出陣
ちょっと長いです。
速水家の話をしよう。
100年以上前、神室家が全国統一を成し遂げた時の功労者の1人である速水家初代当主、速水 智一により商人上がりのでありながら陸前国という国を得た。初代の智一は卓越した戦略眼と指揮能力、商才があった。その才は神室家の発展、支配の維持に大きく貢献したのであった。
神室家の臣下の中ではトップクラスの頭脳派であった。しかし、生まれが商人だということもあり、本来はもっと中央の肥沃な国を与えるだけの勲功を上げていたのだが、周りの嫉妬を買うことをよしとしなかった智一はそれを願わず、この島国の最北端である陸前国を本人が希望した。
陸前国というのは都である大門京とは大きく離れているため、最先端の情報が入りずらく、人口も中央に比べて数段見劣りする。そのため、国のほとんどが妖怪達がひしめく山や森に囲まれて、田を作るだけの平地が少ないのだ。当然、年貢である収入も期待は出来ない。正直、誰も手をつけたくない土地である。
ここを選ばされ、さぞ心持ち晴れやかではないだろうの思いきや、これには智一の強かな計算があったのだ。
まず智一が手を付けたのは、陸前国に広がる妖怪達の縄張りである山林、開拓地の開拓である。本来は、下手に開拓地に手を出すと手痛いしっぺ返しが帰ってくるものだが、それも妖怪のヌシ格を殺せばそこら一帯の抵抗力が弱くなる。問題は精強な武士達をして化け物と言わせる、妖怪のヌシをどのように倒すか。
その難題を、智一は神室家で働きながら副業の金貸しや武器売買で築いた巨大な富。それを湯水のように遣い、各地から腕利きの開拓者を集めて圧倒的な数で開拓地を凄まじい勢いで開拓していった。その勢いは3日あれば山が禿げると言われたほどで、開拓者達も富を築きその噂は全国に広がった。戦国が終わり、戦いしか知らない失業者が多かった時代、それらは大挙して再度夢を叶えるため陸前国に向かっていったという。
この時代でありながら智一は経済の何たるかを熟知しており、開拓者が増え土地が増え人口が増える、そしてまた開拓者が増えてと好循環を生み出し智一が死去するまでの30年間、人口と年貢が増え続けたのであった。更に増えた人口とは町となり城となり、そしてそれはいつしか中央部の大門京と繋がるだけの商業圏を築き上げた。海上ルートも新しく開拓し陸前国が直接大門京に繋がるようなシステムすら考えていたという。
荒地に罪人の流刑地とされた時期もあった東北の辺境が、今では東北地方2番目(ちなみに一番は山城国)の石高の高さを誇っている。そして、経済収入はもっと多い。
と、まさに黄金期と言ってもいいほどの発展を遂げた陸前国と速水家。しかしそれは、初代当主である速水智一の死去と共に終わりを告げた。
ちょうどその時には潤沢にあった資金は底を尽き、投資の勢いが鈍り出したのだ。バブルといっても良かった空前の好景気は一気に崩れだした。開拓できる所は開拓し尽くした開拓者も国から離れ、人口もジリジリと減っていったのだ。それでも、充分以上の国力を身につけてはいたが。
そして、今日に至るまで70と数年。今の当主は4代目、初代のような才を持つ者は1度も現れることは無かったが、初代の考え方は今代に至るまで脈々と受け継いでいる。重要視するのは個人の武勇ではなく数と戦略。それだけの多数を支える経済力、商才である。そして、武士でありながら商人上がりの血が残っているのか初代の影響か、武勇より知略を重要視する家である。
まさに、隣国でありながら川上家とは真逆の考え方を持つ家である。反りの合わない家同士なのでそれほど交流は無かったが、ここ10年は互いに周りの状況がきな臭くなり要警戒をしたまま、ほぼ交流は皆無であった。
互いの交流が無いまま、飢饉が起きて民を見捨てて裏切られて国の大半を奪われた川上家と、足りない食糧を金で買ったりし、何とか国を持たせた速水家。いま、川上家と速水家との差はここ100年で一番開いたのだった。
