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迫る戦の影


川上家当主、川上義長が病で死去したという報告が直家達に届いたのは密談の日から6日後である。


それにともない、今日は足軽隊の訓練は中止……といっても宮川になってからたいした事は何もやれていないのだが。その宮川本人が号泣しながら報告を聞き走って行ってしまった。


葬儀は手早く終わらせて、次の当主である義持がその座についた。そして、背後にいる山中虎助の名を何度も聞いた。それを聞いた三の丸の広場にいた直家達はほかの足軽達と距離を置き丸まって話し合っていた。


「すげぇ怪しいな…。本当に病で死んだのか?」


「さぁ?僕もその可能性は低いとは思うけどね。毒殺がいい所じゃないかな?」


「毒殺だったらこのタイミングで殺した事に何か理由があるはずだ。何かあるぞ?足軽隊を弱体化させて、次はどうする?」


「次は、次は…秀三様の言う事を真に受けるとたしか村下勝真を殺すことじゃないか?」


「直家にしちゃいい線いってんな。俺も同じだ。でも、どうやってだ?あのバケモンを殺すって並の方法じゃむりだぜ?」


「忍者の私からすると毒殺とかが1番手っ取り早い気がするっすね」


「そんなん、あの山中とかいう野郎が試してないはずがねぇ。効き目が無かったんじゃねぇか?」


「本当に人間かソレ……」


「うちの中で1番人間離れしてる直家が言っても……」


凄まじく心外だ。少し丈夫なだけでここまでいわれるのか。まぁ、確かに山の中に生えていた毒草を間違って食べても身体になんにも変化無かった事があるけどさ!


「一番考えられるのは戦の中で殺す事だな。俺の予想では次はあのバケモンみてぇな男が死ぬ程の過酷な戦に駆り出される…とかじゃねえか?」


「考えたくも無いね…」


「しかし、それを考えて対策をたてねぇとなにも考えられない身体になっちまうぜ?下手すりゃ全員」


うへぇといったうんざりとした顔を隠そうともしない皆。正直に言うと前の戦だってヒヤリとする瞬間が多くあった。だというのに、もっと規模の大きいだろう次はどんな戦になるか予想すらつかないのだ。ただ、分かるのは全滅する危険が前より遥かに高いということ。嫌にならない人はいないだろう。


「しかし、対策って言ってもな…。どんなことをすればいいんだ?」


今の猿吉の話だって仮定の仮定だ。それ以外にも色々な可能性がある。そればかりに決めつけて力を入れすぎてもほかの事に対応が出来ないし、例えそれが本当の事でもどのような対策をたてればいいのか。直家達は川上家の軍事に口出しできる訳がなく、言われた事に従うことしか出来ないのだ。それにしたって、伝えられるのは直前ときた。


「唯一川上家の話を聞ける秀三様は討死してしまったからね…」


「あの宮川とかいう人じゃ話なんて聞きはしないのは目に見えてるしね」


「うぅむ。どうにか川上家の動向をしる者が近くにいればいいのだが…」


情報が足りない。これから起こることのもっと正確な情報が。それを手に入れる伝を直家達は何も持っていなかった。そのまま、何もわからないまま戦に駆り出されるのを待つだけとこの時はそう思っていた。


「義元様!いけませぬ!このような下賎な者共を見たいなど!義元様の知る必要の無いほど価値のない者達です!ささ、戻りましょう!」


「しつこいなぁ、いいだろ見るくらい。報告書では、足軽隊のいい所なんて何にもないって言ってたけど他の国では足軽隊が大活躍してるって聞くし、興味があるんだ。それとも何?川上家当主義持兄さんの兄弟である僕を君は止めること出来るの?いつからそんな権力を持つようになったんだ?宮川?」


「い、いえ!滅相も御座いません!それほどご興味があると思わずに出すぎたことを!申し訳ございません!ささ!どうぞ、こちらです」


突然現れた川上家当主…あの高慢男の義持の弟である義元という男。まだ、顔つきは若く直家達とあまり変わらない様子だ。といっても妖力の量で実年齢など分かりはしないのだが。遠目で見る限り身体は鍛えられてはいるがまだまだ発展途上と言った感じで身長も高くは無い。全体的に子供っぽい感じがする。


