第6話 うるわし転校生
━━いつも通りの通学路。
いつも通り、サルとガゼルが校門まで競争をしている。
「勝った!」とサルが勝利宣言したところで、サルの頭から飛び出たノミが人間と化し、「俺がね」とニヤリと笑う。
案の定、ノミの少年は怒り狂い猿叫する少年に追いかけ回される。
いつも通り、水面からシャチが勢い良く陸地に打ち寄せる。
その近くで、頭から波しぶきを浴びたアシカが「オマエいい加減にしないと○すぞ!」と罵声を浴びせている。
━━そんな光景の中で、しかしはっきりといつもと違う朝。
「すごいねっ!どこ見ても『ギフト』持ちの子ばっかり!」
「うわぁ、学園すごいなぁ!」
ナラは頭を抱えていた。
隣に……隣と言うには近すぎる隣に、はっと目を引くような見目麗しい人間が歩いているからである。
しかも、終始笑顔ではしゃいでいる。
オークションの時とは違い、その顔にメイクを施してはいない。
それでも彼女━━ではなく、彼の華やかな顔立ち、抜群のスタイルは隠しきれず、周りの生徒達の注目を浴びている。
男女構わず、色めき立っている様だ。
よく著名人はオーラが違うと言うが、このことを言うのだろう。
オークションの事件後、エメの唐突な提案にナラの母がすんなり許可を出した。
かくして、エメはナラ家に引き取られることになったのである。
(それはそれとして、ナラ父が母から「娘を危険な場所に連れていくなんて、頭おかしい」と、きっちり締め上げられていたのは、言うまでもなく)
ちなみにタンポポの少年━━テオも一時的にナラ家に引き取られている。
テオは彼の父親の独断で売られることになった、らしい。
それを知った彼の母親が父と離婚し、彼を引き取りたいと申し出ていた。
しかしその申し出を他の誰でもなく、テオ自身が拒否をする。
彼の態度は頑なだったため、落ち着くまでとの条件で、ナラの家で預かっている状態だった。
━━との、いきさつがあり。
ひとまずナラと同世代であろう、エメも彼女と同じ学園に通うことにした、ということである。
「……えっと、ナラ、こちらはどちら様?」
そう声を掛けていたのはカレアだった。
カレアの後ろにはルゥがいて、更にその後ろからミアがこちらを睨みつけている。
警戒し過ぎではないか、とナラが思ったところで、唐突にミアが口を開いた。
「……こいつ、オスだろ?」
「はっ?男!?」
眉間に皺を寄せながら言うミアに、ルゥは大きな声を上げる。
「……ど、通りで着飾った雄鳥の匂いがプンプンするのかぁ……」
「カレア、なんかその言い方ちょっと失礼の様な気がす……」
「良いよ良いよ、カレアって言うんだね、初めましてボクはエメ、『ギフト』はハチドリだよ。ずっとセルディアス帝国にいたんだけど、今はナラと一緒に暮らしてるんだ!」
「はぁっ?一緒に暮らっ……?!」
叫ぶルゥにミアが「おい、うるさいっ!」と弟を小突く。
ナラは慌ててエメを制止した。
誤解を生むような言い方は止めてほしい。
……もっとも、ここ数日のエメの行動を見る限り、わざと誘導して反応を楽しんでいるのだろうと、ナラは思った。
「ただ家でちょっと、お世話してるだけだからっ」
「そういうこと。えっと、キミたちは……?」
エメがハイエナ姉弟達に目を向けると、それを理解したルゥはミアの首根っこを掴む。
「俺がルゥでこっちが双子の姉のミア。どっちも『ギフト』はハイエナ……です」
改めて向き合うと、エメのオーラに緊張したのか、ルゥの語尾が尻すぼみになっていた。
一方でミアは、相変わらず眉間に皺を寄せていたが、エメはそれを全く意に返さず、笑顔を返す。
「そっかぁ、仲良くしてね!」
輝かしいばかりの微笑みであった。
真の美しさを真正面から目の当たりにしてしまうと、人は理性を失うらしい。
それは性別関係なく。
……少なくとも、ナラはそう思った。
「……はいぃ」
情けない声を上げた弟に「なんだ、おまえ気持ち悪ぃ」と姉は容赦ない蹴りを浴びせた。
*****
「っていうか、ずっとナラと一緒だと思ってたのにー。けっこう授業違うー」
休み時間、エメは机に頭をもたれ掛かって、不貞腐れていた。
「というかエメの学力偏ってるね」
カレアの言う通り、エメの学力は語学堪能、数学全く駄目というように、かなり偏っていた。
よって、ナラとは別の意味合いで数科目個別授業を設けることになった。
「てか、数ヶ国喋れるってどんな人生歩んだらそうなるんだ?」
「まぁ色々だよ!」
ルゥの疑問が、さり気なく地雷を踏みそうだと判断したナラは、慌てて話題を変えた。
「私『ギフト』の実技授業は個別指導だから、どうせ別々の授業があるよ。安定して使えるまで時間かかりそうだし……」
「え、あの時使いこなせてたのに?」
「『あの時』?」
首を傾げている皆の前で、ナラは「大したことじゃないから!」と慌ててエメを止めた。
「……ふぅん、それじゃあ逆にボクのためにあの時全力出したってことなんだ!嬉しい!」
エメはそれを全く気にする様子もなく、楽しんでいる。
「もうすぐ個別授業だから!」とナラはエメを引きずって、教室を後にした。
*****
移動中もナラは居心地が悪かった。
歩いている途中でさえ、彼女たちは注目の的であった。
そのような中で、廊下ですれ違った女子生徒のポケットからハンカチが落ちたのを、ナラは見逃さなかった。
友人との話に夢中なのか、女子生徒がそれに気付いたような様子は見られない。
ナラは素早くそのハンカチを拾ったかと思うと、落とした本人が何も感じないまま、元のポケットに戻す。
これにはエメも目を見張った。
「……いや、それ逆に難しくない?普通に渡せば良いのに」
「けっこう手慣れてる自信はある、かも」
そういうことを言っているのではない、とエメは溜息を漏らした。
「なんかこう、『名は体を表す』というか…...ナラって『一杯の水』っていう意味あるでしょ?まさしく人々に恵みを与える存在たらんと……」
途中まで言いかけたところで、ナラの顔が曇っていくのに気付いたのだろう。
エメは口をつぐんだ。
「……もしかして、何か気に障った?」
「ううん、何でもない」
ナラは首を横に振った。
「私のこれは、そんな良いものでもないんだよ。……エメを助けたのだって、綺麗な理由じゃないよ。感謝されるようなことじゃない」
目を伏せるナラ。
エメは一瞬、言いかけた言葉を飲み込んで、なるべく優しい口調で声を掛けた。
「そっか。……でも、それは悪いことでもないと思うよ」
「どうなんだろうね、自分でもよく分からない……」
それがナラの正直な気持ちだった。
自分でも変だと思う時がある。
けれど、どうしても体が先行して動いてしまう。
これが合ってるのか間違っているのかさえ、自信がない。
━━強迫観念のようなものなのかもしれないが、やはりナラにはよく分からなかった。




