表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

ドライフラワー

 うどん280円。学生には重宝する、ド都会ド都心の激せま殺安食堂の仏のような超良心的価格設定。その「くそったれに安いけど美味いかも」というロマンに賭け、見事ロマンを手に入れた若手サラリーマン、時間に急ぐさまざまな男たち。そんな男たちのド都会中のド都会、ド都心の男臭いくて油まみれのオアシス食堂だ。

 そんな男くさいオアシスに咲く一輪の花を、僕は見つけた。

 スーツを着ているということは、OL。見た目は贔屓目にも悪い目でも見ることが出来ないほど普通の20代のOLさん。疲れた表情はうっすい化粧じゃごまかされない。社員証をワイシャツのポケットに入れ、髪を後ろに束ね、モノを食すための準備は完了している。

 僕の視線および興味は一輪の花に全てを持って行かれていた。来たるべき就職は、人をあそこまで疲れさせてしまうのか、こんなオフィス街だから彼女もそこそこの企業に勤めているのだろう。なのに、あそこまで丸の内レディブランドを失えるのか? 何故、こんなレンタルビデオ店の18禁コーナーみたいな男しか来ないような食堂に来てしまったんだ! オシャレなカフェでバケットとコーヒーと何故しゃれこまない!

 僕は速さが売りのこの食堂の売りを捨ててまで、うどん一本一本を吟味して味わいながら一輪の花を観察した。

 なんと! 品書きを読まずに注文! 上級者だ。よっぽど急いでいるのならうどんだが…………

 運ばれてきたのはカツ丼! ワイルドすぎてレディの食べるもんじゃない! 完全におっさんじゃないか! 性別を除けばこの食堂にピッタリすぎる客じゃないか!

 そして割りばしを割った! しかし少し失敗している………… 割りなおすか、いや、そのまま行くか!

 まずはカツに手を伸ばす! そして熱い! ポーカーフェイスではいるがすぐさま水を飲んで応急措置に入った! 何度か温度を確認しながらカツを食べて米の通り道を作り…………どんぶりを斜めにして一気に熱いはずの米をかっ込む! そしてすぐに水を飲んで中和! 完全に流し込み体勢に入っている! なんとスピーディー! 圧倒的な女子力の低さ!

 殺安食堂で見たその完全なオッサン的非レディ的なランチタイムのインパクトは大きかった。これまでの人生で彼女の身に何が起きたのか、もっと知りたいと思ったのだがこれも殺安食堂の宿命。短時間で食事は終わる。そして、ただ食堂で他の席にいた学生が、いきなり丸の内レディに話しかけることもできるわけがなく。

 しかし数日後、僕はまた一輪の花と出会うことになる。


 その日、僕は近くのコンビニでパンと紙パックのミルクティーを購入して、ド都会の大通りに面した公園のベンチで昼食をとっていた。何故、校内で食べないのかというと、校内は全面禁煙。この公園は喫煙可。むしろ、この子供のいないオフィス街の公園のアイデンティティは遊び場ではなく、タバコを吸えるということと言っても過言ではない。喫煙者や路上喫煙に対し、異教徒狩りのように厳しいこの区において、この喫煙可の公園もまた、ある種オアシスと言えよう。

 そのオアシスは昼休みのサラリーマンでごった返し、屋外でありながら信じがたいほどの視界の悪さを誇る喫煙公園。その、喫煙オアシスの隣のベンチに、また一輪の花が!

 あいも変わらず疲れた表情、死んだ魚の目。そして今日の昼食は、コンビニの手提げを持っているということはコンビニ弁当か……相変わらず見せてくれる、女子力の低さを! 

しかし。取り出したのは……弁当箱だ! 無地のアルミの弁当箱だ! 田舎の運動部に所属する学生の軽食用の弁当箱をコンビニのビニール袋に入れて持ってきたぞ! 漆塗りの渋いマイ箸を取り出し、弁当を開けると…………

 お弁当の定番卵焼き! おかず界のリオネル・メッシから揚げ! 弁当最優秀助演賞ホウレンソウの海苔巻き! そして日の丸弁当!

 全体的に色彩に欠けるラインナップながらも、それぞれは超ど級の実力を持つ献立、さしずめ地味おかず界のマンチェスター・ユナイテッドというところか、さすが一輪の花!

 そして丁寧な三角食べ! 一品に偏ることなく全部に少しずつ手を付けて食べていく! そしてコンビニの袋に手を付けたぞ、何が出てくるか……脂肪吸収と美肌効果もある『美麗茶』だァー! 最後の一品は女子力アップには欠かせないアイテム『美麗茶』!

 最後の最後にオチをつけるとは、さすが僕の見込んだ一輪の花!

 その『美麗茶』を一気飲みして今度はポケットから携帯電話とタバコを取り出した。ストラップはDRAGON BALLの孫悟空とどっかのご当地ゆるキャラ。かわいい! かわいすぎるぞ一輪の花。

 あぁ、しかし一輪の花の様子がおかしい…………

 これはライターを忘れている! テヘッとでも言いたくなるようなシチュエーションでの一輪の花のリアクションはぁ…………舌打ち+ため息!

 おぉっとここで緊急時代。一輪の花がこっちに歩み寄ってくるぞ。


「すみません」


「はい」


「火を貸していただけないでしょうか」


 喜んで!