そして、今代速水智頼は戦国の到来をいち早く察知し隣国への攻め時を今か今かと窺う狡猾な性格をしているという。初代の辺境で満足した考え方を更に発展させ、いつかは天下へ覇を唱える為の布石だと考え野心を燃やし、今出陣する。
「貴様らぁ!喜べ!お前らのような無能に名誉ある仕事が回ってきたぞ!命を捨て、全てを川上家に捧げろ!そうすれば、なんの意味の無いお前らの生に尊い意味が生まれる!初めてな!さぁ!………」
三の丸、広場。かれこれ半刻近くは喋り続ける宮川。顔が紅潮し喋っている自分に酔っていることが分かる。その割に、具体的な話は無くただ川上家のために命を捨てる尊さだけを説く話には聞く価値は無い。周りの足軽達も眠そうにしていたり、はなから聞いていない者もいたり、別の事を喋っていたりと、誰1人真面目に聞こうとという者はいない。
「逆に感心するぜ。同じことを言葉を変えてあれだけ言えるのは一種の才能だ。クソつまらねぇよ」
「つまらないじゃなくて苦痛だな、全員集めて何をするかと思えば……敵が攻めてきたんだろ?誰がどのくらいの数で何処を攻めて、俺達は何処に行くのか……知りたいことが何も知れないのに時間だけが過ぎるのは無駄以外の何物でもない」
猿吉と直家の不平不満は止まらない。半刻(1時間)近く無駄話を聞かされるのは、直家は校長先生の長話以来でしかも立ちっぱなしだ。猿吉は元来の性格だろう。二人共何だかんだ無駄な時間が嫌いなのだ。
「2人共…もう少し声の大きさを抑えてよ。聞こえたら面倒だよ…」
そう注意する長貴も心無しか疲れた様子。身体ではなく精神が疲れるのだ。
「そうよ、これ以上の面倒事はごめんだわ。あの、宮川って人粘着質そうだし…」
「うぬ……流石の俺も少し眠くなってきた…これ以上長くなるようならやめてくれ…」
それぞれ、戦が始まる前にもう疲れたような表情をしている。何故か意味の無い長話を聞かされる側は思った以上に精神が疲れるものだ。
そして、話は少しずつ変わっていき宮川の悪口から川上家の批判へ、そしてただの誹謗中傷に変わっていくまさにその時。
「お二人さん。その話はそこまでにしたほうがいいっすよ」
蛍が突然2人の話を止めた。何故いきなり止めたのか訝しんで後ろを振り返ると面白そうな顔をして話を盗み聞きしていた義元が少し、話が聞き取れるか聞き取れないかぐらいの距離にいた。そして、義元は耳がいい事は直家達は知っている。
サァーっと顔が青くなる直家達。猿吉だけはだから何だと開き直っていたが。
「あれ?気が付かれていたの?上手く変装したつもりだったんだけどなぁ」
「舐めないで欲しいっすね。あのくらいすぐ分かるっす」
忍者のプライドだろうか。しかし、気がついていたのであればもっと早く教えてもらいたかったのだが。蛍もニヤニヤとしているのを見ると自身も楽しんでいたのだろう。分かっていたが、性格が悪い。
「ちぇ、渾身の出来なんだけどなぁ。見てよこれ、どっからどう見ても他の足軽達と区別つかないでしょ!」
「まず、草鞋が新しく上物。それに装備、服が綺麗過ぎるっす。1回そこらの地面をコロコロ転がるがいいっすね。そこまでやっと始まりに立てるっす」
「へぇ…詳しいね。開拓者じゃなくて忍者みたい…」
確かに、蛍の言うところを見ると違和感があるがその他大勢として見るとまず気が付きはしないほど些細なものだ。それに、蛍よ。煽てられて口が滑り過ぎて正体がバレてるぞ。変に気が抜けているウチの蛍はアホの子か切れ者か今だに分からない。
「まぁ、分かってて聞かせていたってことは聞かせてもいい事なんでしょ?あーあ、つまんないの…。僕に話せないほどの本音を聞き出せたと思ったのにさ」
「聞き出せたって、盗み聞きだろうがよ。心配すんな、聞きたきゃ話してやるよ今の続きを」
「やめようか、猿吉くん。……失礼しました、不敬で処罰されても文句はありません」
長貴が深々と頭を下げて、謝罪をする。内容的にはかなり過激で、その張本人に近い人物に聞かれたとなれば普通はそのまま無礼討ちされても何も言えない。
