


「心配じゃないですか?」

「心配することと、行動することと、無謀であることは、それぞれ、別のことですわ。プリム様のことは心配しております。ですが、無事だろうとも確信しておりますの」


 スノエルは優雅に告げる。三人は息を飲んだ。銀の髪に澄んだ肌、この状況での穏やかな口調は、まるで精霊の預言のようだった。


「プリム様は、侯爵家の令嬢。王家の信頼も厚く、王太子殿下との仲も良好。敵対する貴族や勢力で、手出しできる者が居るとも思えません。ですから、考えられるのは二つ。身代金や代価目的か、プリム様ご自身が目的か、です」


 スノエルは穏やかな口調のまま、深刻に事実を並べていく。


「身代金目的であれば、事実が明らかになった時に要求を出さなければ信憑性を疑われます。行方不明の便乗と思われては対価を得られませんから。それに、『身代金が必要』な方はあの時間に学園には居られないでしょう。いくら、学園祭の後であっても」


 唇を潤すようにまた紅茶を口にする。


「ですから、目的はプリム様自身ですわ。ならば、命までは取られません。

 では、犯人の目的はなんでしょう?

 プリム様ご自身が自分の意思で失踪なさった? プリム様が被害者にして犯人、ならば見つからないのも分かりますが、動機がございません。いえ、わたくしどもの計り知れないご事情があるかも知れませんけれど。

 プリム様の意思でないと仮定するなら、それは『プリム様を欲した誰か』です。それが表向き最も強く感じられるのは、わたくしは殿下とムジーク様ですけれど──魔力を持つことを除いて、何故、ナハト様だとお思いになりましたか?」


 澄んだ眼が、メアリーとローズマリーを見つめた。


「アンドン先生がおっしゃいましたの。わたくしに頼る方が犯人だろう、と。花の魔力を求める方が。わたくしのその魔力特性をご存じなのは、わたくしたちと先生以外ではナハト様だけです」


 ローズマリーが答えるとスノエルは頷いた。シトラスがスノエルのティーカップに新しい紅茶を注ぐ。

 スノエルはティーカップに手を添えながら


「疑うなら、全て平等に疑うべきですわ。魔力があり、ローズマリー様の魔力を知っているのは、わたくしも同じですもの」


 言って、にこりと笑う。

 スノエルは穏やかに紅茶を飲んでいる。メアリーはその様子を、じっと見つめる。


「ナハト様ではないとお考えなのですね?」

「それは分かりません。不自然なことを、不可能なことを、一つずつ消していって、最後に残ったことが、それがどんなに認められなくても、認めたくなくても、それが本当なのですわ」


 沈黙が部屋を満たす。

 結局何も進まないことが、メアリーは苦しい。何もできない無力感に苛まれた。


「ナハト様が疑わしいなら、わたくしも同様に疑わしい筈なのです。予断を許さず、全ての可能性を検討しなければなりませんわ」

「ですが、何も進みません!」


 泣きそうにメアリーが声をあげる。


「左様です」


 冷たく暖かく、スノエルは答える。


「わたくしたちは、無力なのです」


 悟ったように告げるスノエルに、メアリーとローズマリーは言葉を失い、


「スノエル様は、それが分かるから悲しいのね?」


 フィリィが訪ねる。スノエルはまた微笑んで、一つ頷いた。結局、四人が四人とも無力で、何もできないのを嘆くばかりだ。理解が解決をもたらさない。拳は向け先を持たない。


「それでも」


 メアリーは、静かに口を開く。


「それでもわたくしは、ナハト様に会いに行きます」

「何故ですか?」

「スノエル様の仰る通り、可能性を一つずつ消していくために、まず、わたくしはナハト様を疑います」


 しっかりと、そのエメラルドの眼差しで、スノエルを見つめた。


「しらみつぶしに、全ての疑わしきを探されるのですか?」


 スノエルは、確認するように尋ねて、


「もちろん。それがプリム様に少しでも近付くと信じていますから」


 メアリーは頷いた。


「仕方ありませんわね」


 スノエルが呟き、シトラスが卓上のティーカップやカトラリーをさっと下げる。

 やがて水の張られた銀盆が置かれ、スノエルは息を吐いた。


「気は進みませんけれど」

「お嬢様」

「いいのよ、シトラス。わたくしも、プリム様が心配だもの。

 皆様にお話ししていなかったことですが、スノーヴィは、代々魔力のある家系なのです」


 言って、スノエルはいくつかの宝石をシトラスから受け取る。


「ですから、アンドン先生は、わたくしに無理強いなさいませんでしたでしょう? それどころか、受講しないことに、それがいいと仰っていましたわ。わたくしが、『なにも知らない』振りをするために」


 三人はその告白に目を丸くした。


「水と氷。それが我がスノーヴィ侯爵家の特性です。特に、その家の娘は、水占い、失せ物探しに特化しやすく、それもあって、我が家の始祖は爵位を賜りましたわ。詳しくは、ご容赦くださいましね」

「例えば、その魔法で魔石の鉱山を見付けたりしていたんですか?」


 フィリィが問い掛け、スノエルが頷く。そこまでの精度ならば確かにスノーヴィ侯爵家が爵位を賜る理由も分かると言うものだ。


「御存知のとおり、魔法と魔力は一子相伝、あるいは、家中の秘です。お見せせぬままでいるつもりでございました」


 言いながら、スノエルは宝石を銀盆の水に落とす。


「ですが、ええ。そうですね。わたくしも、胸を張って、プリム様にまたお会いしたいのです」


 告げると、銀盆の水がさざめきだす。

 ぱしゃぱしゃと音を立て、やがて水面が落ち着くと、そこには。


「……どなた?」


 四人が四人とも、知らぬ顔が写っていた。



***



 どさり、と音を立てて少女が床に落ちた。意識はない。

 男は震える手で少女の手を後ろに回し、柔らかな布で弱く縛った。両足も同じように。

 彼女は目覚めない。

 男は震えながら腰を抜かしたようだった。どさ、と音を立てて崩れ落ちる。


「……お嬢様」


 低くうめく。

 そこへ。


「よく持った方だな」


 ガチャリとドアを開けて押し入ったのは、ヒルティス・アンドン――男が通う学園の講師だ。男は腰を抜かしたまま息を詰める。


「どうして」

「僕がいて、むしろよく魔法で何とかしようなんて思えたものだね。お陰で研究時間が減ったよ」


 アンドンが心底面倒臭いといった様子で答える。


「すぐに警備騎士がくる。諦めた方がいい」


 アンドンは、倒れて気を失っている少女──プリムをチラリと見てから、男に視線を戻した。

 男は、ぎり、と奥歯を噛み締めたが、立ち上がることは出来ないでいる。

 どやどやと少し離れたところから、人が集まる音がする。それに気付いて驚く人の声も。

 男はプリムに手を伸ばす。這いつくばって彼女に触れようとして、間にアンドンに立たれて阻まれた。

 そして部屋に雪崩れ込んだ騎士たちに男は取り押さえられ、プリムは保護されることとなったのだった。



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