中層へ5
時間は少し遡り長貴達。直家が殿となってくれたおかけで小鬼を巻きそれ以降妖怪に会わないように長貴が警戒しながら進んだおかけで未だに他の妖怪に会うことはなく進めていた。
「止まって……」
「なんだ?妖怪がいるのか?」
「それはそこかしこにいるよ。でもそうじゃない。上を見てみて」
「あ?……なるほどな、月が雲で隠れてやがるな」
「そういうこと。ここまでは方向はあっていたはずだけどこれ以上は進まない方がいいかもしれない。直家くんが後ろから追いかけてきているかもしれないしね」
「ここで一旦休憩するのか?危ねぇだろ」
「見た感じ他の妖怪はこちらに来る気配はしない。来たら言うから大丈夫だよ」
「ま、待ちましょう。直家くんが追いかけてくるかもしれないなら少しだけでも…」
「あいつは別に一人でも大丈夫なんだがな……」
青海自身が足が遅くそのせいで直家が残ってしまったと悔いているのだ。その心配は猿吉からすれば間違ってはいないが少し的外れだ。もとより、青海のような足の遅い人といるより直家1人の方が生存率が高い。見方によっては青海達が見捨てたと言うより直家が逃げ出したと言ってもいいくらいだ。だから、気に病む必要は無いのだ。
しかし、もう長貴も青海もここで待つと決めたのだ。何を言っても無駄だろう。猿吉は余計な事を言わずに、口を閉じた。
暫く、と言っても四半刻位だが時間が過ぎる。長貴の見立て通り妖怪はこちらに来なかったが、直家も現れることは無かった。
「直家さん、来ないですね……」
「あいつも道が分からねぇんだろ?月が雲で隠れているって、俺達だけじゃねぇんだ。あいつだって迷っている」
青海はもしかしたら直家は死んだのではないかと思っているのであろう。それは、直家が退却戦に強い事をよく知らないというのが大きい。長貴も心配はしているが死にはしないと思っているし、猿吉に関しては心配はしていない。仲は良くはないが一番稽古に付き合っているのは直家である。直家のことは猿吉が玄武組の中では一番よく分かっていた。
「猿吉君の言う通りだよ。彼は僕達が思っているより強いよ。だから心配しなくて大丈夫だよ」
「強いってか、しぶといだけだよあいつは」
強いという単語が気に食わないのか、訂正してくる猿吉。そんな2人の慰めに少し気が楽になった青海。
「これだけ待ってこなければもうこっちの方向に向かっているわけじゃないのだろうね。僕達も、先に進もう」
「は、はい」
依然、妖怪の気配は強く、あらゆる所に妖怪達がたむろしている。しかし、最初のように包囲される形ではない。このまま行けばなんとか妖怪と遭遇しないですむ。
出発しようとしたその瞬間、少し遠くで恐ろしい気配がしたような気がした。
「これは……………大蜘蛛?」
何かを追っているのか、猛スピードで移動している大蜘蛛の気配を感じ取る。その気配は幸いにも近くを通ったが、離れていてそのまま遠くへ移動していく。
「どうした?」
「いや、大蜘蛛の気配がした。遠いから僕達ではない。誰かを追っている」
「も、もしかして、直家君じゃ……」
「………………」
まさか、そんな訳が無いよ。と言って安心させたいが、その可用性は捨てきれない。追うわけにはいかないし、もし本当にそうだったとしても助けることは出来ない。追いかけられているのが彼では無いと祈るばかりだ。
「……行くぞ」
「何処に?」
「あの大蜘蛛を追うんだよ」
「……直家君の可能性は低いよ」
心にもない事を言った。実際はかなり高い。あの速度で逃げれるのは直家か他の鹿の妖怪位だ。
「んなこたぁ、関係ねぇよ。月見てみろ」
「えっ?」
猿吉に言われて上を見る。
「雲はもうねぇよ」
月を覆い隠していた雲は晴れて、長貴達にこれから進む方向を示してくれる。
「………蜘蛛が向かって行った方向…」
「そういうこった。さあ、指示を出してくれリーダーさんよ」