「いいですよ」


 タバコを加えた一輪の花の顔に手が近づく。以外に美肌! そして、一輪の花のタバコに火がつくかつかないかの瞬間に、僕は自分もタバコをくわえた。そして、勇気を振り絞って、でもそっけなくそのままライターへ。


「…………」


 当僕も一輪の花も何も言わないがお互いに同じ火でタバコに火をつけた。これは、タバコを介した関節キスの一種になるのではないのか?


「ありがとうございます」


 と一輪の花。


「いえ、自分もよくやりますから」


 と答える僕。

 タバコをくわえ、髪をかきあげた一瞬に垣間見えた、一輪の花のセクシーなうなじ。僕はもう限界だった。


「そういえば、よく見かけるんですが、この辺の会社で働いているんですか?」


 すでにスタートを切っていた。


「そういう君もよく見るけど、もしかしてR大学?」


「はい」


「ああ、そっかぁ。わたしもあそこの出身だよ。そういえば、質問に答えてなかったけど、わたしS社で働いてるからさ。近いね」


 ふふっと力の抜けた笑いの口元をよーく見ると、唇には色つきリップクリーム。

 もう、垣間見せないでくれ! 次の限界に達してしまう!


「あの殺安食堂で初めて女性を見かけたもんですから、印象残ちゃってて」


「あぁ、学生時代からちょくちょく行ってたからね」


「やっぱ女性は入りづらいですよね」


「…………」


 まずい話題に触れてしまったのか、黙ってしまう一輪の花。


「そういう場所だとは知ってはいたんだけどさ、でも女子力とか」


 次に口を開いた時は、自嘲気味な口調。まるで過去に何かあったかのような、深さのある口調だ。


「なにか、あったんですか?」


「学生時代、好きな人がいたんだけどさ、あんなとこで飯食う女子ってひくわー、って言われてさ」


 まさかこんなにぶっちゃけてくれるとは思っていなかったので、僕は発言することを拒んだ。


「だから、そうしないようにして、就職したら精一杯かわいい女子になろうとして、やっと自分を好きになってくれる人がいて、付き合い始めたけどソイツ妻子持ちでさ。もうやんなちゃって、もう、なんでもいいやってなっちゃってね」


 冗談でもいうみたいに自分の過去を話してくれる一輪の花の目には、うっすら涙が。


「もういいや、孤独に生きようって思って」


「いえ、でも、僕は好きですよ」


「ん?」


「食堂で見た時から好きでした!」


「いやいや、君は何を言ってるの将来のある若者が」


「あなたと共に歩む将来がほしいんです!」


「いやいやいや」


 と困ったように視線をそむける一輪の花。そして、一度だけ僕を見てすぐに目をそらした。


「こんな女だよ?」


「だからこそ!」


「わかった。じゃあ、とりあえずメル友と食事仲間になろう。それからだよ」


 と柔和な表情を僕に見せる。

 一輪の花と呼んでいたことを撤回する。今までの彼女は、まだ咲いていなかったのだ。真に開いた彼女こそ一輪の花、男のオアシスに咲く一輪の花ではなく、世界に咲く一輪の花になった。彼女は女性として生きることを再開したのだ。

 その絵にも描けない美しさの花、何よりも美しい一輪の花は、僕だけのものになる。

そして僕の世界も変わる。淀んだ空気の充満する空は晴れ渡り、何もかもが愛おしく感じられる。そしてその何よりも美しい一輪の花は、僕だけのものになる。


「でも、そういえばまだ、お互いの名前も知らなかったんですよね」


「そうだったね。わたしの名前は―――」


 ブロロロロロォオオオオン!

 彼女の名前は、一瞬にして騒音にかき消された。


「ヒャッハー! 今日はどいつの夢から食ってやろうかなぁ~」


 上空を見上げると。バクの乗った改造バイクが、上空を所せましと飛び回っている。そのバクのうちの一匹が僕を指差した。


「オラオラオラ~てめぇの夢を食わせやがれぇ~!」


「これも、夢だったのか」


 僕は上空をきっと睨み付け、拳を固く握りしめた。

 僕が現実だと思っていたこれは、実は夢だったらしい。夢の中では、自分が今夢に中にいるとは、バクに襲われるまではわからない。今、現実だと思っているこの夢も、所詮、世界がバクの炎に包まれる前はよく見た、リアルな夢の一つにすぎないということだ。しかし、まぁ道理で夢な訳だ。こんなとんとん拍子にコトが進むわけもない。どうせ、バク達に夢を食われてしまえば、起きた時には夢をバクに食われたということ以外は、一輪の花のことも何も覚えていない。彼女を失ったということも忘れられるのは、楽と言えば楽だが。

 でも、夢じゃなければ、こんなに愛おしい人や、晴れ晴れとした気持ちなんてきっと僕は一生味わえないだろう。


「ねぇ、僕がもし、明日同じ夢を見たとしたらまたあなたに会いたいです! せめて、名前を教えてください!」


 喉が裂けてもいい、だから僕はあなたの名前が知りたい!


「ヘヤッハー! 明日より今日だぜ~」


 下品なバクの声を最後に、僕の意識はそこで消えた。




 朝、起きるとやはり僕はバクに夢を食われたこと以外は何も覚えていなかった。

 いつも通り大学に行って、大学の中庭でサークルで知り合った彼女が作ってくれた弁当を食べて…………

 そして、いつものように眠りについた。


後に『東京悪魔』『新・東京悪魔』に流用。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