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羽白山の戦い1


陸前国の速水家は陸後国の北に位置する国であるため、当然速水家は北側から進行してきた。それはいくつかの村を襲いながら、比較的に真っ直ぐ陸後国の真ん中に位置する陸上(くがみ)城を目指して進んでいる。


途中にあるいくつかの村を襲いながらといったが襲われていない村も多い。襲われているのは川上家に味方している武士の傘下にある村で木板則平に裏切った勢力の村はそのまま無視されている。それどころか、食糧の提供をしているとの話すら聞いた。


「おのれ…木板則平め!あ奴が手引きしたのか!自らの手を汚さずにこの国を手に入れるつもりだな!」


「そうなのか?なんという事だ…なんとかなるのか?山中?」


進軍を止めて軍の休憩中、山中虎助と義持の元に敵の偵察に行っていた山中虎助の部下が状況の報告をする。それを聞いて憤慨する山中虎助。その演技は誰も嘘だとは思わないほど真に迫っていた。


「勿論でございます。木板則平の卑劣な策略その目的は速水家に行ったん国をとらせてその後に自ら国を取るという算段でしょう。そうすることで国を奪った汚名を被らないようにしたいのでしょうが……それには大きな落とし穴があります」


「………その落とし穴とはなんだ?」


「速水家が我々に勝つことです。そして、それは不可能と言っていいでしょう!あの家は、元を辿れば商人の家です。高貴な血どころか武門の血すら無い……そんな家が川上家に勝つはずが無いのです。我々には精鋭と言える武士達がこれだけいます!それに対し相手は性弱なる足軽が殆どの部隊……いくら数が多くても話になりません」


「おぉ!やはりそうか!俺もそうは思っていたがお前から聞いて更に強く思える!頼りにしているぞ虎助よ!」


「ははっ!おまかせあれ!」


この場には山中虎助と川上義持のみ。先代ならば必ず山中虎助だけでなく村下勝真やその他の家臣も同席させたはずだ。しかし、義持は山中虎助しか呼ばない。そういう風にさせられたのだ。


こうして、また騙されていく。飛び込んだら最後の業火の中に飛び込ませる為の弁舌は山中虎助は天賦の才を持っていると言ってもよかった。しかも、幼い頃から長い期間にわたって植え付けた考え方だ。悪しき洗脳は義持から最悪の事態に備える力を奪っていた。










「歩き初めてもう丸2日だ。まだつかねぇのか?てめぇは一応軍議に参加してんだろ?ちょっと聞かせろよ」


「……はぁ、一応誰にも言っちゃいけないと言われているんだけど……。他言しないでよ?」


歩きっぱなしの状況に飽きた猿吉に肩を組まれて揺すられる。それに、屈した義元は渋々話始める。


「速水家の進行はこちらが思ったよりずっと遅かった。他の村を襲いながらというのもあると思うけど……他にも理由があるはず。それが、もう勝った気でいるっていう説と、奇襲を警戒しているのでは?という説とあるけど、僕は多分多分後者だと思うね。相手、速水家は知略で有名な家だ。唯一負けるとしたら奇襲だと分かっている。だから警戒して進んでいる…これが1番納得できる話なんじゃないかな?」


「つまりまだそれほど領内には入りきってない訳か?」


「そうだね。こうなればこちらは奇襲ができない変わりにどこで戦うのかを決める事ができる」


相手の進みが遅い分、敵の進路をある程度予測してその進路上の好きな位置に陣取れる。十分な距離を取るつもりでやるなら、何なら今から簡易な砦を築くことだってできる。


「で、どこにすんだ?」


「それは……まだ決まっていないんだよ。今日ももうすぐ軍議が始まると思うけど。……放って置くと山中虎助に平地で対戦するように兄上が唆されるかもしれない。それだけは避けなければ…」


平地は数の差が直接でやすい。数の少ないこちらはなるべく数の差が出にくい森や狭い道でぶつかりたい。また、森の中は開拓地程ではないが妖怪がでる。数が多いほど敵が多くなる。ゲリラ戦に持ってこいの立地なのだ。