それにしてもあの嫌な宮川という男の顔色が真っ青になり身体が震えているのを見るとかなり愉快だ。それだけで、顔がにやける。


「はっ!ザマァねぇな」


「おい!聞こえるぞ!」


「聞こえやしねぇよ、このくらいじゃな。バーカバーカ!そのまま首をはねられて死ねカス野郎!」


「だからやめろって!」


互いにあの2人に聞こえない音量で話す直家と猿吉。実際にかなり距離は離れていた。直家が心配したのはどちらかというと挑発的な行動の方だ。


「……ははっ、宮川」


「は、は!」


「君、嫌われてるね」


「は、い?いえ、普通かと思いますが?それに下賎の者共に何を思われようと…」


「あぁ、もういいよ。秀三の時より人数は3分の2になって食糧、給与の支払いが滞っているっていう報告が上がってるし」


「…………………もう、よろしいのでは?そろそろお戻りに」


「いや、まだだよ。何人かに話を聞聞きたいからね」


「っ!?なにを!あのよう「あーあー。うるさい。騒ぐな」うぐっ」


「さてさて、誰にしようかな」


周りを見渡す義元。近くにいるものはひれ伏し、遠くの者は目をそらし場所を移す。


「あれ?僕も嫌われてるのかな?何もしてないのに」


首を傾げて更に周りを探すがいい人は見つからない。ならばと、首を回し直家達の方を見る。


「げっ!こっち見たぞ!」


「というか、こっち来たぞ!」


「流石に…ここから逃げるのは不敬だね…頭を下げるか」


直家達は義元が近づいてくるのを見て地面に伏して義元の到着を待つ。


「やぁ、さっき悪口を言ってたのは君だね。僕は昔から耳が良くてね、面白かったよ」


聞こえてんじゃねぇかよ。っていう目で猿吉を見ると苦虫をかみ潰しているような表情でこちらを見返してくる。


「あぁ、楽にして。ていうか、立っていいよ。喋りにくいでしょ?」


「義元様!何を!」


「僕がいいって言ってる事に文句あるの?」


「い、いえ。何でもありません」


「…………いいんだったら立つぜ俺は」


「おい!」


スクっと立ち上がる猿吉。それを止めようとした直家も反射的に立ち上がってしまった。


「あ…」


「ふぅ、お言葉に甘えて失礼します」


そんな直家と猿吉に溜息を吐きながら、立ち上がる長貴達。


「へぇ、ほかの人達とは違って君たちは戦いなれてそうだね?人数も多いし傭兵?今の足軽隊にはそういうのはいないって聞いてたけど?」


そう、興味深そうに聞いてくる。身体は大人のようだが、態度や行動が子供ようでこちらも宮川や川上家の高慢な武士達と比べて話しやすい。


「いえ、違います。開拓者です。この国に生まれた者として川上家を守ろうと今ここにいます」


「ふーん…」


「ほう。開拓者風情にしては良い心がけだ。その命をこの家の為に使えよ!それは、名誉あることだからな」


「宮川は黙ってて。いや、どっか行ってて。邪魔」


「な!それはな「聞けないの?僕の命令?」は!はい!」


顔色が失せた宮川が走って離れていく。そうするとニコッと笑顔になり再度同じ質問をする。


「さ、邪魔者いなくなったし。本音でいこうよ。僕は本音を聞きたいんだよ。どんな悪口だって構いやしないよ、絶対に罰したりしないから」


そうは言っても…と、顔を見合わせる直家達。そこで、いち早く猿吉が切り替えた。


「このクソみてぇな川上家に対する本音なんて、不満を言うのと同じだ。きりねぇよ」


「おい!」


凄まじい不敬な発言。そのまま首をはねられてもおかしくないほどの内容。恐る恐る義元のほうを見てみるととてもいい笑顔でこちらを見ていた。


「いいね!そういう風に言ってくれる人を探していた。何でも言ってくれよ」


「嫌だ」


「へっ?」


本当にへっ?って感じで直家も止まった。今の事を水にながし話を聞いてくれるというのにそれを拒否するなど、何を考えているのかと猿吉を見る。


「義元つったか?いい事を教えてやる、人に情報を求めんだったテメェもなんかしらの情報を寄越すべきだ」


「な、何を言ってるんだい猿吉君!いくら何でもそれは不敬だよ!」


「これが、この男の望んだ事だ。これで駄目だったら頭を下げて気分が良くなるような言葉をいくらでも吐いてやるよ、本音は1個も出さねぇがな」


「…………プッ…ハハハッ!いやぁ、面白いね!僕がこういう人だって分かってて試したね?君には権力というか強い力に屈しない人なんだ。いやぁ、これは拾い物だよ」


また、目が点になる直家達。これだけ言われても怒るどころか笑い飛ばすような人など武家の棟梁である大名家の一族にいる事に驚いている。川上家のような態度も稀だが、この男、義元も中々いる者じゃない。