思ったより大蜘蛛と距離を離せないでいた直家はやり方を変えた。逃げる時妖怪の群れを避けて通っていた。それのせいで大きく迂回してせっかく離しても追いつかれるという展開だった。第一、直家にも体力の限界がある。
なので今度は妖怪の群れに突っ込む形で逃げる。突然現れた直家に敵意を剥き出しに襲ってくるが、すぐ次の瞬間に後ろから迫ってくる大蜘蛛の気配にパニックになり逃げ出す。この方法により、さっきよりスムーズに逃げ出せていた。
順調に逃げ遅れた小鬼や赤猿を捨て鉛にしながら逃げて距離を稼ぐ。
「なんとかなるぞ、これ!」
もう、大蜘蛛の姿は遥か遠くだ。まだ、姿が見えているからかろうじて直家を追いかけているがそれももう少しで巻けるだろう。いい加減直家も体力と妖力の限界が近い。これで巻けなかったらほぼ死んだ事と同義だ。
少し余裕が出てきたからか、ふと逃げている方角が正しいか気になり空を見上げ月を見る。
「俺ってやっぱり悪運が強い!!」
大蜘蛛に逃げながら方向は、朝井村の方に向かっている。それに少し、中層の気配が薄まってきた。中層を抜けるのも近いだろう。
「………巻いたかな?」
速度を緩めず後ろを振り向く。今度こそ完全に姿は見えなくなった。妖気ももはや感じない。完全に大蜘蛛は俺を見失ったのだろう。一応もう少しだけ走り足を止める。
「ハァハァハァハァ、なんとか、生き延びたぁ!」
膝に手をかけながら肩で息をする。生きた心地がしなかったが、なんとか生き延びることが出来た。いくつかの不運が重なりこのような事態になったが、逃げ切った事もいくつかの幸運によるものだった。猿吉の評した通り悪運が強くしぶとかった。
ようやく一息つけた直家。中層からそろそろ抜けられるとはいえ、まだまだ妖怪の気配は多い。大蜘蛛なんていなくても直家は簡単に死ねるのだ。
「さて、どう逃げるかだ」
だが、逃げるだけなら大蜘蛛から逃げ切った直家を殺しきることはまず無理だろう。ましてや、中層から抜けて浅い層に移れば尚更だ。
「ッ!?おいおい、マジかよ……」
直家は大蜘蛛から逃げ切って安心しているところだが、残念ながら、大蜘蛛は1体ではないのだ。いるではないか、浅い層にもう一体。中層に来るに至った元凶が。
「……俺の悪運、まだ持ってくれるかな……」
気配はしなかった。妖気を見る目で見てもいなかった。当たり前だ。元々大蜘蛛とは木上を静かに移動して真上から襲ってくる妖怪として名高いのだから。油断、していたと言えばしていたのだろう。大蜘蛛に追いかけ回されていたので、大原則を忘れていたのだ。大蜘蛛は常に上を見て警戒しろと。
「…もう1回1人で逃げ切るのはキツぞ……」
気がついた時にはもう遅かった。距離は少しある。が、足音が聞こえる。前の大蜘蛛よりも何処か歩きづらそうに。当たり前だ、脚を1本失っているのだ。青海の妖術をもろに食らったのだ。いくら大蜘蛛と言えど回復には時間がかかる。
紅く光る目と、直家の目が合う。直家の真上では無かったが、近い距離で糸を垂らし木からゆっくりと降りてきて、大地に脚を降ろす。
今背を向けると一瞬であの脚で潰される。逃げ出そうにも近ずきて離れることが出来ない。大蜘蛛と直家の間に緊張が高める。直家も覚悟を決めて槍を構える。
そんな危うい均衡は、次の瞬間崩れる。
「水球弾!!」
「直家くん!離れて!」
そんな仲間達の声と、妖術の水球弾が三つ確実に大蜘蛛に着弾したした衝撃と音と共に。
少しだけ時間が遡る。大蜘蛛が通り過ぎて行った道をできるだけ急ぎながら追いかけていく。途中大蜘蛛が潰したであろうモザイク必須の小鬼だったものや、赤猿だったものを踏み越えて先を急ぐ。
「止まって」
「どうした?なんかあったか?」
「大蜘蛛がいる」
そう長貴が言った瞬間一気に緊張感が高まる。
「でも、様子がおかしい」
「どういうことですか?」
「何かを探している。さっきまで追いかけていたものを逃したのかもしれない」
「!!…それって……もしかして」
「あぁ、多分直家君じゃないかな。火鹿だったら大蜘蛛なんてすぐに巻かれるしね。暫く追いかけていたから」