その時、先頭を行く武士集団から馬が1頭こちらに走ってくるのが見える。


「軍議の時間だね。行ってくるよ」


よしっ!と気合を入れて義元が自分の馬に乗り伝令係の元へ合流する。


「……どうなるんだろうな」


「知らねぇよ。山中虎助の影響力と義元の影響力、どっちが強いかだろ?義持にゃ考える力なんぞ、持ってはいねぇだろうし」


「これで無駄死にの可能性が高ければ全部捨てて逃げたくなるな…」


「俺は逃げるぞ?義持とかいう無能のせいで死ぬのはゴメンだ」


「………ねぇ、一応国主なんだから呼び捨てじゃなくて様くらいつけてよ。足軽隊の皆だったらいいけど他に聞かれてたらと思うとヒヤッとするから」


そんな不敬すぎる2人をたしなめる長貴。最近は猿吉の影響か図太くなったのか直家も怖いもの知らずになってきた。そんな2人に最近は特に長貴の胃が痛い。


「大丈夫だよ、こっちは蛍がいるんだ。なぁ?」


「そうっすよ。面白そうな事になるなってこと以外はとめるっす!」


「それが信用出来ないんだよ!」


今度は頭を抱える長貴。こんなところに来てもリーダーとしての苦悩は尽きない。後ろにいる青海と千雪達は苦笑いをして、同情気味だ。岩蔵達はどちらかと言うと猿吉、直家側なので何がいけないのか首を傾げている。そんな人たちを見ると、開拓者を長くやり続け過ぎると、人間社会に溶け込むのが難しくなるのかもしれないと思う長貴であった。









それから時が少し経ち、義元が参加している軍議は白熱していた。まだまだ、敵の進行は遅く有利な場所で戦を始めることが出来る状況である。


今軍議で出ている案は三つ。そのどれを取るかで揉めて話が進まなくなっていた。


「何度も言うけど僕は羽白山の最も深い位置…そこで部隊の広域に展開して敵を休ませずに攻撃し続ける。地の利はこっちにあるし、先に布陣できる分罠や簡易な砦だって築ける!また、道が細く大軍が進みにくく上手くすれば敵の軍勢をバラバラにできる」


義元が提案している作戦、要はゲリラ戦だ。山の中に引き込みそこで敵を討つ。木々の生い茂る山や森の中では整然とした軍隊の行動は難しく、道も狭いために数の差が出にくい。それは、数の少ない川上家に最も適した戦術と言える。


「ほう?義元様は我々は正面からぶつかったら負けると、そう仰るのですか?」


「……それは…そうでしょう。数が違いすぎる。敵が足軽隊ばかりではなく、こちらより多い数の武士隊もいるのですからこっちが敵の武士の2倍強くても勝てません。そのくらい、山中虎助なら分かるはずですが?」


「ふぅむ、どうも我々を見くびっているようだ。義元様は残念ながら戦に臆しておられるようだ。義持様、ここは平地で敵を待ち正々堂々と戦いましょう!そして、打ち破った暁には天下に我々の名が響き渡ります。義持様の名が神室家の当主にも届くはずです…」


「そ、そうなのか?だが、義元の言う通り数が敵の方が多いのは確かだ。勝てるにしても念のために……」


「なりません!義持様は川上家の高貴な血を、武門の矜持を持っているはずです!そのような事をしては末代までの恥!」


「……うぅむ…」


「……何が高貴な血だ!そんなもので戦は勝てない!それは、お前が一番分かっているはずだ!よくもぬけぬけと!すこしは、まともな反論をして見せろ!」


終始、義持を誘導することしか頭にない山中虎助に遂に義元がキレた。それに対し、ほぅ、と一言呟き義持から目を離し初めて義元と目があった。


「ならば、言わせてもらいましょう。確かに義元様の策は悪くはありません。むしろ、優秀です。まぁ、最善手と言えるでしょう。しかし、それは誰にでも思いつくありきたりな作戦です。何が言いたいかといいますと……その作戦は敵も思いつくということです。相手は速水家だということを忘れてはいませんか?相手は知略を重要視する家です。我々と同じような軍議で敵がどのような事をしてくるかある程度想定している事でしょう」


ニィと醜悪に笑い、若造が、と嘲りの表情と声で言っているのが分かる。そして、義元の一番突かれたくない所を突かれた。


「もう少し具体的にいいますと、その作戦の穴は2つあります。一つは、まず敵が山に入らない事。大きく迂回することになりますが羽白山を通らない道は確かにあります。そして、コレは十分ありえる事です。そうすれば、慌てて出ていった我々が敵と不利な状況でぶつかることになるかもしれません。こちらが逆に誘き出されるなんて、笑えますよ。そして、もう一つ。その作戦が成功するためには敵の軍勢が細かく分裂する必要がありますが、敵がそれを警戒していて、追撃を避けた場合、こちらが思ったような戦果が得られないでしょう。山の中でも、敵を無視して進むことは出来ます。そのままこちらの攻撃を無視され続けて山を越えられたら?そして、ほぼ確実に敵の将はそれを足軽に徹底させるでしょう。もっと言えば、そんな状況でさ警戒して敵の将は奥に引っ込んでしまいます。将が討てなければ意味が無いのでは?」


「……………しかし」


確かにその通りだ。それが、義元が懸念した内容。しかも、ほぼ確実に敵はそれを備えるだろう。しかし、何もせずに平地で待ち構えるのと、もう一つの案よりは遥かに現実的だ。