「いやいや、いいよいいよ。そういうのいいから、僕が聞きたくてやってるだけだしね。それに今聞いた内容でもかなり参考になったよ」
「お許しいただき感謝の言葉もありません。……一つ質問してもいいでしょうか?」
「うん?うん。なんでもいいよ」
「義元様は川上家の現当主の義持様の末の弟君。失礼ですが、義持様と仲がそれほどよろしくないという噂もあります。なのに、何故民の声を熱心に聞こうとするのですか?」
「フフフっその質問、君は僕が当主の座を狙ってるとそう思っているから出た質問だよね?そうだね…僕は川上家の長い歴史を知っている。名門武家の自覚だってある…だからこそ滅ぼすわけにはいけないんだ。そのためには、色んなタイプの人間がいたっていいと思う…ってのが僕の考えさ。僕の出番は無いかもしれない…だけどいつか来るかもしれないその時の為に力を蓄えないと……………」
遠い目をして覚悟を秘めた面持ちで話す。義元は義元で、また別種の川上家への思いがあるのだろう。そのため出来ることを全てやる。己の道を決めて進んでいく、いつ報われるか芽が出るか分からない努力を積むことが義元の武士道なのだ。それは、直家達から見て高尚で高潔。そう思った瞬間、ふにゃりと表情が緩み幼く見える容姿に戻った。
「っていう名目で楽しんでいるだけだよ。僕はイタズラが大好きなんだ。人の驚く顔は格別に面白いものだからさ」
最後を台無しにしてくる辺り、道化の匂いがする。全て有耶無耶にして実力を今も隠しているのだろう。それが、本当に無能だからか、何かの爪を隠しているのか、それは今の直家達には判断出来ない。
「さて、君達の驚く顔も見れたし…そろそろ皆にもネタばらしをするかね」
そう言って、まだしゃべり続けていた宮川の元へユラユラと歩き出していく。その顔は、これからやるイタズラの反応を想像してニヤニヤとしていた。
「……やってる事はまるで子供だな…」
「川上家一のうつけ。前に武士達の会話を盗み聞きしてた時の言葉っす」
そう、補足情報を出す蛍。ウキウキが背中から見ても分かる、イタズラ小僧。小僧という年齢ではないが。
「どっちでもいい。俺も次から起こる事を見るのが楽しみだぜ」
義元が向かっているのは宮川の元。……確かにその通りだ。直家も自然と口角が上がりこれから起こることに注視する。そんな2人を見て、青海と顔を見合わせて苦笑いをする。確かに、義元には直家と猿吉に通じる物を持っていた。
スタスタと宮川の元へ近づいていく義元。何処から取り出したのか黒い陣笠を深々と被り顔が見えないようにする。かなり距離が近くなってからようやく気がついた宮川、話を妨害されて機嫌が悪そうだ。
「なんだ貴様!今は大事な話の最中だ!邪魔をするな!奥へ引っ込め!全く…無能共の集まりでもさらに貴様はとびきりの無能だ。これほど大事な話を途中で遮るなど……今は亡国の危機だぞ!分かっているのか!」
「その亡国の危機にこのような無駄な話を長々と聞かされる……、それこそ害悪だろう!お前には川上家を守る気がないのか!事態は一刻一秒を争うのだぞ!今こうしているうちにも領内に侵入されるかもしれない!その責をどう負うのだ貴様は!」
「なっ!たかだか足軽風情が!舐めた口を聞くなぁ!」
今度は顔が怒りで紅潮し義元を睨めつける。顔は見えないように陣笠を被っているためにまだ気が付かない。そして、声もいつものより数段低いため声だけでは分からないだろう。
「ならば問おう!その長き話になんの意味があった!答えろ!そして、周りを見てみろ!誰も貴様の話など聞いてはいない!そんな事すら分からんか!」
「き、貴様!無礼にも程があるぞ!おのれ!そこになおれ!手打ちにしてくれるわ!」
「なんの意味があったと聞いている!答えろ!」
鞘から刀を抜き義元に向ける宮川。それをみて、傍観していた他の足軽達が今までの不満を一気にぶつけるように声を上げだした!