猿吉は賭けに勝ったのだ。この男はこのくらいじゃ怒らないと。


「で、だ。テメェが出せる情報を出せ」


「義元だ。名前で読んでほしいね。君は、いや、君達は?」


「………猿吉だ」


一通り全員の自己紹介を終えて満足そうに頷き話を続ける。


「うーん、そっちの満足のいく情報が何か分からないからなぁ」


「ならば、教えて貰いたいのがあるんですが…いいですか?」


「君は…直家だったね?なんだい?」


「次の戦の情報です。いつ起こるか、規模はどのくらいか、俺達は出るのかなど、わかる分だけでも」


直家達が一番知りたい情報である。まさか巡り会った貴重な情報を得る機会。これを逃すわけにはいかない。


「次の戦ねぇ…僕もかなり情報が早いほうだけどまだ何も無いはずだよ。川上家から攻める計画としてはね。今は義持兄さんが当主になったばかりで混乱しているから仕方ないんだけど…」


「じゃあしばらくは戦は無いってこと!?」


千雪が嬉しそうに声を上げる。このまま何も無ければ1ヶ月の期限が過ぎて帰れるかもしれない。安全なまま帰れるのであればそれに越したことは無い。


「いや、そういう訳じゃないんだ。多分戦はすぐに起こるかもしれない」


「な、なんで?こっちからの計画は無いって……あ!」


「こっちから攻めてこなくてもあっちから来るってことか。今は当主変わったばっかで混乱しているしな。ってことはついに木板則平とかいう野郎が本腰入れてくんのか?」


「僕はそう思うよ。でも、一つ不穏な情報があってね。うちって頭が硬いから忍びを雇ってないんだ、それで不確かな噂程度なんだけど…」


忍者と聞くとどうしても猿家を思い出してしまって身が硬くなり、顔が苦々しい表情になってしまう。しかし、どの大名家でも情報収集のために雇っているのは周知の事実。有用性もよく分かる。


「何だか、父上…先代の義長様が無くられる前から北の隣国である陸前国の速水家が大掛かりな戦の準備をしているって言う話があるんだ」


直家達がいた山城国は東北の真ん中に位置し山に囲まれた国だ。今はその東の国の陸後国にいて海に接している。その更に北東の国に陸前という国がある。この島国の全体地図など見たとこなど無いが地名の話を聞いてみると元の世界の日本と同じような形をしていると考えていいだろう。わかりやすくいうと、陸前というのは青森の東の方と岩手の北の部分、陸後は岩手と宮城の北の1部といった感じだと考えて頂ければわかりやすいかもしれない。


「不思議なのは父上が死んでからの準備じゃなくて死ぬ前から準備している事。これでもしこちらに攻めてきたら運が良すぎる」


攻めようとしていた国の当主が病死し、混乱している中攻めとる。なんとタイミングが良いのだろう。しかし、そんな事がありえるのか?かなり胡散臭い。


「その速水家ってのが義長を殺したか…」


「父上を暗殺したやつが、情報を売ったか…だね。本当ならだけど、流石にそれはないだろうと思いたい…」


そんな最悪な事がある訳が無い。そう信じたいが1人それをやる男を知っている。山中虎助だ。信じたくはないが可能性は正直高いだろう。ただでさえ木板家の反乱だけで持て余しているというのに他国の侵攻など…、ひとたまりも無い。あの川上家最強の男がいなければ。


そんな話し込んでいた直家達と義元の元に何かしらの報告を受けた宮川が顔色を変えてこちらに走ってくる。


「よ、義元様!た、大変でございます!至急軍議を開くので本丸へ!」


「ん、あぁ。分かった。何かの小競り合いかな?ごめんね、ちょっと行ってくるよ。後でもう1回話を聞かせてね」


そう言って離れていく義元。気楽そうな義元との姿とは裏腹に妙な胸騒ぎがする直家達は不安そうに見送ることになる。この予感が外れますようにと願いながら。






義元と離れてすぐに慌ただしく動き始めた川上家。各地から武士を招集し始めた。そして、2日後。直家達の不安は的中し出陣の命が下った。



敵は陸前国の速水家。その数約三千五百。今の川上家が出せる最高数の5倍近い数であった。


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