「……軍略、戦略、策略。陳腐、無粋、無意味。……お前らがそうだ」


義元と山中虎助の討論が激しくなってきた所で、暫く黙っていた男の口が開いた。村下勝真である。


「お前らの策は全て小手先。そして、受けだ。やるなら、徹底的な攻め、乾坤一擲、一撃必殺、反撃の隙など一切与えないほど速く敵の将を討つ。敵の警戒など気にするものか、そんな薄い壁を越えることなど俺なら容易い」


これがこの男が提案する第三の提案。遮二無二に突撃である。


「おぉ、村下勝真!流石頼りになる。俺にはお主の策こそが我々武士の本領を発揮できる策に思えるが…山中虎助はどうだ?」


そして、この策と言えないような策を気に入っているのは当主である義持。あまりにも酷い作戦に答えに窮する山中虎助。はっきり言って無謀だ。後のことなど一切考えてなどいない。将の首を取ることのみの作戦。味方の被害や、失敗した時の事などは頭に無いようだ。


「…………」


「…………」


これには、山中虎助も義元も無言で目を合わせる。この作戦は両者に取ってよろしく無いのだ。川上家の存続を考えるなら持久戦に持ち込むべき。その考えをもつ義元は賭けには出たくない。そして、山中虎助も下手したら本当に打ち取れるかもしれないような作戦を許可したくない。そして、突撃しだしたら逃げることが出来なくなり、最悪命を落としかねない。このような所で命を落すつもりなど毛頭ないのだ。


「それは…」


「取り返しが…」


「死を恐れるか虎助。策略に頼るようになってからは惰弱になったのではないか?……義元様、敵の意表を突かねば勝ちを得ることなど不可能。この戦は負けなければよいと、お考えでは?断言します、違うと。この戦、勝たなければ負ける」


力強い声、覇気に満ちて己の考えが絶対だと信じているかのようだ。


「しかし、それは賭けの要素が大きすぎる…。村下殿、貴方が強いのは十分以上承知している。しかし、貴方が強く死なないとしても他の者は死にます。そして、その犠牲は例え成功しても多大と言ってもいいと思うのですが?」


その反論に口角を上げて嬉しそうに微笑んだ後、また厳しい表情に戻る。


「やはり、義元様は賢い……しかし。犠牲無き勝利など皆無。それは、策略家の妄想だ。そんなものは存在しない、あるのは戦場の、より多大な犠牲を払える覚悟を持つ勝者のみ!勝つのは強者にあらず、犠牲を払った者だ」


「「っ……!」」


そう断言する村下勝真は今までに見たことが無いほど力強く、そして大きく見えた。その覇気に気圧され山中虎助すら何も言えない。


齢80を数え、戦乱の時代は経験をした過去の武者を知る村下勝真。本物の武者の阿修羅の如き戦いを知る数少ない武士である。神室幕府が開き各地で大規模な戦は無くなったが、平和になった訳では無い中、川上家最強の矛であり続けた男である。この中で唯一戦が何たるかを最も知るのだ。その男の言葉は重い。


そして、その様子に一番感化されたのが義持だ。顔を紅潮させ、本物の武者の姿に興奮していた。この姿をみて、不味いと思った山中虎助は妥協策にでる。


「………分かりました。村下殿のお考えに従いましょう。しかし、失敗は許されないため、一度試してみるのがよろしいかと」


「言ったはずだ。乾坤一擲だと。1度で全力だ」


「それは駄目です。敵の将を討ち取る前に義持様や義元様が万が一にも討ち取られたらどうするのですか!なので、一度村下殿が選抜した150名で奇襲を敢行して、その結果で全軍突撃かどうかを決めましょう」


そう言う、山中虎助をじっと見る村下勝真。この突撃作戦は敵の意表をつき全力でやるから効果が生まれるのだ。しかし、1度やって将が討てなかったら2度は通じないかもしれはい。これは、上手く村下勝真の策の威力を殺して潰す狙いがある。


それを見透かされて、冷や汗がでる山中虎助だが。すぐに重圧感は消えた。


「………分かった。だが、200だ。それ以下は認めん」


「……分かりました。では、場所は…」


「それこそ、羽白山の麓!失敗して退くときに敵が追撃してきたら山に誘き出せる!追ってこなけれ、それでよしでいい。どうだ?これで、文句は無いだろう?」


「……そうしましょう。私が申した穴を埋めたのです。文句などありませんよ」


「ふんっ、そんなものは必要無い。この一撃で決める」


こうして、長い軍議が終わりようやく作戦の大まかな部分が決まったのであった。明日、羽白山に布陣し夕方から夜にかけて敵が到着する計算だ。その時、全てが決まる。


それぞれの思いを胸に作戦は動きはじめていくのだった。


なかなか戦が始まらないね!

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