「あの、大蜘蛛はどうする?」
「勿論無視だよ。見つからったら終わりだから気を付けてね」
キョロキョロと周りを見渡す大蜘蛛に冷や冷やしながらなんとか大きく迂回して逃げ出し、先に進む。
「……待って。大蜘蛛の妖気がこの先に見える。これも迂回して行こうか」
「ッチ。大蜘蛛ってそんなに遭遇するもんじゃねぇだろ」
「!!?……これは!」
「あぁ?まだなんかあんのか?」
「……………直家君だ。直家君が大蜘蛛と一緒にいる」
「ど、どうするんですか!」
「……………………………青海さん。後何発妖術を放てる?」
長貴は勿論直家を助けたい。出来るならば今すぐにでも助けに行きたい。だが、長貴はリーダーだ。そのような軽率な行動は出来ない。助けるに足る戦力が確保出来なければ直家どころか全滅だ。それは最悪の結果だ。それだけは避けなければならない。例え、直家を見捨てても。
「………4発は、大丈夫です」
その非情な決断をするのに迷っている長貴。その葛藤を青海は分かっていた。分かっていたからこそ、1発嘘をついた。絞り尽くして出せる妖術は3発、それは妖術使いとして残りの残量など必ず自分で分かることだ。
長貴は確実な方法しか取らない。ならば、少し嘘を付いても長貴に非情な決断をして欲しくない。この嘘が、直家を助けたい、長貴に非情な決断をして欲しくないという、青海の意思表示であった。
嘘をついた事は長貴には分からない。言葉をそのまま受け取り、次に猿吉を見る。刀を構えた猿吉は
「……………?何考えてんだ?行くぞ?」
と、長貴の視線にそう答えを返す。猿吉とて、長貴の考えがわかっている。その上で、自分はもう決まっているという意思表示をする。
「そう、か。なんとか、なる?かな?」
「だから、なーに迷ってんだよ。仕方ねぇな、背中を押してやるよ。俺はな仲間を殺したリーダーにはもうついて行かねぇよ。しかも、助けられるかも知れない状況で逃げ出すようなリーダーなんてよ」
「……っはは。それじゃ、逃げたら玄武組は消えちゃうね。そうだね。……助けないとね。僕だけか覚悟を決めていなかったのは」
「別に悪いわけじゃねぇよ。俺は見切りをつけるけどよ、お前は何一つ間違ってはいねぇ。有能なリーダーだよ。俺は天邪鬼だから、馬鹿なリーダーについて行きてぇ。それだけだ」
「有能なリーダーに皆が付いてくる訳じゃ無い……か。フフッ、勉強になったよ猿吉君」
フッと息を吐いて迷っていた表情を変える。
「青海さん急いで詠唱を。しながらでいい聞いてくれ。大蜘蛛を倒す必要は無い。目的は直家君の回収だ。直家君を確保したら全員で逃げる。直家君は、大蜘蛛から逃げ続けて体力は限界のはずだ、そのまま逃げてはすぐに大蜘蛛に追いつかれる。だから、1発目の妖術は全力で脚を狙え。多分あの大蜘蛛は僕達が中層に入るキッカケとなった因縁の大蜘蛛だ。まだ、脚を怪我しているはずだ。出来ればこの1発で完全に機動力を奪いたい。それが無理でも逃げれるだけの速度に落ちるはずだ」
青海の詠唱が終わり、水球弾が青海の上で発射されるのを待っている。
「猿吉君は、直家君の救出を頼みたい。直家君が動けるならば必要ないけど、何処か怪我しているかもしれないからね。妖術が放たれた瞬間と同時に駆け出して。そこに僕も行く。直家君を回収したらすぐに青海さんの元に戻ってくるからもう1発出せるように詠唱しておいてくれ」
「分かった」
「さぁ、行くよ。青海さん!」
「水球弾‼」
放たれた瞬間猿吉と長貴が全力で走り出す。
「直家君離れて!」
そうして直家と長貴達が合流する。放たれた水球弾が無事に全て着弾し、当初の目的通り脚に大きなダメージを負い、機動力を大きく削がれた。奇襲に長けた大蜘蛛が奇襲を受ける、屈辱に震え怒りで更に目が光、身体に赤いラインが入っていく。持ちうる妖力を全力で身体の回復に回し身体から妖力を漏らしながら弾け飛んだ脚が治っていく。
大蜘蛛と玄武組、因縁の退却戦は遂に終盤を迎えるのであった。
感想を頂けたら嬉しいです。