「そうだ!そいつの言う通りだ!答えてみろ!」
「答えられねぇのか!偉そうにしてそれか!」
「武器を抜いたな!もういい!我慢の限界だ!テメェらアイツを殺させねぇぞ!守れ!それでも来るならしょうがねぇ!農民だからっていつまでも頭を下げてると思ったら大間違いだからな!」
この足軽隊の指揮権、大将は宮川のはずであった。しかし、今は今現れたばかりの1人男…義元を守るように周りを硬め、宮川を睨みつけながらそれぞれ武器を構える。足軽達の不平不満を利用して一種で宮川から指揮権を奪い取った。
「お前!勇気あんな!見た時ねぇ顔だが!気に入ったぜ!腹は決まったからとことんやるぜ!」
「き、貴様ら!俺が大将だぞ!指示に従え!そこを退け!俺に武器を向けるな!」
「何が大将だ!貴様にはその資格は無い!今は川上家の存亡の危機!貴様には任せておけない!」
「な、何なんだお前は…急に現れて…。……いいのか!儂を推薦した山中殿が黙っておられぬぞ!貴様も知っておろう、川上家次席の強さを誇る山中虎助様の名を!」
「今度は虎の威を借りたか……あまりに醜い!そして、山中こそが諸悪の根源だということに…気がつくはずが無いか…お前は……」
「い、いいのか!いいんだな!言うぞ!山中殿に!貴様らなど全員!全員だ!首が飛ぶぞ!皆殺しだ!儂に歯向かった奴ら全員!」
完全に化けの皮が剥がれた宮川。あまりにも醜い醜態を自覚無しに晒している。そこで、ニヤリと笑う義元。
「ほう?一家臣の分際でこの俺を裁けるのか?ねぇ、宮川?」
その時、陣笠をサラリと取り払い素顔を晒す。その顔は会心のイタズラが成功したとばかりに輝いていた。
「はっ!?義元様!何故!あっあ!えっ!」
状況が把握しきれていない宮川の醜態、それを見て腹を抱えて笑う義元。
「ご、ご無礼をお許し下さい!……それより何故!あのような真似を?どういうおつもりですか?」
「どういう?全部言ったじゃん。宮川」
「それは…どういう」
「だーかーらー……すぅ、宮川!お前から足軽隊の指揮権を剥奪する!…指揮権を僕が引き継ぐよ」
「ば、馬鹿な!そんな事が、山中殿がお許しになるはずが………」
「へぇ?当主である兄上より先に虎助が出てくるんだね、宮川は」
「あ、いや!」
「もういい!喋るな!」
「あぐっ」
言い訳を喋ろうとした宮川を黙らせ、スタスタと宮川を押しのけて高台に出る。そこで足軽隊の皆の方を振り向く。
「君達!川上家には思う所が沢山あるとは思う!僕も沢山あるからね!でも、このまま相手に支配されたら家族が奴隷にされたり殺されたりする!この戦国の世、敗者の道は決まっている!嫌だろうみんな!僕は絶対に嫌だ!今は、今だけは川上家の指示に従ってほしい!それがどうしても嫌なら僕についてきて欲しい!僕の名は、川上義元!現当主川上義持が弟!今、この瞬間から足軽隊は僕が大将だ!」
「おぉぉ!当主の弟君が直々に率いるのか!スゲェぞ!」
「いいぞ!ついて行ってやるよ!宮川は嫌いで、川上家は大っ嫌いだが!お前は気に入ったぜ!」
うぉぉぉぉぉぉ!!っと、興奮し声を上げる足軽隊。ガクリと膝をつく宮川の権限の全てを奪い去った義元。それは、足軽隊の心も掴み宮川以上に足軽隊を手中に収めたのだった。
「すげぇ…な。ただのネタばらしで終わるかと思ったら、全部持っていきやがった」
「狙ってたのかな…これを」
「両方かもしれないね。イタズラと指揮権を奪い去る事。趣味と実利を兼ねたとか……それは、流石に考えすぎかな?」
「フッフッフ、さぁどうだろうね?」
その時いつの間にか壇上から降りてきたのかすぐ目の前に移動してきていたようだ。不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「神出鬼没な野郎だな。油断出来ねぇ…」
冷や汗を浮かべる猿吉。確かに振り向いたら後ろにいるのは心臓によろしくない。
「そりゃそうさ。これから色々準備があるんだ、ずっとぼーっとのしてる訳にはいかないよ。兵糧、武器、編成、募集、無駄にしてる時間はもう無いからね。それで、お願いなんだけ……」
「お願い?」
「うん、手伝ってくれない?親父殿と一緒に働いた時があるんでしょ?」
「親父殿?もしかして……」
「あぁ、うん。僕の教育係が秀三、親父殿だったんだ」
なるほど、納得した。なぜ、川上家でこの男だけがまともなのかがようやくわかった。教育とはそれを行うものに多大な影響を受けるのだと改めて思う。そう言えば、昔は上級武士だったと聞いた事がある。その時なのだろう。
「もちろんタダとは言わないよ。こちらが持つ情報をなんでも提示すると約束する。それこそ川上家の機密までね。君たちはそっちの方を知りたそうだ。どうだい?」
ニヤリと笑い、絶対に通るだろうと確信した顔でこちらに提案してくる。いつバレたのか、こちらが情報を集めていた事を。それを知った上でこの提案をしているのだとすれば……なるほど、この男は間違いなく本物だ。
速水家が迫るなか、今までの隠されてきた才覚が目を覚ます。山中虎助が川上家に刺した毒針を抜き滅びの運命に抗う一筋の光明が差した瞬間。骨抜きにされた柱の一つが山中虎助の知らぬ所で復活したのだった。
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